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二人の妖精は、外出をえらく渋った。
まあメイドと執事だからなぁ、家の中に居たがるよね、うん。
分るけど、でもこっちの言葉が分るのは魔法のおかげだから、妖精さんに魔法使ってもらわないと駄目なんだ。ダメダメなんです。
外に出たら、ちゃんとここに戻ってこれるかどうかも怪しいし。
「これをどうぞ」
イップさんがどこからともなく、金の指輪のような物を出してきた。指輪にしては太く、輪が小さいけれど。真ん中には透き通った青い石がはめ込まれていて、周りにも赤い小さな石がてんてんとある。
「なにこれ?」
「その青い石は魔石です。これに通訳の魔法を込めました」
「耳につけて下さい、それであたしらがいなくても、言葉に不自由はしませんよ」
よく見たら、耳に引っかけられるように隙間があった。あれか、イヤーカフってヤツですか。
「文字は?」
今度は、緑の細い金属製フレームのメガネが出てきた。
なに、これかけると文字も読めるの?
メガネをかけて二人を見ると、二人は無言でこっくりと肯いた。
……本当に、二人は付き合ってくれそうにない。
「私達は、家妖精ですからね」
「外までついて行くのは、あたしらの仕事じゃありませんから」
はい、分りましたよ。一人で行って来ますよ、もう。
心細いが、仕方ない。
とりあえず、今日はご飯食べてお城でも観に行こう。
うん。
城の場所なら、分る。
大きな道を真っ直ぐに登っていけば良い。
今日は天気も良さそうだし、きっと素敵なお散歩日和。
……やばい。一人って、こんなに寂しいんだね……。そわそわしてしちゃうよ。
街を歩きながら、私は大きく息をついた。
私の家は城壁の近く。城門の広場と丘の上の領城からちょうど真ん中の位置。武器、防具、薬、食堂や酒場など、冒険者向けの店は城門の広場に集中し、魔法の道具のお店や呪文書屋さん、訓練所などは領城の近くにある。
この真ん中辺りは居住区であり、ゲームしている時は特に店とかはなかった。
なかったのに、目の前にはカフェやら八百屋やらパン屋やら肉屋やら色々な店が続いている。城門の広場の規模には負けるが、ここにも何軒か店が連なっており、商店街みたいになってる。
まあ、それはそうだよね。城門広場にしか店がなかったら、不便でしょうがない。
どんがらがっしゃん。
後方から派手なガラスが割れる音と、何かが倒れる音がした。
なんだなんだと、野次馬根性丸出しで音の方へと行けば。
そこはメインの通りから横道に入った、細い路地。小さな居酒屋とかスナックとかがありそうな、ちょっと薄暗い雰囲気。
騒ぎが起きた場所は、その中で可愛い外見をしている店だ。
赤い屋根、木製のドアの上にも赤い雨避け、大きな磨りガラスの窓。窓の下には小さな花の鉢がかかっている。
大きくドアが開いたその先で、三人の男が地に伏せ、うめいている。割れたグラスや皿が散乱していて、怪我が心配。見た所激しい出血はないようだけど。
「……よ~こっらせ、っと。もういっぺん言って見ろよてめぇら。そこらに落ちたグラスや皿みてぇに割るぞ」
こわっ。
物騒な台詞と共に店から出てきたのは、あの赤毛の男の人。思いっきり目もあった。無視するのも気が引けたので、小さく頭を下げた。すると彼はバツの悪そうな顔をした。
その顔を見て、親近感が湧く。
良い人っぽいな。やってることは乱暴だけど、それがマズイ事だと自覚している。じゃあやらなきゃ良いと思うけど、まあぶっ飛ばされている人達にも何かあるんだろう、きっとそう。
「どうも……」
ゆっくりと近づく。折角見つけた知り合いだし、どういう状況なのか興味ある。それにイベント発生だ、これで「じゃ」と、立ち去っていたら何も始まらない。
男達はうめいているが、起き上がる気配はない。なんか、滅多打ちされたみたいだ。
「おお」
まずい所を見られたと、頬をぽりぽりと指でかきながら、赤毛のおっさんは応えた。
ほぼ初対面の私にこの気の使いよう。良い人。普段はこんな乱暴な事をやる人じゃないんだろう、きっと。昨日の様子では、積極的に戦う感じじゃなかったし。
「ええと、」
言いよどむおっさん。
昨日のくたびれた皮の鎧姿ではなく、黒のベストにベージュの七分袖シャツ。そしてどこで買ってきたんだと聞きたくなるような、濃厚な赤いズボン。
「叶です、カノー。で、ええと、」
今度はこっちが言いよどむ番だ。
名前聞いたけど、確か……
「カーターさんでしたっけ?」
「カッターだ。マシューでいいぞ」
そう言われても、いきなりの名前呼びはハードルが高い。
「これは、どうしたんですか?」
「……別に、なんでもねぇよ」
何でもないで、この状況か?
直接口には出さないけど、私ってよく表情に出るんだよね、目が言っていたみたい。顔を背けられた。
「勘弁しておくれよ、マシューちゃん。何でもないでこうもお店のグラスとか割られたらたまったもんじゃないよ!」
店から、小太りのおばさんが出てきた。手にはほうきを持っている。割れたグラスと皿を片づける用かな。
「あら、お友達?」
「知り合いだ」
例えそうでなくても、なんか速攻で訂正されると寂しい。
まあ、昨日知り合ったばっかだけどね、確かに。おまけにこの人とはほとんど喋ってないしなー。
「うう、何故だ、何故それ程の……」
「うるせい」
非情にもマシューさんは、うめく男の人を蹴った。
よく見ると、男の人達はマシューさんと同年代か、それよりも上だった。着ている服装は黒いマント、皮の軽鎧と、冒険者か旅人ぽっい。いかつい武器は見当たらないから、旅人かな。それか商人か。
「で、アンタは何でここに居るんだ?」
「? 家がこの近くなので……」
「家? アンタ家持ちなのか?」
「そう、ですけど?」
「アンタこの街の人間じゃないだろ? 珍しいな」
そうなのかね? まあ、家は安いもんじゃないし、そうぽんぽん買うもんじゃ無いか。
「はあ……」
なんと言っていいか分らず、曖昧な返事を返す。
「そう金持ってるようには見えねぇけどな、ま、人は見かけじゃ分らんか」
余計な一言があるな、このおっさん。
「ま、失礼よマシューちゃん!」
それに、アンタもちゃんづけで呼ばれる歳と顔じゃないだろ。
昨日は王子様みたいな人に気を取られていたから、印象薄い。正直おっさんしか残ってない。が、この街での唯一の知り合いだ。この出会いを大事にしたい。
これはアレだよね、乙女ゲーだったらフラグだ。ルートが開通するかどうかの、最初のフラグだ。昨日は皆で顔見せイベント、プレイヤーは私じゃなかったけど。
「お嬢ちゃんは暇かしら?」
おばさんがこちらに向き直る。
赤っぽい茶色の髪をゆるいお団子頭にしていて、目は緑色。
山吹色のワンピースに、白いエプロンがよく似合ってる。
可愛らしいおばさんだ。同じ小太りのメドさんはまた雰囲気が違う。なんていうか、ほんわかしてて可愛い。騙されやすそう。
暇だと答えると、おばさんはにっこりと笑う。
「タダだとは言わないから、手伝っていかないかい?」
私は、おばさんが持っていたほうきを手に、割れた瓶やらグラスやらを掃いて一箇所にかためる。マシューさんとおばさんは店の中に……ちょっと納得いかないな、なんで一番の部外者を外に放置?
マシューさんに蹴られた人達は、まだうずくまっている。血とかは出てないけれど、ダメージは深そうだ。肉体的というか、精神的な? 這いながら寄り集まって、ひそひそと相談している。
大の男のひそひそ。店の前でやられると、いい営業妨害だ。近寄りがたい。
「……ところで、君は、彼とはどういう関係なんだ?」
ええ?
近寄らないように、見ないようにしていたのに、彼らの方から接触してきた。
「……いや、関係も何もないですけど。昨日知り合ったばかりですし、そちらこそどういったご関係で?」
ダメ元で聞いてみると、彼らはノリノリで教えてくれた。
「我々はアイアンドルフの仲間だ」
「彼は我が国でも特に優秀な魔術師なのだ。それが、こんな辺境に埋もれていては宝の持ち腐れではないか!?」
「君もそうは思わないか? アイツだってあんな事がなければ……」
おお、なんかイベント一段階目、二段階目を飛ばしていきなり三段階目の重たい過去暴露イベントが発生し始めたような展開だ。
「どんな事があったんですか?」
これが聞かずにおれようか、いや、おれない!
うずくまっている人達に合わせ、私も膝をつく。
何やってんだ、とマシューさんの横やりが入ることなく。
もう終わったかしら、とおばさまから切り上げられることもなく。
彼らとマシューさんの話を、がっつり聞いてやった。
要約すると、なんてことは無い。
研究していた魔術の失敗、暴走。
それが原因で、マシューさんは研究所を辞めたらしい。
なんてことはない。どこにでも転がっていそうな話だ。今、目の前に転がってるけど。
「……被害とかは、あったんですか?」
とはいえ、暴走とかで怪我させたとか人を死なせてしまった、というのも良くある話。もしそうであれば、茶化していいイベントではない。
「いや、人の生死に直接関わるものではなかったんだ。だから人的被害はない」
「ただし彼の研究には夢があるんだ! 人類の究極の夢が!!」
突然男の一人に火が付いた。彼は突然立ち上がり、熱弁を奮う。
「確かにあの結果は残念だったが、あともう少しなんだよ!! あともう少しで彼の研究は完成するっ!! 絶対にそうだ! そうに決まっているっ!!!」
「うるせーっ!!」
ぶぁああんと、勢い良くお店の扉が開く。
そこには、片手に瓶を三本さげたマシューさんの姿が。
「無関係なヤツにべらべら喋ってんじゃねーよっ! 何度も言ってンだろうが、帰れお前ら!! 俺は二度と戻るつもりはねぇ!」
「何故だっ!?」
「義理は果たした、もう良いだろうが」
心底嫌そうなマシューさん。もう開放してくれ、って顔をしている。ような、気がする。
研究職って、確かに似合わなそうだ。
「つーか、資料は全部置いてきただろ、勝手にやってくれ」
かきんかきんかきん。
ぶらぶら手を揺らす毎に、瓶がかち合う音が響く。
「何度も言わすなよ、これで仕舞いだ。もう二度と来るな」
「おお、つまりそれが研究成果だと!?」
「ただの黒ソーダだ。これ飲んで帰れ」
頼むから帰ってくれ。
男達を見下ろしたまま、瓶を男達の目の前にぶら下げて、マシューさんは淡々と言った。
淡々としているが、懇願するような言葉が空耳で聞こえた。
随分参っているようだ。
最初、かち割るとか言ってたのにね。
「無理だ、資料だけあっても君のようには出来ない! あの研究は、君にしか出来ない!!」
「お父上もきっと、研究の成功を望んでおられる!」
「大体君も一族の人間ならば、一族の悲願である研究を引き継ぎ完成させるのが――」
がしゃん
瓶が落下。
ぶくぶくと、黒い液体が泡立ちながら水たまりを作る。
瓶が落ちたのと同時に、男達はぴたりと黙った。彼らも感じ取っているのだろう。私も感じる、マシューさんからにじみ出す言い様がない圧迫感を。
「……」
おい男共。
何か言えよ。
気まずいだろっ!
マシューさんを見ないように、男達を見回す。
どれも気まずそうに、お互いに目配せしていた。そして、その目配せが私も含まれるようになり、私で止まった。
「……」
皆、何か言いたそうだ。
はっきり言わず、察しろという態度にイラッとする。
さっきまで威勢良く吠えていたのに。
「……研究って、どんな研究だったんですか?」
私はゴーレムで、ここはゲームなんだし。
イベント発生中なら、とことん楽しもう。
そろそろ長いから、別の話題に変えるのが正解かもしれないけれど、んなの知るか。
「一族で研究って、結構大規模なんですね!」
あ、研究に規模っていうのは適切か? ちょっと違う気がしてきた。
「よくぞ聞いてくれた!」
「さっきも言ったが、彼らの研究は人類の夢だ!!」
さっきまでおどおどしていたのに、男達は途端に活気づく。
「だから何ですか?」
勿体ぶらずにさっさと言え。
「――頭髪の研究だ」
はあ。
大きなため息と共に、マシューさんご本人が回答した。
「とうはつ?」
魔術の研究と言われてからでは、一瞬結びつかなかった。
頭髪って、頭髪だよね? 魔術関係あるか?
マシューさんを思わず見返して聞き返せば、マシューさんはそっぽを向いた。
「そうだ、頭の毛の研究だ。馬鹿らしいだろ? 笑ってもいいぞ」
私が想像する魔術っぽくはないが、研究と言われればしっくりくる。
そう、錬金術的な。
好きな錬金術のゲームのシリーズでも、育毛剤ネタは毎回あった。ハゲ親父からの依頼やら、女装する為に髪伸ばす薬が必要やら、パターンは色々だったけど。
「何を言う、アイアンドルフ!」
「そうだぞ、君の父上の無念を晴らさないでどうするっ!?」
「研究半ばで逝ってしまわれたお父上の無念を思うと、」
「ほっとけ」
マシューさんは素っ気ない。
素っ気なく、私が持ってたほうきを奪い取り、自分が落とした瓶を片付け始める。
「……カツラとか植毛じゃ駄目なんですか?」
黙々と掃除を続けるマシューさんを眺めつつ、しゅんと肩を落とした男達に尋ねる。
カツラと言えば、うちのばあさんも頭が薄くてねぇ。じいさんはふさふさなんだけど、ばあさんはバーコード並みに薄い。
植毛をやってみたけど、シャンプーしたらすぐにぼったり抜けた、と、じいさん笑ってたっけ。
「……駄目とは言わんが、なあ?」
「地毛が一番だ」
地毛が自毛とも聞こえる……ちょっと面白い。
「資料残ってるなら、残った皆さんで頑張れば良いじゃないですか?」
「それがな、研究に必要な薬草は育てるのが難しくて、」
「知るか」
無下もないマシューさん。
男の人達が少し、可哀想になってきた。
が、私にはどうしようもない。
「もし、今後この店に来て見ろ。俺は本気でお前らをまくからな」
「あんた達、あたしから可愛い甥を奪わないでおくれよ。その時はあたしがあんたらを恨むからね」
おばさんが、マシューさんの後ろから男達に声をかけた。
騙されやすそうって思って、ごめんなさい。
なかなかにしっかりとした、肝っ玉母さんみたい。