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ドラゴンマスター  作者: 杉井流 知寄
第一章 
10/13

 1

 ここはゲーム『ドラゴンマスター』の世界。

 拠点として選らんだ街は辺境に近い『ロゼット』。

 割り当てられたヘルプ――じゃなくて、ナビ妖精はラビ。

 私の名前は――

「ルフィミア・フローベルと書かれていますな、この冒険者証( パス)には」

 痛くはない。

 ただ、頭の中に靄がかかったような、そんなもどかしさ。

 はっきりと思い出せない。

 いや、忘れていっているような感覚。

 ちょっとぞわぞわする。

「……ふーん」

「ふーんって、人ごとですねぇ、自分のお名前なのに」

 私の名前はかつみ。

 克己だ。

 父さんが言ってた。

 己に打ち克つと書いて、克己。

 確かどっかのゲームでの自己回復技として、克己ってあったと思う。

「だってそれ、ゲームのキャラの名前だし……」

 ルフィミアは大昔の、異世界学園物ゲームに出てくるメガネドジっ娘の名前。『ルフィ』だと有名すぎるが、その下に『ミア』がつくとあら不思議、ほぼ被らない。オンラインゲームの名前とか、サイトのニックネームによく使う。

 名字のフローベルは、これまた大昔の異世界学園物――さっきのとは違う――に出て来るシスターの名字。チーズケーキが好きで、作るのも得意。

「そんなこと言ったら、身分詐称で罰金刑ですよ、くれぐれもご注意を」

 注意って言われてもなぁ……。

 ベッドに腰掛けて、私は二人の話を聞いている。

 正直頭が混乱している。

 話がとんでもないのと、さっきまで見ていた夢の内容の酷さに、油断すると叫びだしそうになる。

「だから、夢じゃございませんって!」

 二人は私の目の前の高さで、浮かんでいる。

 羽は羽ばたいておらず、浮かんでいるのは羽の力じゃなくて、魔法の力みたいだ。

 だけど面白いのが、こうやって喋る度に羽も動くこと。

 犬の尻尾みたいだ。

 今もメイド妖精が呆れた調子で、やや大きな声で言うと、羽は大きく揺れた。

「あたしの羽なんか、どうでもよろしい」

 じゃあ突っ込まなきゃいいのに。

 思うのはやめられないー 止まらないー ○○えびせん♪

 メイド妖精に突っ込んだ瞬間に浮かぶ。

 まるで歌のワンフレーズのように。

 しかし、

「――えびせんって、何?」

 それが分らない。

「知りませんよあたしゃあ!」

 あれか、ど忘れか。

 なんとなく音は出て来るのに、ちゃんと言えない。それに思い出せない。

 なんか、さわさわする……寒気か。

「それは、姫様の前のお身体にあった記憶でしょう。今のお身体に移られて、少々飛んでいるのですよ」

「……どういう事?」

「そうですねぇ、一体何処からお話しすればいいのやら……」

 執事妖精は困ったように顎に手を当てて、考え込む。

 ゲームの長老キャラって、絶対こういう事言うよね。

 そんでもって、大体最初から説明するんだ。

「それよりもさ、あなた達の名前教えてよ」

 いつまでもメイド妖精と執事妖精じゃ言いにくい。

 すると、二人の顔から表情が消えた。

 別にそれまでにこやかに対応してくれていた訳じゃないけど、嫌々そうだったけど、その嫌そうな表情さえが消えると、こわい。

 ……なんか、マズイ事言ったかな、言ったんだね。

「……あたし達妖精にとって、名前は呪いのようなもの」

「名を知られると、支配されてしまいます」

 ……あー、なんか、そんなことをラビが言っていたような……。

 ん?

 じゃあ、

「それじゃあさ、私が名前つけてもいい? 名前っていうか、あだ名」

「正直癪ですが、しょうがありませんね」

「坊ちゃんに頼まれてますからねぇ、あたしらも帰りたくても帰れないし……はあ」

 すんませーん。

「じゃあねぇ、執事さんが……メイプ? は、ちょっと言いづらいから、イップさん」

 羊、シープ、メイプルと来て浮かんだ名前。

 おばちゃんメイドさんは、そうだなぁ、肝っ玉母さんって感じだから、

「メイドさんはメドさんで」

 口に出したらあんまり肝っ玉母さん関係無かった。

「受け入れましょう」

「ですが、あたしらはあくまでも坊ちゃんに仕える身。姫様は坊ちゃんがお帰りになるまでの仮主人でございますからね!」

 だから調子に乗るな、ってか。

 まあそれよりも、

「その姫様っていうのも止めて。私には克己って名前があるから」

「ルフィミア・フローベルじゃありませんか」

「そっちは恥ずかしいから、それもやめて」

 こちとら生粋の日本人です。

 カタカナ名前は、例えあだ名でもむずむずする。

 詐称罪になるらしいけど、まあ呼び方の一つだと思って貰えたらいいだろう……いや、それよりも改名しに行った方が良いのかな。

「失礼ですが、克己というのも前の身体のお名前。その名前もお止めになった方がよろしいかと」

「? なんで?」

「あなたは克己ではありませんから」

「??」

「あなたの身体はあの忌々しい人間の魔導師が作った人形、そして心は元の克己から複製されたまがい物。あなたは、克己ではありません」

「克己という人間をコピーした機械人形ゴーレム。それがあなたでございますよ」

 。

 ……。

 …………。

 ………………。

 ……………………。

「ん? どゆこと?」

 分らない。

 我思う、故に我あり。

 この『我』は、私=克己じゃないのか?

「つまり……人工的な双子?」

「ゴーレムです」

「ゴーレムですよ」

 なんだよ、わざわざ傷つくような言い方しなくても良いじゃないか。

「認識を間違うと、不利なのはあなたですよ。出来る事と出来ない事の区別がつきませんから」

 なかなか優しい口調で、きつい事いうおっさんだ、あ、いやイップさん。

「真面目なお話しですよ、ルフィミア様」

 だからその呼び方やめれ。

「克己では、あたしらは呼びませんよ。口に出すのも腹立たしい名前の一つでございますからね、ついうっかり呪いを込めて呼んでしまいますわ」

 呪うな、っていうか、私が何をした?

「だからあなたじゃありません、克己ですよ。か・つ・み! 全く坊ちゃんも坊ちゃんなんですよ、面白半分であの魔導師に捕らわれたりして! 人間なんて一週間もすれば死んじまうのに、ちまちまちまちまちまちまちまちまと鬱陶しい! 全く、ゆっくり寝れもしませんわ!!」

 一週間は言い過ぎじゃないかな、あれか、神かよ。

 ちまちま、っていうのは、人間に合わせて寝起きすると、とてもそのサイクルが短いって事ですかね?

 良い奴じゃん。その面倒臭いのに合わせてくれてさ、アレですか、ツンデレってヤツですか。

「呑気ですなぁ、本当に」

「腹立しいですわ、一生懸命尽くしているあたしらが馬鹿みたいで」

 ええと、ごめんなさい。

 まあともかく。

「とりあえず、私の呼び方は置いといて、そっちの話教えてよ」

 

 かくかくしかじか。


 二人から説明を聞いて、だんだんと思い出してきた。

 コピーって言った意味もなんとなく、分った。

 私の心には、心と呼ばれている場所には前の身体?の記憶が刻まれている。 記憶とは巨大な書庫のようなものだ。普段よく使う場所は埃一つないが、あまり使わない場所は埃が積もり積もっている。本が動かせないほどに。だから、今の私は忘れているんだろう、忘れているのが分っていっても、埃を取るすべを持たないから、思い出せない。

 多分向こうの知り合いの人とかと喋れたら、色々思い出せる気がする。

 ……ラビがどっかに連れて行っちゃったけど。

「まあなんて言い様ですか、それは!」

「だって、いや、責めてる訳じゃないけどさ、」

「いーえ、責めてますわ、坊ちゃんに頼んで置いて、図々しいったらありゃしない!!」

 きーきーきー。

 怒ってる、怒ってるねおばちゃん。じゃなくて、メドさん。

「まあまあ、彼女はもうアレとはリンクが切れている。別人と思って仕えるしかない」

 そんなに悲壮感漂わせながら言われても……。

 うん。

 まだまだ頭が混乱しているし、ちょっと落ちつこう。

 とりあえず朝ご飯食べて、着替えて、外に行こう。折角だから観光しよ。あ、観光なら朝ご飯は外で食べても良いな。それくらいのお金は、あるよね……?

「そもそもゴーレムであるあなたに、食事は必要じゃございません。マナさえ供給できれば、一切食べなくて大丈夫ですから」

 金の心配をしているのに、この冷たい返答。

「……マナの供給って?」

 まさか、夢のアレじゃないよな……? それしかないなら、もう死ぬしかない……。

「マナとは万物に宿る小さな命の源。陽の光りを浴びれば陽のマナが、月の光を浴びれば月のマナが得られます。これらから得られるマナは少量ですが、身体を動かす程度ならば充分でしょう」

 良かった。

 でも、やっぱり食べたいよね。美味しいもの食べるのは幸せの一つ。

「あんまり食べ過ぎると、消化しきれなくて吐いてしまいますよ。それに消化するのにもマナ使いますから、マナの無駄使いでしかないです」

「でも何でも宿ってるならさ、料理されたものにも宿ってるんじゃないの?」

「生きているならまだしも、死んでしまった物をいじくり回した物に何が残っているんでございましょう? マナを得るならば生でお食べ下さい」

 食えるか。

 野菜や果物ならともかく、だがしかし。

 焼いた肉が食いたいんだ! 口の中で弾ける肉汁とか。 

 炊いた米が食べたいんだ! 咬めば咬むほど感じる甘みとか。

 酒だって飲みたい! きつく喉を刺激する炭酸とか舌を突き刺す苦さと甘さとか。

「マナの無駄使い以外、なんでもありませんな」

 いーじゃん、別に。

 それよりも、金はあるのか金は!

 起き上がる。

 そしてビックリする。

 自分の格好に。

 なんか、病院の入院患者みたいな、白っぽい長袖のワンピース。ワンピースと言えば聞こえはいいけど、見た目はダサい、ちょーださい。

 ……そーいえば、私って服持ってたっけ? 装備以外あったかな? 着る機会がないから、わざわざ買ってなかった気がする。

 でも、実際こんな寝間着なんて買った覚えないし、あるかも。

 ていうか、誰だよこんなダサいの買ったの。

「安さ重視でございます」

 お前かメド。

 嫌いだろ、私のこと。

「別にあなた様は嫌いじゃございませんよ、ただアレは……」

 ああ、アレとは別だという意味で、早く呼び方決めよう。メドとイップの為にも。

「助かります」

 ええと、元が克己だからなぁ……タツミ? 好きなキャラにもタツミって何人かいるしね、うん、良い名前。漢字は……達海? 達己? 辰美もあるね、どうしようか。

「何でも良いですよ」

「カンジなんて、この国にはありませんからねぇ」

 じゃあ保留にしておこう。

 まずは着替えるか。

 テーブルの横の棚を開けてみる。

 上がハンガーなどをかけれる、広い空間。この寝間着が三着かかっている。後は空っぽ。我が家ながら寂しい光景だな……。

 他に服はないのかと、下の引き出しも開ける。

 昨日の服装はあんまり覚えてないけど、裸に皮の鎧をつけている訳じゃなかった――気がする。まだ昼は暖かそうだし、上着とかなくても大丈夫だろう。

 引き出しの中には黒いタートルネックの長袖と、深い緑色の半袖。それぞれが三着ずつきれい畳まれてある。もう一つの引き出しには同じく黒の短パンと、白い柔らかな布地の長いズボン。これも三着ずつ入ってる。

 この緑の半袖、袖が大きくて縁に黄緑色のラインが入っていて、可愛い。

 いいね、これ。これ着てくか。

「それは結構でございますけど、名はどうされるのですか?」

「私どもは、なんとお呼びすれば?」

 ……。

 棚を漁っていた手を止めて、一呼吸置く。

 大事な事なので、急ぐことはない。

 そう簡単に、翻すことはしたくない。

 ……よし。

「タツミって、呼んで」

 頭の中の混乱が、静まりかえる――ような、気がする。

 水面の波紋が広がりきり、隅々までに浸透する。

 わたしは、たつみ。

「これから宜しくね、二人とも」

「承知しました」

「畏まりました」

 二匹の妖精は、恭しく頭を下げた。

 さて、と。

「財布どこ?」

 この世界の、この街の通貨は金貨、銀貨、銅貨。紙幣はない。大きな国なら自国の紙幣とかあるらしいけど、この街にはない。この街もどっかの大国の一部で、独立国ではないはずだけど、紙幣は紙くず同然らしい。冒険者が多いせいか、紙幣は信用されてないようだ。

 そういう訳で、私の財布はただの皮袋。可愛くともなんともない。

 一回の食事が大体銅貨十枚程度、銀貨一枚が銅貨百枚分。銀貨百枚が金貨一枚分。銅貨は十円玉みたいで、銀貨は五百円玉をちょっと大きくした感じ。金貨は金色で、更に大きい。一・五倍ぐらい?

 食事一回を千円だと考えると、銀貨一枚は約一万円。金貨一枚はなんと百万円。

 まあ、魔法の道具とか金貨一枚二枚してたからなぁ……こんなもん?

 ちなみにこの家は、リフォーム代とか諸々合わせて三十枚ほどかかりました。薬の調合台とか、結構かかったんだ……。

 で、今の私の全財産。

 銅貨多数。

 銀貨もまあ、多数。

 最後金貨は、なんと一枚!

 当分の生活費には困らないかな? もし足りなければ、使ってない武具とか道具、売り払おう。どこに売りに行けばいいか、分かんないけど。

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