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「意外です、先輩がゲームするなんて」
「……そう? 私お兄ちゃんが居るし、結構するよ?」
「それも、それもこんなマイナーなゲーム!!」
「そこまで強調しなくても……」
「でもでも、『異界アレカイル』シリーズじゃ一番最悪な、クソゲーとの呼び声高いこの『ドラゴンマスター』!! 出荷本数も確か二千本という、嘘か誠かの少なさ!! 本当に持ってる人、あたし初めて見たかもですよ!?」
きゃいきゃいと騒がしく――片方が興奮しているだけにも見えるが――二人の女子学生が部室のドアを開ける。
ここはとある大学のクラブ棟の一室。『ゲーム研究会』と『漫画研究会』の共同部室である。部屋の広さは他の部室と変わらないが、二つの研究会が使用している為、部室内の設備はなかなか豪華だ。
冷蔵庫は完備、壁際にはゲームを大迫力で楽しめるテレビ、その前には座り心地の良いソファ、そして数人は並んで作業できそうな、大きな作業机が奥にある。
彼女達のように女子部員も多い為、室内の内装は可愛らしく明るく、また清潔に保たれている。
「『異界』シリーズじゃ、確か一番始めに出たんですっけ?」
『異界』シリーズとは、先程騒がしい方の女生徒が言った『異界アレカイル』シリーズの略称だ。異世界アレカイルを舞台に様々に展開するゲーム、小説、漫画の総称である。
ゲームと一口に言ってもその内容はざまざまで、携帯機器での農園経営シュミレーション、パソコンでの傭兵アクションゲーム、領地開拓シュミレーションゲーム、家庭用ゲーム機でのRPG等々。
その多くは無料で、課金するとしても月々500円程度の金額なので気軽に始めるプレイヤーが多い。そして、一度そのアレカイルの世界に足を踏み入れるとその圧倒的な異界の歴史、綿密で緻密な地理に驚かされるプレイヤーが多く、どっぷりとはまっていく。
ここは『ゲーム研究会』の部室で、彼女達はゲーム研究会会員なので、ゲームについて詳しく解説していこう。
「ん~、こうやってソフトになったのは最初だけど、最初に出てきたのは多分『傭兵の掟』だったはず」
まだ誰も居ない部室に入り、一番近くにある作業机の椅子に荷物を下ろしながら、大人しい方――叶 克己が訂正する。
身長169cm、黒髪黒目。黒縁眼鏡をかけている事とやや身長が高い以外、ごく普通の女の子。髪型は癖の強いセミロング、服装はチェックのシャツに黒の綿パン、スニーカー。カバンは分厚い布製のトートバック。洒落っ気にはやや欠けるようだ。
『傭兵の掟』とは、異界アレカイルの一傭兵となって世界を渡り歩くゲームだ。簡単なものなら迷い犬探し、薬草採取、手紙や荷物の配達。少し難しくなってくると旅人の護衛、希少な品の配達――盗賊等に襲われる事もある――、危険な魔物の討伐。それ以上では戦争への参加、未開地域への調査隊の護衛などがある。
「私はああいうアクションゲームは苦手だから、お兄ちゃんがやってるの見てた」
『傭兵の掟』ではスタートは拠点となる街から始まり、簡単なチュートリアルを終えると、後は街での自由行動となる。街の外へは仕事を請け負わなければ出られず、仕事はあらゆる所で受けられる。
街の人々からは簡単なお使いの仕事、酒場に行けばもっと難易度の高い仕事が受けられ、名声も上がっていく。名声が上がっていくと傭兵ギルドへの登録が可能になり、魔物の討伐や戦争への参加が可能になっていく。
仕事で街の外にでると、そこはもう何が起こるか分らない、危険に満ちた世界が広がっている。
「あれ凄いよね、あの世界の聖書とか民話とか本になってて、ちゃんと読めるのに感動した。それにマップも細かくて綺麗だし、今のゲームって本当に凄いって感動した!」
街の中も美しいCGで細かく再現され、まさにファンタジーの世界を歩いているような気分が味わえる。
しかし、『傭兵の掟』の真骨頂はまさに街の外に広がる世界。映像は草の一本一本、音声は川のせせらぎ、鳥の鳴き声、虫の羽音まで聞こえ、まるでその場にいるような錯覚さえ起こさせる。
そして、街の外では魔物や盗賊に出会う事もあり、その場合はリアルタイムアクションで戦闘が行われていく。克己はこのリアルタイムアクションが苦手だ。
単純なボタン連打で勝てる場合もあるが、相手が複数だったり立ち回りが素早ければ容易く後ろを取られ、ぼこぼこにされる。アクションは設定によって単純化できるが、左小攻撃右小攻撃、左大攻撃右大攻撃、左蹴り右蹴り等といったコマンドも設定でき、魔法も習得していればいくつか設定できる。
「それでその次が同じくパソコンで領地経営ゲーム、そしてその次が『このドラゴンマスター』。なんでクソゲーかって言われるかというと、ですね」
「使役出来るドラゴンが、初めから決まってるんですよね!」
どやぁ! と、件のソフトを持ってもないのに誇らしげに語るのは三木 梓。この春に入学した新一回生で、克己とは同じ学部の後輩だ。
外国人とのハーフで亜麻色の髪の乙女、という表現がぴったりの美少女。身長は150cmと低く、それがまた華奢な妖精のようで庇護欲をくすぐる。
初夏に相応しく淡い色のワンピースに薄手のパーカー、足下は柔らかい皮製のパンプス。色はオレンジで、くっきりと目を引く。カバンは焦げ茶色の革製のショルダーバッグ。オシャレ度は高い。
始めに梓は克己がゲーマーなのに意外だと言っていたが、梓こそあまりゲームをするタイプの人間には見えない。
「そう。最初は弱いのからスタート! って訳じゃなくて、どんなにゲームの中で鍛えても、より高いランクのドラゴンが使役出来ない仕様なの。このゲームの目的は爵位を持ってるドラゴンを捕まえて、ドラゴンマスター同士戦っていって、最後に残ったドラゴンマスターとドラゴンが王様になって世界を統べる、っていうゲームなのに、最初から使役出来るドラゴンの爵位が決まってるのはおかしいよね、不公平だよ。せめてゲームの中では平等にして欲しい、っつーの。始めから不平等なんてさ、ゲームにする意味ないと思わない?」
ぶつぶつとこれから始めるゲームについて愚痴を言いながら、克己はカバンからソフトを取り出し、部室のゲーム機にセットする。
ぶつくさぼやいてるものの、その表情は明るい。
「そんな事言いながら先輩、結構楽しそうじゃないですか? もうかなりハマッてますね!」
TVの前のソファに座り、カバンを膝の上にちょこんと載せて、梓はTV画面を注視する。
「いやぁこれってさー、画がすごい綺麗で、それに本も一杯あってさ、集めるのが楽しいの! それにドラゴンはまだだけど馬は飼えるし、長く付き合う内に愛着湧いちゃうし、可愛いくなっちゃってもー!」
「先輩はどの爵位のドラゴンマスターなんですか?」
さらっと克己の熱弁を無視し、梓はゲームの本題に触れる。
異界アレカイルでは一部の魔物おいて、爵位を持つ種が存在する。
爵位を持つ魔物は総じて人語を解し、魔法を使い、高い知能を有する。高位の爵位、公爵や伯爵の位を持つ魔物はある地域、国家では守り神として奉られる。
「面倒だから調べてない」
「? じゃあ、ゲームの中で何してるんですか?」
「本集めたり家買ったりしてる」
「えーと……ドラゴン捕まえに行かないんですか?」
「うん。何捕まえれば良いか分らないし、それにドラゴンなんてそうそう居ないし、探して移動するのも面倒くさいし。外で魔物倒したり依頼こなしてお金稼いで家を買って、改築するのが今の目標!」
コントローラを握りしめ、克己はゲームをスタートさせる。
ちなみにこのゲームでの戦闘はターン性のコマンド式で、戦闘はランダムエンカウント。克己には一番馴染みのあるスタイルだ。
「……楽しいですか?」
「すごく楽しい」
今日、部室でわざわざ集まったのに理由は無い。
二人を含め、この場にはまだ来ていない数名と大学の食堂で談笑していてこのゲームの話になり、克己がその楽しさを熱く語り出し、それならば持って来いという流れになった。
最初に梓が言ったように、この『ドラゴンマスター』というゲームはクソゲーと評価され、プレイ人口が極端に少ない。全世界で出荷本数が二千本等とと噂される程にだ。他の『異界』シリーズは売れに売れているというのに、このソフトだけは絶滅寸前だ。
『異界』シリーズの名を不動のものにした、RPG版『傭兵の掟~戦乙女と王国の秘宝~』――以下『王国の秘宝』――が『ドラゴンマスター』発売後、同じく家庭用ゲーム専用ソフトとして発売され、こちらは大ヒット。
勿論克己も購入し、プレイしたが、克己にとっては『ドラゴンマスター』の方が楽しい。
『王国の秘宝』も『ドラゴンマスター』も一つの目的があり、それを達成する為にプレイするゲームだが、その世界観の厚さが全く違う。
同じ世界を舞台としながら、『傭王国の秘宝』の方は余計な情報が削ぎ落されている。主要なキャラクター、舞台となる国家は細かく描かれているが、他国へは移動すらできない。
それに克己にとって最重要に残念なのが、『王国の秘宝』では自宅を購入できない事だ。
『傭兵の掟』でも『ドラゴンマスター』でも、自宅を購入できる。『傭兵の掟』では自宅といっても倉庫のようなもので、ベッドと簡単な設備しか選べないが、『ドラゴンマスター』は設備を始め、家具を自由に購入でき、庭まである。
『傭兵の掟』での自宅設備は料理ができる台所、薬の調合ができる調合台、武具が作成できる鍛冶場がある。『ドラゴンマスター』ではそれら三つの設備に加え、薬草や綺麗な花が育てられる庭まである。それに本棚などの家具を幾つも購入でき、自由に配置できる。
「……今日のご予定は?」
「お金稼ぎ」
やや呆れ顔の梓の問いに、克己は画面を見据えたまま答える。
TV画面に『ドラゴンマスター』とタイトルが表示される。背景は何頭もの色鮮やかなドラゴンが青空を舞っており、壮大で美しい光景だ。
《よぉ、今日はどーすんだ? 一応今の目的はアンタがどの爵位か調べる為に王都に行く、ってのだが、どーせ行かねぇんだろ?》
画面に一匹の妖精が現れ、台詞が表示される。
「何ですか、これ? ちょっとガラ悪いですよ?」
「ナビ妖精だって。妖精なのに可愛くないよね」
三頭身で表示されたナビ妖精。服装はシャツに短パンと簡素だが、目つきが悪く、おでこに小さな角もある。背中にトンボのように透明で、薄く細い羽が三枚ずつ生えているのは妖精らしいが、紫のつんつんヘアに黄金の瞳という組み合わせは、やはり小悪魔だと言われた方がしっくりくる。
「ナビ妖精って……」
「ヘルプみたいなもんかな? このゲームヘルプないし、あらすじとか用語解説みたいなのもないんだよね、本はたくさんあるけど」
「本、ですか」
「新聞もあるよ、ちょっと高いけど」
「それは凄いですね」
相づちを打ちながらも腕時計をちらりと覗き、梓の目はTV画面と部室の入り口を交互に行き交う。
今日待ち合わせをしている数人の中に梓が憧れている先輩が居る。本当はそんなにゲームをした事が無い梓だが、その先輩が『異界』シリーズの大ファンだと知り、猛勉強した。やっと終わったばかりの受験勉強並みに。
今日来ているワンピースにパンプスだって、この日の為に買ってきたオシャレ洋服だ。家族に今日はデートなのかとからかわれながら、気合いを入れてこの場に望んでいる。
「昨日ちょっと遠出してたから、皆が来る前に家に帰るね。一番見せたいのはお家だし」
ナビ妖精の言葉を聞き流し、克己はコントローラのスタートボタンを押す。
その横で、梓は克己の言葉を聞き流していた。憧れの先輩の事で頭が一杯になり、腕時計と入り口しか見ていなかった。
だから、
「何、これ?」
克己の戸惑った声が耳に入らず、
「何だと思う? 『はい』って言った方が良いと思う?」
克己の質問の意味も分らずに、
「あー……そうじゃないですか?」
うなずく。
否定的な言葉は、今の浮かれている梓には全く思いつかない。早く憧れの先輩が来ないかと、来たら何を話そうかと、わくわくどきどき待機中。
「やっぱりそう思う? じゃ、はいって押してみるね」
TV画面にはナビ妖精を押しのけ、ピエロのような仮面と豪華なローブをまとった怪しい人物の台詞が表示されている。
《おめでとうございます! 貴殿はこの度招待されました! 是非とも我が王国へお越し下さい》
選ぶ。
《はい》
決定する。
今から十万字目指して頑張ります!
お付き合いよろしくです。