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無能と追放された薬師ですが、祖父の革手袋が勝手に魔物を殴り倒すので困っています ~じいちゃん、報われたよ~

作者: uta
掲載日:2026/07/01

「お前のような無能、Sランクパーティーには不要だ。出ていけ」


そう言われた瞬間、俺の右手にはめた古い革手袋が、ぴくりと震えた。


……はいはい、また俺のせいですか。


俺は内心で乾いた笑いを浮かべながら、目の前の男──パーティーリーダー、ガレオ・ファン・ヴェルダーを見上げた。


貴族出身の剣士様は、磨き上げた剣を肩に担ぎ、豪奢な装備を見せびらかすように仁王立ちしている。


ちなみにその装備、ぜんぶ俺がメンテしてるんですけどね。


「ガレオ。ここはダンジョン最深部の手前ですよ。魔物の密度も最悪だ。今、俺を切り捨てるのは……」


「黙れ。お前の薬がなんだ。お前の『戦術』がなんだ。所詮は戦えない雑用が、口だけは一人前か」


なるほど。回復薬の精製も、罠の解除も、撤退ルートの確保も、全部「口だけ」だったと。


背後の仲間たちは、誰一人として俺と目を合わせない。


ああ、見て見ぬふりですか。知ってました。


この一年、俺がどれだけこのパーティーを陰で支えてきたか。


鑑定結果で戦闘スキルがすべて『F』だと判明した日から、俺の居場所はずっと薄氷の上だった。


唯一の固有スキルは【継承インヘリット】──効果、不明。


役立たずの烙印。


だが俺には前世の知識があった。


皮革職人の祖父の工房を継ごうとしていた青年・須藤一護として培った、薬学、なめし革の加工、衛生概念、そして何より──冷静に物事を観察する目。


それだけで、俺はこのパーティーを生き延びさせてきたつもりだった。


「今ごろ理解したか。だがもう遅い。お前の居場所など、最初からなかったんだよ」


「……わかりました」


俺は静かに頷いた。


喚いても無駄だ。こういう手合いに感情をぶつけるのは、自分の品位を下げるだけ。


ただ、右手の革手袋を、無意識にそっと撫でる。


飴色に経年変化した、使い込まれた一点物。祖父が遺した、肌身離さず持っていた手袋。


──じいちゃん。


「ほう、喚かないのか。物分かりがいいじゃないか。精々、そこで野垂れ死ね」


薄暗いダンジョンの最深部。突き飛ばされ、地面に転がった俺の背中に、ガレオの嘲笑が降ってくる。


足音が遠ざかっていく。松明の光が一つ、また一つと消えていく。


完全な暗闇と、湿った魔物の気配だけが残された。


……まあ、想定の範囲内だ。


俺は懐に手を伸ばし、ある『物』に触れて確かめた。


結晶映像の魔道具。真実を記録する、ギルド支給の証拠装置。


あの男が俺を追放した瞬間から、ずっと起動させていた。


こういう日が来ることくらい、半年前から読んでいた。冷静に物事を観察する目、と言ったろう。


それから、ゆっくりと立ち上がる。


その時──手袋が、再び震えた。今度は、はっきりと。


「……じいちゃん。震えてるな。何か来るのか」


地の底から、地響きのような咆哮が聞こえた。


────


巨体だった。


血のように赤い体表、振り上げられた丸太のような腕。上位魔物『ブラッドオーガ』。


ガレオに突き飛ばされた拍子に、最悪の相手の縄張りに転がり込んでいたらしい。


「ブラッドオーガ……上位魔物か。なるほど、逃げる準備だけは一流のあの男が、ここを通らなかったわけだ」


俺は冷静に状況を分析する。


だが冷静に分析したところで、戦闘スキル全Fの薬師に、こいつを倒す手段はない。


オーガの腕が、唸りを上げて振り下ろされる。


──ああ、死ぬな。これは。


少女をかばって死んだ前世に続いて、二度目の死。


そう覚悟した、その瞬間だった。


右手が、勝手に動いた。


「は……? 右手が、勝手に──」


革手袋が俺の腕を引き、ありえない角度で身体をひねらせる。


ブラッドオーガの一撃が、紙一重で鼻先を掠めて空を切った。


だが手袋は止まらない。


まるで熟練の武術家が乗り移ったかのように、俺の身体が滑らかに踏み込む。


握り込まれた拳が、オーガの顎を下から打ち抜いた。


ゴッ、という鈍い音。巨体が、ぐらりと揺れる。


「この動き……古武術か……? でも、誰の──」


受け流し、いなし、最小限の動きで急所を穿つ。


それは攻撃というより──『守る』ための動きだった。


決して前に出すぎず、ただ俺を生かすためだけの、洗練された技。


「受け流して、いなして……攻撃じゃない。これは『守る』ための動きだ。俺を生かすためだけの──」


その時、頭の中に祖父の声が蘇った。


『一護。お前は不器用だからなぁ。けど心配すんな。この手袋がいつかお前を守ってくれるからよ』


皺だらけの手で、俺の頭をくしゃりと撫でた、あの笑顔。


若い頃に古武術と護身術を極めていたと、酔った時にだけ語っていた祖父。


皮革職人としての確かな技術。そして、不器用な孫を案じる、深い愛情。


スキル【継承】──効果不明だったそれが、今、確かに発動していた。


「スキル【継承】……効果不明だったそれが、今……。じいちゃん、お前の『手の記憶』が、ここに宿ってたのか」


この手袋には、祖父の『手の記憶』が宿っている。


技術が、武術が、そして何より『大切な者を守りたい』という意志が。


最後の一撃。手袋に導かれた拳が、オーガの心臓を貫いた。


地響きとともに、巨体が崩れ落ちる。


静寂。


俺は荒い息のまま、自分の右手を見つめた。


飴色の革が、まるで仕事を終えたように、ゆっくりと震えを収めていく。


気づけば、頬を涙が伝っていた。


「じいちゃん……ずっと、そばにいてくれたのか」


声が震える。


借り物の力だ。俺自身は、何一つ強くなっちゃいない。


でも──。


「俺、もう逃げない。これは確かに、俺を信じてくれた人の力だ」


俺は涙を拭い、立ち上がった。手袋を、そっと撫でる。


暗闇の奥に、まだ進んでいない最深部への道が口を開けている。


誰も到達できなかった、未踏の領域。


「……行くか。じいちゃん。誰も到達できなかった、未踏の最深部へ」


手袋が、応えるように、ぴくりと震えた。


────


冒険者ギルド本部。受付の奥で、一人の鑑定官が眉間に深い皺を寄せていた。


リネット・ガルムント。長身に鋭い目つき。新人冒険者が震え上がる、強面の女だ。


「……ふん。また無能扱いか。見る目のない連中だ」


彼女は手元の記録に、素っ気なく毒づいた。


その記録には、ある青年の名が几帳面に書き連ねてある。


イチカ。戦闘スキル全F、固有スキル【継承】効果不明。


──だが、彼が調合した薬の質、立案した戦術の精度、装備の整備状況。


それらの『本当の貢献』を、彼女だけが地道に公式記録へ残し続けていた。


(あの坊主の右手の手袋……鑑定するたび、妙に震えていた。あれは、ただの革製品じゃない)


鑑定官としての観察眼が、ずっと引っかかっていた。


その時──ギルドの扉が、勢いよく開かれた。


「聞いてくれ! 我がパーティーが、ついにダンジョン最深部を制覇したぞ!」


ガレオだった。仲間を引き連れ、英雄面で胸を張る。


「報奨金と、爵位を要求する。最深部のボスを討伐し、古代遺物を持ち帰ったのはこの俺だ!」


リネットの眉が、ぴくりと跳ねた。


「……ほう。ならばその目で確かめさせてもらおう」


重々しい声が、ホールに響いた。


ギルドマスター・ボルドー。歴戦の傷を持つ初老の大男が、貴族議会の面々を従えて現れる。


「結晶映像を、ここに。──制覇したというなら、記録があるはずだ」


ガレオの顔が、わずかに強張った。


「そ、それは……っ、記録など、戦いの最中にいちいち残せるものか!」


そこへ──。


「結晶映像なら、俺が持っています」


静かな声とともに、一人の青年が歩み出た。


黒髪黒目、細身の体つき。右手には、飴色の革手袋。


「イチカ……!? なぜお前が生きて──」


ガレオが目を剥く。


イチカは、ちらりと男を見て、淡々と告げた。


「野垂れ死ね、でしたっけ。残念ながら、まだ息をしてまして。──ボルドーさん、起動します」


イチカは無言で結晶映像の魔道具を起動した。


空中に光が躍り、映し出される。


──『お前のような無能、出ていけ』とイチカを追放するガレオの声。


──ボスを前に、一人も戦わず逃げ惑う仲間たちの姿。


──そして、たった一人でボスを討伐していく、イチカと『手袋』の一部始終。


ホールが、凍りついた。


(追放された直後に……いや、その前から証拠の確保に動いていたのか。この坊主、ただの薬師じゃない)


リネットの胸が、熱くなる。


「ま、待ってくれ! これは……っ、その映像は捏造だ!」


ガレオが青ざめて喚く。だがボルドーの声は無慈悲だった。


「結晶映像は偽れん。それはお前が一番よく知っているはずだ。──虚偽報告。パーティーメンバー遺棄未遂。爵位の不正要求」


「そ、それは……っ」


「ガレオ・ファン・ヴェルダー。貴様の手柄も爵位も剥奪。冒険者資格、永久剥奪とする」


「そんな……っ! 待て、イチカ! お前の薬がないと、俺たちは……!」


イチカは、ゆっくりと革手袋を撫でた。そして、静かに告げる。


「どのツラさげて言ってるんですか」


冷たく、淡々と。


「あなたが捨てたのは、俺じゃない。──俺を守ってくれた人の想いです」


ガレオが、崩れ落ちた。


ざわめきの中、リネットだけが、イチカの右手をじっと見つめていた。


仕事を終えた手袋が、安心したように、ふっと震えを収める。


なお、種明かしをしておこう。


この手袋の革が、なぜ意志を持ったのか。


ボルドーが後に語ったところによれば、飴色の革は、この世界『ガラディア』の最高級素材『竜革』と酷似していたという。


転移の際、世界の魔力と祖父の遺した想いが結合し、『意志ある魔道具』へと昇華した。


スキル【継承】が『不明』とされていたのは──この世界に、前世の遺品に宿る意志という概念そのものが、存在しなかったからだ。


つまり、誰にも鑑定できなかった。


じいちゃんの愛情は、異世界の常識の外側にあったらしい。


強面の鑑定官の目に、じわりと涙が滲んだ。


彼女は不器用に、それでも確かに、口元を綻ばせる。


「……ねえ、あなた」


「はい?」


「あなたの手袋……今、笑ったわよ」


イチカは、目を見開いた。それから、泣き笑いのような顔で頷く。


「……ええ。きっと、そうですね。じいちゃん、報われたよ」


その時だった。


穏やかだった革手袋が、突然──ぴくりと、鋭く震えた。


それは、危機にのみ反応する震え。


イチカの顔から笑みが消える。


「……リネットさん。あなたの故郷って、もしかして」


「!? なぜそれを──」


窓の外、遠い空の彼方。


不穏な黒雲が、湧き上がりつつあった。


(じいちゃん。また、誰かを守れって言うのか)


イチカは、震える手袋をそっと握りしめた。


「……はいはい。わかりましたよ」


乾いた呟きとは裏腹に、その目は、もう逃げない男のそれだった。


──じいちゃんの手袋が、次の誰かを守るために、また震えている。


────


【後書き】


お読みいただき、ありがとうございました。


スカッと追放ざまぁ×祖父との絆、楽しんでいただけたでしょうか。


実はこの『じいちゃんの手袋』、作者の実体験がちょっとだけモデルです。


よく聞かれるので先にお答えしておきますね。


Q:手袋は喋りますか?


A:喋りません。でも──『伝わる』んです。


リネットの故郷を巡る次なる物語も、いずれお届けできれば。


手袋は、きっとまた震えますから。

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― 新着の感想 ―
じいちゃんのこと「お前」って言ってたり、 回復薬のこともわからずに不要と言ってるのに「お前の薬がないと、俺たちは」てセリフだったり、 ところどころおかしい。。
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