目的地へ
三人は、先行するピーデとポルメに追い付いた。
大人たちは、何も言わなかった。
「フェルカーデ宮内伯はどこに向かっているのでしょうか」
土地勘のないフェーンには、馬車がどこを目指しているのか見当も付かない。太陽の位置から、北東に向かっているとしか分からない。
「このまま行けば、スルヴァール王国だな」
「スルヴァール!?」
「帝都とスルヴァール王国を結んでいるのが、今歩いているファルガール街道だ」
「さすが傭兵、だな」
「黙れ詐欺師さん」
スルヴァール王国は帝国領内にある唯一の王国であり、
「皇帝の私領……」
「そういうこった」
皇帝は、スルヴァール王かつゼンメルセ公でもある。
「宮内伯は皇帝の使用人。とはいえ、妙だな」
「詐欺師さんにも分からねえのか」
「皇帝は帝都に居る。宮内伯は帝都で皇帝に仕える。スルヴァール王国に居るのは、皇帝の代官と王国の統治官僚だ。宮内伯は関係ない。行く必要も、普通はない」
「つまり、普通ではないということですね? それは父上に関係しているのでしょうか」
「そこまでは分からない。分からないが問題はそこではなく……」
「相手が皇帝じゃどうにもならねえな」
「そんな……」
「まあ、進行方向だけで結論を出すのは早計だ。方向ってだけなら帝国外のポルトヴィク王国に向かってるとも言える。全ては、野郎の行き先を確認してからだ」
リリーメルは、「できること」がなくなる予感に意気消沈している。彼女はそう思い込もうとしているが、それだけではないことも分かっていた。
――アディの真意が分からない。
自分の気持ちが分からない。
どうしたらいいのか分からない。
「おい。野郎、街道を外れるぞ」
「えっ?」
「あそこで右の脇道に入った」
「お前ら、気をつけろよ。街道と違って往来が桁違いに少ない。距離を取るぞ」
一行も脇道に入った。幸い、一本道なので距離を取っても見失う危険はなかった。
「おい傭兵、俺たちどこに向かってんだ?」
「知らねえよ。俺は地図じゃねえんだ」
しばらく進むと、平民にとっては十分に巨大だが、貴族用としてはこぢんまりとした館が見えてきた。馬車は、その館の車止めに入っていった。
「ここが目的地か」
「一体、誰の屋敷だ」
既に夕暮れ時に差し掛かっている。リリーメルはしばらく空を眺めてから、一同を見渡して鼻から息を吹き出した。
何かよからぬことを思いついた顔だ、とアディは悟った。
「私たちもあの館に乗り込みましょう!」
「何だって?」
「ここで眺めていたって何も分からないじゃない」
「そりゃそうだけどよ、姫さん……」
「もう日が暮れる。一晩泊めてほしいとお願いするのよ」
「まあ不自然ではないか……」
「ちょうど、見目麗しい姫と護衛の騎士、侍女もそろっています。迷子になって難儀している姫君一行ってことでいいじゃない」
「どさくさに紛れて自画自賛したな、姫さん」
「後は、ポルメの二枚舌に懸かっています。さあ、腕の見せどころですよ!」
「分かったよ。見目麗しい姫さん……」
◆
「どちらさまかな?」
「突然の来訪の無礼、伏してお詫び申し上げる。我ら、さる姫君とその家臣。夕刻が迫り、ご当家の灯火にすがりに参った。夜明けまでのひととき、我が姫君に安息を賜らんことを」
「それは難儀であったな。して、姫君とはどちらのご息女か」
「できれば伏せたきところなれど、助力を求めて名乗らぬは無礼も承知。ナルファスト公家の傍系の息女なり」
「ナジステオ家とな。かような遠方の姫がなぜ当地に?」
「スルヴァールにおわす血縁をご訪問の際、父君の一行とはぐれてしまいました。赤面の至り。帝都まで戻れば、父君との合流も果たせましょう」
「父君となぜ離ればなれに?」
「我が姫君はいささか奇矯なところがございまして……できればお察しいただきたい。姫君をお捜しする中で、我らだけはぐれ申した」
対応に出た執事は、一行を眺めた。
――この小男は、騎士の従者か。一応騎士身分相当の言葉遣いを心得ている。騎士と、侍女。護衛として雇われた傭兵? そして……髪はひどく乱れているが、貴族に見える少女。立ち居振る舞いは申し分ない。長い髪も働かざる者を示している。ひどく乱れているが。
執事の視線に気付いたリリーメルは、右手を胸に当てて膝を軽く曲げて優雅に会釈した。黙っていれば深窓の令嬢に見える。
「事情は承知致した。伯爵に取り次ぐゆえ、しばし待たれよ」
そう言って、執事はいったん扉を閉ざした。第一関門は突破したらしい。
「ナジステオ家とはまた、大きく出ましたね」
「デタラメな家名では、かえって怪しまれるんですよ。『調べれば嘘だと分かる』くらいがちょうど良い。長期滞在なら足が付くが、一晩なら調べられる前におさらばできます」
「さすが詐欺師さんだな。しかしまあ、『スルヴァールにおわす血縁』だと? 嘘八百をよくスラスラまくし立てられるな」
「こういうのはな、事前に幾つかの筋書きを作っとくんだ。後は、適当に名前をはめ込む。そして、本当のことも言う」
「ああ、『奇矯なところ』とかですね」
「なぜそこが本当のところなの? アディ」
話が逸れだしたところで、ポルメの意識は別のところに向いていた。
「伯爵って言ったな」とポルメがつぶやく。
――他の諸侯が絡んでるってことか? 思ったよりややこしいぜ。
扉には家紋が埋め込まれているが、余程の碩学でもない限り、予備知識なしで家紋から家名を特定するのは難しい。
「いずれにせよ、ここは帝国諸侯の屋敷らしい。伯爵の本宅がこれほど小規模なわけがない。狩猟時などに使う別邸だろう」
心の中で百五十ほど数えた頃、執事が戻ってきて一同を招き入れた。
「ケルスナー伯の別邸へようこそ。皆さまを歓迎致します」
「ケルスナー伯……でございますか」
「左様。本日は他に来客もあり、伯爵は皆さまのお相手がかないませんが、当家で体を休めていただきたいとの仰せです」
「ケルスナー伯に感謝を。では皆の者、ご厚意に甘えると致しましょう」
リリーメルは一同の先頭に立って、執事の後に続いた。
彼女は、やろうと思えば作法に適った振る舞いができるのである。
「美男に遭遇しなければ」という条件付きであれば。
もし気に入っていただけましたら、ブクマや評価(★)していただけると励みになります!




