第8話 境界線の教室 ――声は届いているか
春の午前。
曲町東交番。
「今日は中学校で防犯教室」
肥田が資料をまとめながら言う。
「黒城、怖がらせすぎないようにね」
「恐怖は抑止力だ」
「教育です!」
朝倉が即座にツッコむ。
生活安全係の飯田と脇俣も合流する。
「今日は“スマホと軽い気持ち”がテーマだ」
飯田が穏やかに告げる。
黒城が小さく呟く。
「軽い気持ちは、重い結果を生む」
「だから難しい言い方やめてください!」
肥田が苦笑した。
「今日は“伝える日”だからね」
※※※
曲町中学校・体育館
整列する生徒たち。
ざわめきが次第に静まる。
壇上に立つ肥田。
「皆さん、こんにちは。曲町東交番の肥田です」
声は丁寧で、柔らかい。
「交番は、皆さんの一番近くにある警察です。困ったことがあったら、まず相談してください。怒りません」
空気が和らぐ。
続いて飯田。
「生活安全係の飯田です」
真剣な目。
「万引きや暴力、動画の拡散。“みんなやってるから”では済まされません」
体育館が静まる。
「一度でもやれば犯罪です」
言葉は重い。
黒城が一歩前に出る。
「拡散は刃だ」
女子生徒がざわつく。
「握るなら覚悟を持て」
朝倉(なんで刺さるの!?)
脇俣、小声。
「一定数いるのよ、ああいうの好きな層」
肥田が素早くフォローする。
「黒城巡査長は少し言い方が難しいですが、“ちゃんと考えて行動してください”という意味です」
空気が戻る。
※※※
寸劇コーナー
「これから、よくあるケースをやってみます」
朝倉が前へ出る。
“軽いノリの友人役”。
スマホを構える。
「ねえねえ、この動画ヤバくない?みんなに送っちゃおうよ!」
脇俣が一歩前に出る。
「ちょっと待って。それ、本人の許可ある?」
「えー、別にいいじゃん」
「それ、拡散した瞬間にあなたも加害者になるよ」
生徒がざわめく。
飯田が続ける。
「実際に、動画を送っただけで処分を受けた例もあります」
肥田も丁寧に言う。
「“自分は撮っていないから大丈夫”は通用しません」
朝倉、素に戻る。
「軽い気持ちだったのに……って後悔しても、消せないんです」
黒城、低く。
「データは消せても、記録は残る」
今度は笑いは起きない。
数人の表情が、明らかに変わる。
※※※
一人の少年
後方。
腕を組んで座る男子生徒。
表情が固い。
スマホを、強く握っている。
黒城と目が合う。
逸らさない。
肥田が小さく言う。
「どうした?」
黒城。
「目が揺れていない」
飯田も視線を向ける。
「……届いているかもしれませんね」
だが、その表情は読めない。
※※※
終了後
女子生徒が集まる。
「写真いいですか!」
黒城
「公務中だ」
「キャー!」
朝倉
「断ってるのに好感度上がってます!」
脇俣
「天然の営業妨害ね」
肥田が笑う。
「人気者だなぁ」
「営業ではない」
※※※
校門を出るとき。
例の少年が、一人で歩いていく。
ポケットの中のスマホ。
一瞬だけ立ち止まる。
そして――また歩き出す。
飯田が静かに言う。
「越える前なら、まだ間に合う」
肥田が頷く。
「だから、声をかけ続けるんです」
黒城。
「境界線は、見えないだけで確かにある」
朝倉はその背中を見つめる。
(ちゃんと届いていますように)
春の風が吹く。
曲町は今日も穏やかだ。
だが穏やかさは、守らなければ消える。
境界線の上に立つ少年は――
まだ、こちら側にいる。
だが。
いつまでも、とは限らない。




