第6話 署長の昼食会 ――若手とは誰だ
曲町署・署長室。
鶴丸署長は机に肘をつき、湯呑を傾けていた。
五十五歳。機動隊叩き上げの剣道家。だが、目はどこか穏やかだ。
向かいに立つのは亀山副署長。
機動隊時代からの後輩であり、絶対忠誠の男。
署長がぽつりと呟く。
「若い署員とは、挨拶くらいしかしないなぁ」
副署長は即座に反応する。
「署長室に入るのは幹部くらいですからね」
署長は少し寂しそうに笑った。
「……話してみたいなぁ」
一拍。
副署長の目が光る。
「私にお任せください」
「え、そんな悪いよ」
副署長は胸を張る。
「何を水くさい。私と署長の仲じゃないですか」
署長が笑う。
「持つべきは良き後輩だねぇ」
――この瞬間、鳥羽地域課長の運命は決まった。
※※※
地域課長・鳥羽警部。三十八歳。
若くして昇任した優秀な男だが、この署では幹部の中で最年少。
つまり――便利枠。
内線が鳴る。
「はい、地域課――……はい?」
受話器を置く。
「……副署長からだった」
肥田が察する。
「……今度は何です?」
「昼食会をやるらしい」
「誰が?」
「署長が」
沈黙。
黒城が静かに言う。
「均衡が動いたな」
「動いてない」
鳥羽は続ける。
「“若手と話したい”そうだ」
肥田が真顔で聞く。
「若手とは?」
鳥羽は即答する。
「この規模の署じゃ、四十以下は若手扱いだ」
朝倉が目を丸くする。
「……課長って確か――」
鳥羽、無表情。
「言うな」
※※※
昼休み。署長室。
集められたのは、
黒城、朝倉、白石、赤瀬、肥田。
副署長が笑顔で迎える。
「どうぞどうぞ」
署長は柔らかく言う。
「弁当だけだけどね」
全員、ぎこちなく着席。
署長が切り出す。
「最近どう?」
――沈黙。
鳥羽、心の中で叫ぶ。
(誰か喋れ)
視線が一周し、最年少で止まる。
朝倉。
鳥羽、無言で顎を動かす。
(行け)
朝倉、目を見開く。
(私が一番の若手!! 行きます!!)
ガタン。
「楽しいです!!」
全員が跳ねる。
署長、ぱちぱち瞬き。
「……何が?」
「交番勤務も!報告書も!パトロールも!」
黒城が小さく付け足す。
「日報は叙事詩だ」
「そこじゃないです!」
肥田が笑う。
空気が、少し緩む。
副署長が満足げに頷く。
「では順番にいきましょう」
鳥羽、嫌な予感。
署長が嬉しそうに言う。
「それ、いいね」
鳥羽(何で面接方式なんだ……)
※※※
「黒城君」
「はい」
「不便はないかい?」
「不便は前進の余地です」
「翻訳して」
「問題ありません」
署長、笑う。
「そうか」
※※※
「白石さん」
「はい」
「刑事課、忙しいでしょう」
「やりがいがあります」
一瞬、黒城を見る。
「信頼できる仲間もいますし」
赤瀬、固まる。
(……俺じゃないな)
※※※
「赤瀬君」
「はい」
「困っていることは?」
「……特にありません」
(白石さんが通常運転なら)
※※※
「肥田君」
「はい」
「交番はどうだい?」
「落ち着いてますよ。若いのも育ってますし」
朝倉をちらり。
※※※
最後に署長。
「鳥羽君」
「はい」
「どうだい?」
一瞬、間。
「……賑やかです」
全員、吹き出す。
署長が笑う。
「いいことだ」
少しだけ声が柔らかくなる。
「若い人の声、聞けてよかったよ」
空気が、温かくなる。
副署長が即座に言う。
「今後もこういう機会を増やしましょう」
署長が頷く。
「またやりたいなぁ」
副署長。
「鳥羽君、次回もよろしく」
鳥羽、固まる。
「……はい」
※※※
廊下。
朝倉が言う。
「署長、優しかったですね」
肥田が頷く。
黒城が静かに言う。
「上に立つ者の孤独だ」
朝倉は少し考え、
「……また行きたいです」
※※※
署長室の中。
署長がぽつり。
「若いって、いいねぇ」
副署長、深く頷く。
「次は今回来られなかった若手で」
廊下の向こうで鳥羽が小さく言う。
「聞こえてます」
曲町署は今日も、少しだけ距離が縮まった。
――昼食会、次回開催決定。




