第3話 元ペア ――昼下がりの影
曲町署・刑事課前。
会議室へ向かう廊下で、白石美月巡査部長は足を止めた。
誰もが振り返る美貌。 だがその瞳は、常に冷静だ。
白石は目を閉じ、わずかに空気を吸う。
「……来てるわね」
黒城が歩いてくる。
黒のコート。 無駄のない足取り。
「何がだ」
「柔軟剤。昨日と同じ。詰め替えたでしょ」
朝倉が目を丸くする。
「え!? 分かるんですか!?」
黒城は一瞬だけ沈黙する。
「昨日、詰め替えた」
白石は満足そうに微笑む。
「やっぱり。蓮ね」
「名前呼びなんですね!?」
白石は続ける。
「今朝、コンビニ寄ったでしょ」
「……なぜ分かる」
「コーヒーの香り。微糖」
「ちょっと怖いですよ!?」
そのやり取りを少し離れて見ている男がいる。
赤瀬徹平、刑事巡査長。 冷静で常識的。 そして白石に片想い中。
(怖い……)
白石は黒城と目が合うと、少しだけ表情が緩む。
だが次の瞬間、刑事の顔に戻った。
「行きましょう」
※※※
会議室
前に立つのは今成警部補。 刑事課実働班長。 顔が怖い。
「始める」
後方には柳警部。 生活安全刑事課長。 現場叩き上げ。 指示は短い。
その隣には鳥羽地域課長。
柳が低く告げる。
「今回は地域の者にも出てもらっている」
鳥羽を一瞥。
「協力感謝する」
「……いえ」
今成が資料を示す。
「昼間の空き巣三件。無施錠窓から侵入」
白石が前に出る。
「三件とも発生前日に同一人物が周辺を徘徊」
赤瀬が映像を切り替える。
キョロキョロと住宅街を歩く男。
白石。
「目的地がない。下見の可能性が高い」
今成。
「本日同曜日。同時間帯。張り込み」
柳。
「確実に押さえろ」
※※※
張り込み
A点:白石・赤瀬
B点:刑事ペア
C点:肥田+刑事
D点:黒城・朝倉
住宅街は静かだった。
無線。
「A点、対象確認」
男が現れる。
歩幅が不自然。 視線が窓に吸い寄せられる。
白石が小さく言う。
「三回目」
赤瀬が頷く。
「この通り、三周目」
男が裏手へ回る。
D点。
黒城と朝倉が視認。
窓を押す。
開いた。
侵入。
白石。
「入った」
今成。
「全点、動け」
※※※
数分後。
男がバッグを持って出てくる。
「住居侵入、窃盗の現行犯」
白石が前に出る。
男が逃走。
B点が塞ぐ。
C点が寄る。
男は方向転換。
D点へ。
朝倉の前に迫る。
目が合う。
――怖い。
足が一瞬止まる。
突破される。
「D点突破!」
その瞬間。
「逃走経路は読めている」
黒城の姿が消えた。
パッ。
路地の出口。
黒城が立っている。
「行き止まりだ」
男が急停止。
背後から白石。
迷いのない足払い。
男が崩れる。
赤瀬が腕を固定。
手錠。
完了。
※※※
曲町署
朝倉は俯いていた。
「……すみません。怖くなってしまって」
肥田が笑う。
「新人なんだから気にしない」
黒城。
「構わない。俺がカバーする」
朝倉の胸が跳ねる。
白石が近づく。
「蓮」
朝倉がまた驚く。
「無茶よ、さっきの瞬間移動」
「必要だった」
「犯人が襲いかかってきたらどうするつもり?」
肥田が言う。
「黒城君、武道からきしだもんな」
朝倉。
「え?」
黒城は小さく言う。
「……来てくれるだろ」
白石が止まる。
ほんの一瞬、柔らかい顔。
「……当たり前じゃない」
赤瀬。
(これが元ペアか)
白石がふっと笑う。
「なんかさ。ペア組んでた時みたいだったね」
黒城もわずかに目を細める。
「あぁ……そうだな」
静かな空気。
白石が真顔で言う。
「じゃあ」
朝倉。
「え?」
「やっぱり私たち結婚しよ」
沈黙。
肥田。
「急だなぁ」
赤瀬。
(出た……)
黒城。
「脈絡がない」
「あるわよ。信頼もあるし、連携も完璧だし」
「捜査と婚姻は別問題だ」
「でも相性は証明済みよ?」
朝倉。
「証明されてないです!」
赤瀬、心の声。
(これがなければ完璧なのに)
黒城は淡々と言う。
「均衡は保たれている」
「何のですか!」
白石は満足げに頷く。
「返事は保留ってことね」
元ペアは、まだ終わっていない。
たぶん、これからも。




