第16話 仕事開きの甘味 ――湯気の向こうに
年明け最初の出勤日。
曲町署は、どこか柔らかい空気に包まれていた。
「明けましておめでとうございます」
「ああ、今年もよろしく」
あちこちで頭が下がる。
制服もスーツも、どこか新しい。
※※※
道場。
畳の上に長机。
大きな鍋から湯気が立ちのぼる。
今年も恒例――おしるこが振る舞われる。
必要最低限の警戒要員を残し、ほとんどの署員が道場へ集まっていた。
朝倉が目を輝かせる。
「わあ……いい匂い……!」
肥田は真顔で椀を受け取る。
「……ふむ」
一口。
目を閉じる。
「小豆の炊き加減は柔らかめ。砂糖はやや控えめ。塩が少し効いてるな」
朝倉。
「なんでそんなに細かいんですか!?」
黒城も椀を持つ。
「温度は適正」
「感想それだけですか!?」
※※※
畳の中央。
鶴丸署長が立つ。
「改めて、明けましておめでとう」
ざわめきが静まる。
「去年もいろいろあったねぇ」
小さな笑い。
「今年も、怪我なく、事故なく。無事に一年を終えよう」
副署長がうなずく。
「そのためにも、日々の積み重ねだ」
芝野が小声で。
「年末年始の決裁が山積みになってますけどね」
柳が遠くで椀を持ちながらぼそり。
「……正月くらい忘れたい」
※※※
白石は静かに椀を口元へ運ぶ。
隣に黒城。
「蓮、甘いの好きよね?」
「許容範囲内だ」
「去年より素直ね」
「統計的比較はしていない」
朝倉が横から。
「白石先輩、甘さチェックしてないんですか?」
「私は味より空気を楽しむ派」
黒城。
「合理的ではない」
「うるさいわよ」
※※※
今成が道場を見渡す。
「ここにいると身体がうずくな」
鳥羽が苦笑。
「……柔道ですか」
野間口が森川を見る。
「甘いの大丈夫?」
森川、少し照れながら。
「……はい」
朝倉、すぐに気付く。
(距離、縮んでる……!)
※※※
肥田、三杯目。
「今年もこの味なら安心だな」
配膳担当の地域課員が胸を張る。
「朝から三時間炊きました!」
「企業努力を感じる」
「だからなんで評価が業者なんですか」
※※※
道場の隅。
板橋が小さく言う。
「正月の道場って、いいですね」
飯田がうなずく。
「デスクに戻りたくないです」
黒城が畳を見つめる。
「均衡が保たれている」
朝倉が笑う。
「今年は何もないといいですね!」
肥田が頷く。
「警察が暇なのは平和な証拠だね」
※※※
最後に、全員で軽く整列。
副署長の号令。
「今年も、頼むぞ」
「はい!」
声が揃う。
道場の天井に反響する。
湯気の向こうに、笑顔がある。
事件も事故も、まだ始まっていない。
けれど。
守る準備は、もう整っている。
黒城が小さく言う。
「甘味は士気を上げる」
朝倉。
「便利な理屈ですね!」
肥田。
「五杯目、いこうかな」
曲町署の一年が、静かに動き出した。
――湯気の向こうに、今年も仲間がいる。




