第13話 交差点の断片 ――赤を越えた夜
朝。
曲町署の空気が、いつもと違った。
交通課のフロアが慌ただしい。
朝倉が小走りで肥田に近づく。
「何かあったんですか?」
肥田が低く答える。
「信号交差点。重大事故だ」
「事故……?」
「飲酒の疑い。それも逃走」
朝倉の表情が引き締まる。
黒城も、わずかに目を細めた。
※※※
現場
市内の信号交差点。
被害車両は青信号で交差点に進入。
その瞬間――
赤信号を無視した黒系車両が高速で突入。
横から衝突。
衝撃で被害車両は横転。
運転手は重傷。
目撃していたのは、帰宅途中の若いカップルだった。
衝突音。
女性が叫ぶ。
「えっ!?」
男性はすぐに被疑車両へ駆け寄る。
被疑車両も前部を大きく損傷している。
運転席の窓が開いている。
「大丈夫ですか!?」
その瞬間、強い酒の匂い。
男性が眉をひそめる。
「もしかして……」
運転手は視線を逸らし、何も言わずにアクセルを踏む。
「待て!」
タイヤが鳴り、逃走。
女性は横転車両へ駆け寄る。
「大丈夫ですか!?今、救急車呼びます!」
119番通報。
男性も戻り、二人で協力してドアをこじ開ける。
※※※
事故概要
署内。
小久保が説明する。
「赤信号無視。横から衝突。被害車両は左側面を中心に大破」
松中が補足する。
「損傷位置が低い。衝突車両は車高が低めと推定」
芝野が頷く。
「セダンタイプの可能性が高いですね」
朝倉が驚く。
「そこまで分かるんですか?」
芝野は淡々と答える。
「交通課だからね」
※※※
黒城の断片
小久保が視線を向ける。
「黒城君。何か分かることはないかな」
黒城は現場から回収された破片を手に取る。
目を閉じる。
断片が流れ込む。
・濃紺のセダン
・急加速
・赤信号
・左側面へ衝突
・前部沈み込み
・割れたヘッドライト
・白文字
・「○○板金」
目を開く。
「濃紺のセダンタイプ。暗所では黒に見える」
芝野が即座に拾う。
「目撃証言とも一致」
黒城が続ける。
「前部破損。ヘッドライト割れ」
松中が整理する。
「被害車両左側面への衝突と符合する」
黒城。
「側面に白文字。“○○板金”」
一瞬の沈黙。
松中が言う。
「板金屋の営業車か。修理を自前で隠すつもりだったか」
芝野がうなずく。
「車高推定とも合致」
小久保が即断する。
「○○板金を当たる。松中、芝野巡査部長、野間口君は確認へ。他の課員は別線捜査」
松中が言う。
「違う可能性もあるぞ」
小久保は迷わない。
「構わない。可能性は潰していく」
※※※
○○板金
工場敷地内。
濃紺のセダン。
側面に白文字。
前部大破。
ヘッドライト破損。
野間口が低く言う。
「一致します」
芝野が息を吐く。
「……すごいな、黒城」
松中が声をかける。
「事情を伺います。任意同行で」
四十代の男。
顔が赤い。
苛立ちを隠せない。
だが否定はしない。
※※※
数時間後
野間口が戻る。
黒城と朝倉に報告する。
「呼気検査、基準値超え」
朝倉が息をのむ。
「飲酒を認めた。赤信号無視も」
「飲んだ店も話した。これから裏付けだ」
さらに。
「現場から○○板金までの経路で、被疑車両の部品と思われるパーツが点々と落ちていた」
芝野が続ける。
「必死に逃げたんだろうな」
野間口。
「経路上の防犯カメラに、被疑車両の走行と被疑者の運転状況が映っていた」
黒城は静かに言う。
「断片は、嘘をつかない」
※※※
交差点の信号は、今日も赤と青を繰り返す。
だが。
あの一瞬。
赤を越えたことで、人生は横転した。
そして。
名も知らぬカップルの勇気が、一つの命をつないだ。
朝倉は交差点を見つめる。
(守るって、こういうことなんだ)
黒城が静かに言う。
「境界線は、色で示されている」
「赤は止まれ、です」
「止まれない者がいる」
春の風が吹く。
曲町は、今日も動いている。
見えない断片が、真実をつなぎ合わせる。
――赤を越えた代償は、必ず返る。




