第12話 父の制服 ――見せたい背中
春の午前。
曲町東小学校。
校門前に止まるパトカー。
朝倉が隣を見て、目を丸くした。
「板橋警部補、制服姿って珍しいですね」
普段はスーツ姿の生活安全係。
だが今日は、きっちりと警察官の制服。
板橋は少し照れくさそうに帽子を直す。
「息子が通ってる小学校なんだ」
一拍。
「警察は転勤も多いし、単身赴任も珍しくない。今のうちに見せておきたいんだよ」
「何をですか?」
「……父親の仕事を」
黒城が低く言う。
「背中は言葉より雄弁だ」
「今日はちゃんと分かる言い方ですね」
肥田が笑う。
「いいですねぇ。父親参観日ですね」
板橋は苦笑した。
※※※
校庭。
児童が整列している。
板橋の視線が、ひとりの少年で止まる。
目が合う。
少年の顔がぱっと明るくなる。
小さく、手を振る。
板橋は一瞬だけ迷い――
周囲を見て、ほんの少しだけ手を振り返した。
気付かれない程度に。
だが、少年には十分だった。
(大好きなんだな)
朝倉は思う。
※※※
不審者対応訓練開始。
想定:校門付近に不審者侵入。
黒城が不審者役。
全身黒。サングラス。無駄なベルト。
児童がざわつく。
「リアルすぎません?」
朝倉が小声で言う。
「世界観は崩さない」
「訓練です!」
黒城がゆっくりと校庭へ。
低い声。
「……落とし物を探している」
空気が凍る。
先生が誘導を開始。
しかし――
黒城が一歩、ラインを越える。
その瞬間。
「止まれ!」
鋭い声。
板橋が駆ける。
迷いのない動き。
踏み込み。
腕を取り、体勢を崩す。
地面に制圧。
完璧な所作。
黒城、押さえられながら小さく言う。
「動きに無駄がない」
「褒めるな」
体育館へ避難完了。
訓練成功。
※※※
総括。
肥田が丁寧に話す。
「怖かったと思います。でも、今日の動きは完璧でした」
板橋も続ける。
「おかしいと感じたら、先生にすぐ知らせること。それが自分を守る第一歩です」
黒城が補足。
「距離を取れ。近づくな」
朝倉。
「“いかのおすし”、覚えてますか?」
子どもたちが元気に答える。
空気が和らぐ。
※※※
終了後。
校庭の端。
板橋の息子が駆け寄ってくる。
「お父さん!」
周囲を気にしつつも、板橋はしゃがむ。
「どうだった?」
少年の目が輝く。
「すっごく格好よかったよ!」
一瞬。
板橋の表情が崩れる。
「……そうか」
短い言葉。
でも、胸の奥が満ちている。
黒城が静かに言う。
「守る対象が明確な者は強い」
朝倉が小声で。
「今日は分かりやすいですね」
肥田が笑う。
「いやぁ、いいもの見せてもらいました」
板橋は立ち上がり、帽子を直す。
「行くぞ」
「うん!」
少年がまた小さく手を振る。
今度は、板橋もはっきりと振り返した。
※※※
帰りの車内。
朝倉がぽつり。
「いいですね。ああいうの」
肥田が頷く。
「家族に見せられる仕事ってのは、幸せだよ」
黒城が窓の外を見る。
「誇れる背中は、静かに語る」
「今日は名言率高いですね」
板橋は何も言わない。
ただ、少しだけ背筋が伸びていた。
春の校庭には、子どもたちの笑い声が戻っている。
それは――守られた日常の音。
父の制服は、
子どもの記憶に、きっと残る。




