三島由紀夫 太宰治 スーパーマリオブラザーズをプレイする
昭和の匂いが残る古いアパートの一室。
ちゃぶ台の上には、黄ばんだファミコン本体と、灰皿。
ブラウン管テレビには、無骨なドット絵の世界が広がっていた。
「これが、かの“スーパーマリオブラザーズ”か」
三島由紀夫は姿勢よく正座し、コントローラーを握った。
「そう。落ちるだけで死ぬんだよ。僕に向いてるゲームだと思わないかい?」
太宰治は座椅子の背もたれに身体を預け、煙草を咥え、ただ笑っていた。
ゲームが始まる。
三島の操作するマリオが、左から右へと走り出す。
「この男、実に逞しい。走り、跳び、蹴り、踏み潰す。まるで戦場を渡る兵士だな」
三島はブロックを次々に叩き、パワーアップのキノコとコインを正確に回収した。
「僕はね、ずっと思ってたんだ」
太宰が、ぼそりと言った。
「この世界、なぜ“前にしか進めない”のかなって。後ろに戻れないって、人生みたいだろう?」
三島は無言で進む。クリボーをよけ、ノコノコを巧みに踏み、穴を飛び越えていく。
「意志だよ。前へ進むのは、“意志”の象徴だ。迷わず、躊躇わず、死地へ進む。マリオはまるで、武士道を体現しているかのようだ」
「でもね、ほら」
太宰が指さす。
「マリオが穴に落ちても、音楽は明るいんだ。“ピロリロリ~”って。死ぬのに、なんだか陽気でしょ」
その瞬間、三島のマリオが地面の小さな隙間に吸い込まれた。
「ピロリロリ~」
「くっ……」
三島は舌打ちし、目を閉じて深呼吸した。
「意志があろうと、落ちるときは落ちるんだよ」
太宰が笑う。
「君が戦車で乗り込もうが、僕が酒に酔って倒れようが、同じ“ゲームオーバー”さ」
「違う」
三島は低くつぶやいた。
「“どう死ぬか”に意味がある。“いかにして穴に落ちるか”が、人生の美しさを決める」
太宰はもう笑っていなかった。
彼はゆっくりと、2P側のコントローラーを持ち、ルイージを操作し始めた。
「じゃあ、見せてあげるよ。僕の落ち方を」
ルイージは、最初のクリボーにぶつかって即死した。
太宰は肩をすくめる。
「……うん、こういうのが僕だよね」
三島は、ふっと鼻で笑った。
「いいか、もう一度だ。1-2まで行くぞ。土管に入る。それが運命だ」
再びマリオは走り出す。画面の向こうのドット絵の世界に、二人の作家の影が溶けていく。
令和の夏の午後、ちゃぶ台の前で。
二人の男が、マリオという虚構の中で、人生を繰り返し落ち、跳び、進んでいった。