9話「蒼い龍」
天運の檻・9話になります!
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蒼龍の名のもとに振るう刃の重み。
それでも抗えぬ運命の奔流。
灯された蒼き龍は、空より降りて地に涙を零す。
散りゆく龍鱗は、鳳凰の息吹を以てしても風に舞う。
その残火を抱きし者は、
やがて新たな蒼龍を導く明となる。
葵の弟である蒼の寝室で静かに窓から見える外の景色を覗く明。
明の内には葛藤と安らぎの双方が入り混じっていた。
葵に仲間の死の真相を伝えそびれたこと、そして今この時間を流れる一時の安らぎ。
明は夜光に照らされる月を眺めながらため息を吐く。
「ったく…タイミングが悪いんだか良いんだか…」
浅い寝息をたてる蒼を横目に明は少し呆れた表情を浮かべる。
だが、その表情には笑みを含まれていた。
月夜に照らされる龍河岡邸。
明と葵はそれぞれ窓から差し込むその光を浴び、一時の静寂を享受する。
だが―同じく月夜を浴びるもう一人の存在を二人は知らない。
―ここか。―
明は蒼が深い眠りに入ったの確認すると、再び葵の監視役を続けるべく寝室を出ようとする。
だが、寝室の襖に手をかけた明の動きが止まる。
僅かに背後の窓から差し込む光が揺らいだのを感じ取ったのだ。
明はすぐに行動に出る。
屋根の上に立つ二人の影。
「ここだ。」
「それじゃ、やる―」
その時背後から刀が襲う。
だが刀に当たる直前に影が煙のようにして消える。
すぐに距離を取る二人の影。
二人の目に映るのは刀を手にした明だった。
「今の感じ、異術だな。」
「チッ、執行隊か。」
二人の影が月光に照らされていき姿が露わとなる。
一人は鋭い牙を持った男性無人、もう一人は長い爪を生やした女性無人だった。
白黒反転した瞳が明を睨む。
「こんな夜更けに無人が来ていい場所じゃねぇぞ。」
「フフッ…ガキが私たちに指図する気?」
「生憎、中で寝てるヤツがいるんでね。騒ぎを起こされると困るんだよ。」
当然、引き下がる素振りを見せない無人たちは構える。
明と無人たちが同時に動き出す。
時を同じくして訓練場で一人鍛錬に励む葵。
葵は自身に近づく気配を感じ取る。
「明?」
訓練場の扉を開けたのは葵の知る人物ではなかった。
無人と一致する特徴、それに加えて腰に携えた刀が目に止まる。
そして、その者から放たれる凄まじい覇気。
「!!!」
葵に身の毛もよだつほどの恐怖が襲う。
すぐに刀を抜く葵。
だが、その刀は小刻みに震えていた。
葵は感じ取った。
これまで何度も無人を執行してきた。
だが、無人に対してこれほどの絶望感を覚えたのは初めてだった。
数日前、城郭大学で遭遇した無人をも超える恐怖と絶望が葵を襲う。
身体が、細胞に刻まれた遺伝子が、今すぐここから逃げろと言っている。
「(震えが止まらない…)」
生を受け16年。
龍河岡 葵の全身に伝わる死の感覚。
逃れようのないその感覚を前に葵は―
「……面白い。心が乱れぬ者を見るのは久しい。」
葵は目の前の強大な敵に挑むことを決める。
自ら望んで執行隊へと入隊を決めた。
日本各地に潜む無人の脅威から人々を救うために。
そして今目の前には自分が向かうべき無人がいる。
執行隊の者として、そして龍河岡家の当主として、葵は闘いへ向かう。
―龍河一刀流・旋鯨波!!―
葵は刀を逆手持ちにして無人に接近する。
そして訓練場の扉を粉砕するほど強力な一撃を繰り出す。
無人は葵の攻撃を僅かな身のこなしで避ける。
葵は無人から放たれる殺気を感じ、距離をとる。
「悪くない。…だが…負けているぞ、恐怖に。」
「!!」
そう無人が口にすると葵の肩が大きく裂ける。
距離をとった葵だったが、無人の凄まじい速さによる攻撃で葵は距離を取る前にすでに肩を斬られていたのだ。
無人の刃を見ることすら叶わなかった。
裂けた傷口からは大量の血が噴き出し、葵は膝をつく。
「現代の龍河岡も…この程度か。」
無人が葵に近づこうとしたその時だった。
違和感に気が付いた無人は自身の肩を見つめる。
いつの間にか無人の肩が裂けていたのだ。
無人は距離をとったあの時、葵が自身の肩にも攻撃を行っていたのだと冷静に分析する。
だが、相手は無人。
核あるいは首を切断されない限り、再生を続ける不死の怪物。
造作もなく肩を瞬時に再生させる無人。
その僅かな隙―
無人に接近し攻撃を仕掛ける葵。
葵の刀を指でつまみ攻撃を防ぐ無人。
「ほう……」
だが、葵の様子を見て驚愕する無人。
葵の裂けた傷が元に戻っていたのだ。
「(再生の術式…?)」
葵は格上相手である無人に生まれた僅かな隙を好機ととらえ、攻撃を次々と仕掛けていく。
だがその隙も無意味と化すほど無人の実力は圧倒的なものだった。
葵の仕掛ける攻撃を捌きながら、葵の身体を斬りつけていく無人。
その度に自身の身体にも傷が生まれていたことに気が付く。
この違和感の正体。
無人はある答えにたどり着く。
「なるほど…面白い術式だ。」
自身の頬についた傷を再生させながら口にする無人。
すると葵の頬についた傷も再生していく。
葵の術式は”肉体共有”。
触れた対象と自身の肉体を共有することができる。
共有された相手は葵と同じ個所に同等の傷や痛みを負う。
反対に相手側がその傷を治癒すればそれは葵の肉体にも表れる。
葵は最初の接近で無人に触れていたのだ。
それにより葵は無人と肉体を共有し自身が傷を負えば無人も傷を負い、無人がその傷を癒せば自身の傷も再生するようになっていた。
「無人に対して優位な術式。だが―」
無人は葵の術式を褒め称えながら自身の腕を葵に見せる無人。
そこには先ほど受けた傷をあえて再生させていなかった。
それにより葵の腕にも同様に傷はそのまま残り続けた。
「タネがわかれば脅威ではない。」
腕の傷が再生されなくなったことで葵の刀を握る力が弱まる。
「(ウソでしょ…この無人……再生をコントロールできるの…!?)」
本来、無人の再生能力は生命の防衛反応として意思に関係なく行われる。
その特性を活かして葵は無人との戦闘で自身の術式を優位に利用していた。
だが、目の前の無人は自身の再生能力を己の意思で自由に行えた。
その誤算により窮地に立たされる葵。
そして葵の絶望はさらに加速していく。
なんと無人は刀を自身の腕に当てる。
「!!」
その後に何が起こるのかを察した葵は驚愕する。
そして無人は自身の腕を切断した。
同時に葵の腕も切断される。
「あぁぁぁああ!!!!!」
葵が痛みにもがき苦しみだす。
依然と無人は切断された腕を再生しないまま葵の叫びを冷酷な眼差しで見つめる。
これまでの闘いで遭遇した無人も同じような手段をとる者はいた。
だが、その行為は無意味だった。
無人の再生能力を無人自身が止める者などいなかったから。
葵は大量の出血により意識が徐々に薄れていく。
激しい痛みに涙が流れる。
目の前には切断され、床に落ちる腕。
その腕が握る刀と指にはめられた指輪を見つめる葵。
仲間たちの顔が次々と脳裏に浮かんでいく。
「玲…明……みんな……」
思わず親しい友人たちの名が口から零れる。
16の少女にはとても耐えられない痛み。
その痛みから逃れたい一心で葵は友人たちに助けを求めてしまう。
葵の身体に死への感覚が実感へと伝わるその時。
葵の脳裏に浮かんだのは―
「蒼……」
葵は何かに気が付かされたかのような表情を浮かべる。
床に落ちた腕から刀を取り、立ち上がる葵。
そんな様子を見つめる無人。
「その傷…じきに死ぬぞ、女。」
それを聞いた葵は意識が朦朧としながらも刀を握り笑みを浮かべる。
「そう…かもね。…けど私は……立たなきゃいけない…理由があるの。希望を…守るために!!」
それを聞いた無人の動きが僅かに反応する。
そして無人は刀を抜き、葵を見つめる。
「名乗れ、女。龍の血が絶えるその瞬間まで立ち続けろ。―さもなくばその身に継がれし剣が泣く。」
葵は一息呼吸を整えて覚悟を決めた表情を浮かべる。
「龍河岡家・17代目当主、龍河岡 葵。」
葵は刀を構え、口にする。
それを聞いた無人を僅かに口角を緩め―
「塵だ。」
互いの刀が交差する―
二人の無人と対峙していた明。
その闘いに決着の兆しが表れる。
明が男性無人の両目を斬りつける。
「うぐっ!!」
その隙に明が背後に接近する。
「”透視”の異術…それで蒼の居場所を特定したみたいだけど、目に頼りすぎなんだよっ!」
そう言って無人の首を切断する明。
そしてすぐに女性無人にも攻撃を仕掛ける明。
だが明の攻撃はまたしても回避される。
「(肉体を虫サイズまで分割できる異術か、少し厄介だな。)」
「舐めるんじゃないわよ!!」
女性無人は明の背後をとり、再び肉体を元に戻し攻撃を仕掛ける。
―術式発散《極》―
明は死角である背後にも関わらず女性無人の腕を刀で防ぐ。
女性無人は再び肉体を分割するが、瞬時に明に分割した個体の一体を捕らえられる。
「ッ!!」
「アンタの異術、結構厄介だけどその虫みたいな中に核を持ってる個体がいるんだろ?」
女性無人は一斉に自身の分割した個体を明に向かわせるが、その攻撃をいとも容易く回避する。
「そんでもってその慌てよう、お前が本体ってこと丸わかり。」
「クソがぁー!!」
そう言い残し明につぶされる女性無人。
本体をつぶされた為か周りの個体も次々に消失していく。
闘いを終え、窓から蒼の様子を見る明。
無事を確認する明だったが、先ほど闘った無人とは比べものにならないほどの強大な気配を感じ取る。
「なんだ…これ……(あの方向は…)」
葵は決まって深夜帯に訓練場で一人鍛錬に励んでいた。
そして強大な気配はその訓練場から感じる。
明は蒼に目を移すがこの家に入る直前、玲に言われた一言を思い出す。
―明、葵のこと頼んだぞ。―
「葵!!」
明は急いで葵のもとへと向かう。
「はぁ……はぁ……」
傷だらけの状態で膝を付く葵。
葵はまるで”強力な何か”に上から押さえつけられているかのように身動きが取れないでいた。
吐血し床には血の海が広がる。
葵の前には同じく傷を負った塵と名乗った無人が立っていた。
塵は刀を鞘に納める。
再生を自ら止めても核の破壊や首が切断されない限り、無人の命が尽きることは無い。
「…術式の性能もさることながらその流派。…その年でよくぞここまで磨き上げたものだ。」
塵がそう口にすると葵を押さえつける力が強まる。
膝を付く周辺の床がひび割れはじめ、葵の身体中の骨が軋む音が聞こえてくる。
―だが、その時だった。
「!?」
突如、塵が吐血し始めたのだ。
塵は力なくその場に膝をつき、葵を押さえつける力も解除される。
塵は胸に手を当て自身の鼓動を感じ取る。
「なんだ…これは……」
自身と同じ状況に陥っている塵を見て、葵は苦しみながら笑みを見せる。
「私が…一番……理解してる……自分の……術式の…欠点…くらい……」
触れた対象と自身の肉体を共有する葵の術式。
それは戦闘において強力なアドバンテージを生むが、同時に致命的な欠点も存在する。
肉体は共有できても肉体の性質には変化はない。
故に無人である塵は己の再生能力を中断することで葵に傷を残し、自身は無人が持つ不死性により命を保つという戦略で葵の術式を無効化した。
だが、葵も想定していたのだ。
自身の術式効果を敵側が利用する可能性があることは。
「だから私は……自分の弱みと…向き合い続けた……!!」
龍河岡家の当主として、そして自分の大切なものを守り抜くために葵は術式制約の会得に至った。
術式制約。
自身の術式に条件を課すことで、新たな効果を付与あるいは強化することが可能な術式の高等技法。
理論上では複数の制約を設けることも可能だが成功した者はおらず、術式制約の会得自体に至った術式発現者も極わずか。
そして葵が自身の術式に設けた制約は―
”一定時間、肉体を共有し続けると両者ともに劣っている肉体の性質に変化する”
「なんだと…」
塵は葵の術式制約の条件を聞いたことで自身の身に起きたことを理解する。
葵と塵は互いに肉体を共有した。
そして互いの肉体では無人である塵の方が圧倒的に肉体が優れる。
つまり―塵は葵の肉体、すなわち人間の肉体へと変化していた。
再生もできず、核など存在しない。
身体を動かせば息は切れ、血を流せば意識が朦朧とする肉体に。
葵はすでに瀕死の重傷。
塵は葵の肉体の性質と変化し、さらに術式効果によって肉体も葵の状態と共有された。
静かに己の胸を押さえながら立ち上がる塵。
かつて不死を誇ったその肉体は、もはや痛みを知り、血を流す。
それでも、その瞳には恐れも、焦りもなかった。
「……なるほど。久々に感じたぞ…”この感覚”を。」
ゆらりと、塵の影が月光に溶ける。
一歩、また一歩と、傷を引きずりながら出口へ向かう。
「最後にいいものを見せてもらったぞ……龍河岡 葵。」
塵は背を向け、外の景色を見上げる。
外は先ほどの静寂な夜とは異なり、雨が降り始めていた。
そして塵は薄れゆく気配の中で、言葉を残した。
「龍が涙を零すとき、空もまた泣く。」
「!!」
その声が夜風に溶け、塵の姿は掻き消える。
葵はただそれを見つめることしかできなかった。
部屋に駆け込む影が葵の目に映る。
「…明……?」
「葵っ!!!」
目に映るのは、血に染まった床と、倒れ伏す葵の姿。
明が駆け寄る。
葵の身体を抱きかかえ、傷口から流れる大量の血を必死で抑える明。
「おい!しっかりしろ!!」
「ごめ…ん……守れ…なかった……」
道中、明は龍河岡家の者、そして使用人いたる龍河岡邸に住まう全ての住人が殺害されていたのを目の当たりにする。
そしてそのことは塵の発言から葵も察していた。
「いやまだ蒼がいる!生きてる!だから―」
明の発言を聞いた葵が静かに涙を流す。
そして、乱れる呼吸の中で一言口にする。
「よ…かったぁ……」
明の葵を抱く力が強まる。
蒼を襲った無人二人は自身と闘っていた。
その間、他の無人の気配は葵と闘った無人だけだった。
明の内で一つの感情が壊れる。
「葵。」
「…聞いて…明…」
「誰なんだ…葵、お前を―」
「お願い…明…約束…して…ほしいの…」
「お前を…お前の一族を殺したのは!!どんな無人だ!!」
明が感情任せに力強い声を放つ。
部屋中に明の声が響く。
葵は明の手を優しく触れ、笑みを見せる。
「蒼のことを…よろしくね。」
「ッ!!」
明はその一言を聞いて涙を流す。
涙が葵の頬に落ちる。
明は震える指先でそれを拭い、静かに頷いた。
それを見た葵は穏やかな表情を浮かべ、そして濁った息の中で最後の力を振り絞る。
「”塵”。……そいつは―」
その瞬間、扉が開く音がした。
「姉さん!!」
蒼が駆け込む。
明が振り向いたとき、葵の唇がかすかに動く。
―その声は、もう誰にも届かなかった。
雨音だけが、静かに二人の間を打ち鳴らしていた。
蒼は呆然と葵を見つめ、明の腕の中で静かに瞼を閉じた葵の姿を見てただその場に崩れ落ちる。
明が蒼のもとへ向かう。
「明さん……姉さんは……」
蒼が明の方を向くと―
そこには涙を流す明の姿が。
「すまない…助けられなかった……すまない…本当にッ……!!」
明は蒼に目線を合わせそう口にした。
蒼は目の前の現実を受け止めきれなかった。
自然と涙が溢れる。
報せが届いたのは、それから間もなくだった。
龍河岡邸が、何者かの襲撃を受け壊滅したという。
現場へ駆けつけた玲の瞳に、まず映ったのは血に染まった庭と、崩れた瓦礫。
そしてその中心で、静かに葵を抱きかかえる明とその横で涙を流す蒼の姿だった。
「……葵?」
かすれた声が、風に溶けた。
玲は震える足で近づき、何度も呼びかけた。
「おい、嘘だろ……嘘だ嘘だ…!!!葵、なあ、起きろよ……!!」
葵の頬を撫でても、その温もりはもう戻らない。
明は何も言わずに蒼のそばにいる。
「……明、どうして……どうして守れなかったんだ!!」
怒鳴り声が夜空を裂く。
玲の拳が震え、涙が滲む。
「お前が一緒にいたんだろ……!何で、何で一人にした!」
その言葉に、明はゆっくりと顔を上げた。
「………済まない…玲。」
「そんな言葉で済むかよ!!」
玲は叫び、明を殴りつける。
蒼はその光景を見つめることしかできなかった。
夜風が、血の匂いを運ぶ。
「……信じた結果がこれかよ…」
玲は拳を下ろし、息を吐いた。
そして玲は葵の手に握られた指輪を手に取る。
「あぁ…そうか。そういうことか。」
玲は静かに嘆く。
その眼は深い憎しみを抱えながら、冷酷な眼差しへと変わっていた。
玲は葵の指輪を静かに自身の指にはめる。
「この世界が終わってんだ…だから俺から葵を奪ったんだ。」
玲はそう口にすると明を背にその場からどこかへ歩き出す。
「玲―」
明の声が追いかける。
だが玲は振り返らなかった。
「止めるなよ。……何も守れなかったお前が今さら何を言っても無意味だ。」
玲はそう明に言い残し闇へと消えていく。
明は玲の発言に何も言い返せずその場で一人佇む。
―夜が再び静寂を取り戻す。
龍河岡家虐殺の件は、国衛局内で大きな爪痕を残した。
葵の死は明や玲だけでなく絙や暗菜の耳にも届く。
明、絙、暗菜の三人は同期達の名が記されたデータで表示された墓石の前に立つ。
「玲は…」
「執行隊を抜けた。上は玲を危険等級B相当の危険因子に認定したってよ。今後は追われる身だ。」
「でもアイツは鳳焔寺家の人間でしょ…一族の計らいで―」
「いや、御三家でも処遇は俺たちと大して変わらねぇよ。特に鳳焔寺家はな。」
暗菜の投げかけに明が淡々と答える。
絙は懐からピアスを取り出す。
それは以前同期の仲間たち、そして玲や葵たちがプレゼントしてくれたピアスだった。
そのピアスを握りながら目を閉じ、祈る姿勢をとる絙。
「…俺は…執行隊を抜けて戦衛団に入ろうと思う。」
「絙…」
絙の発言に暗菜が思わず声が零れる。
国衛局の信頼を完全に失った絙は、政府に頼らず自らの方法で無人の執行をとることを決めたのだ。
「私は…残るつもり。国衛局は信頼できないけど、執行隊は変えられるかもしれない。
それに…執行隊にいる方が無人に遭遇しやすいし。」
「そうか。…明、お前は…?」
絙の問いに明は静かに目を閉じる。
明の内にこれまでの仲間たちとの思い出が蘇る。
困難は幾度もあった。
それでも他者を救い、仲間と助け合っていくことに明は意味を感じていた。
だが、そんな自身の大義も同期の仲間たちと共に消え去り、残ったのは自分たちの屍の上に成り立ったこの国の正義。
「お前らが望んでるのは…”アイツ”への…復讐だろ。」
アイツ、それは城郭大学の任務で遭遇した謎の無人。
あの無人から始まった。
国衛局はあの無人のことを知っていた。
そして、なぜかあの場に居合わせた最重要危険因子であるはずの九条 仲秀。
全てがおかしかった。
国衛局の闇を知った今、国衛局も一枚岩ではない。
一人は、執行隊を抜け戦衛団で国衛局とは異なるやり方で復讐を誓う。
一人は、執行隊に留まり内部からの改革を試みながら復讐を誓う。
誰よりも長い時を共に過ごした親友たちに明は答える。
「俺も復讐側だ。―けど…その憎しみは俺らの代だけでいい、後世に残す必要はねぇ。」
明は背を向けながら葵の最期の言葉を思い出す。
―蒼のことを…よろしくね。―
明はゆっくりと拳を握る。
そして絙が手にするピアスと同じデザインの指輪をネックレスとして首にかける。
「後世に強き者を残す、それが俺の復讐だ。」
互いに異なる道を進むことを選んだ俺たち。
絙は執行隊を抜けた以上、術式発現者として国衛局に追われる身だ。
それでも国衛局の追跡を掻い潜りながら戦衛団の者として日々無人の執行をしているそうだ。
暗菜も日々鍛錬を続けながら無人を執行し続けている。
そんでもって俺は―
「よし蒼、今日は俺じゃない相手と実戦訓練だぞ~」
「でもこんな場所で明さん以外誰が…」
「あーさっき呼んでおいた。」
「あ、えーっと、姫村 理沙です~!蒼くんだよね?よろしくね~!」
「じゃ、俺は昼寝してくるから、あとはよろしく~」
それがお前らの最初の出会いだったか?
今、思えばあそこで理沙を呼んでおいたことは正解だったかもな…
あれから、俺は蒼の育成と自分の強さを磨き続けた。
そんでもって、俺が術式制約の複数使用に成功したとき、国衛局から危険等級の繰り上がりが決定したんだっけか。
まぁ興味ねぇけど。
それよりも―
「お前がいなくなってから…ゆっくり寝れると思ってたんだけどなぁ…」
あの日から…
俺の眠りが本当の意味で安らぎを感じたことはない。
まったく、お前のせいで目覚めが悪くて仕方ねぇ。
けど、お前に頼まれた通り蒼は―
―…きて……あき………ん…―
あぁ、やっぱりな。
「起きてください、明さん。」
まるでお前そっくりだよ。
どうやらお前ら姉弟は俺の眠りを妨げるのが好きらしい。
「んっ…蒼か…?」
「私もいますよ~」
「理沙か…二人してどうした?」
「どうしたって、明さんがなんとかしろって言うから俺らで上と取り合ってきたんですよ。」
「けっこう大変だったんですよ~……だから…明さん!」
「なんだぁ?その顔。」
「俺たちへの感謝の証にいい店連れて行ってください。っていう顔ですよ。」
「はぁぁ~…やだね!…そんなに行きたいなら二人きりで行ってこい!
…それともあれか?お前らがそういう仲だってみんなに言ってやろうか??」
―それはダメ!!―
葵、蒼は立派に育ったよ。
俺たちなんかよりもずっとな。
この先の時代を担うのは俺たちじゃない、アイツらだ。
葵、お前の願ったもんは、確かにここに繋がってる。
だからもう少しだけ―
俺はこの世界で戦い続けるよ。




