10話「血に滴る夜」
天運の檻・10話になります!
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深夜。
街に冷たい空気とともに広がる静寂の中、街と街を結ぶ吊橋を歩く一人の男性。
おぼつかない足取りで男性はとうとう橋のど真ん中で川に向かって汚物を吐き出す。
「あぁー…もぉ……飲みすぎた…。」
ひとりでに愚痴を漏らす男性は川を見つめる。
真夜中の闇に包まれた川が僅かに月光に照らされる。
「…あぁ…?…んん…?」
男性は闇に包まれた川に人影が浮かんでいるのを目撃する。
「おぉーい…!…きみぃー…そんなとこで何を―」
混濁した意識の中で男性は人影に向かって呼びかける。
その時、僅かに月光が差し込み川を照らす。
その光景に男性は目を擦りながら月光に照らされた川を見る。
すると川が放つはずのない色に染まっていた。
「あ…か…色…?」
月光がさらに川を照らし出す。
すると川が赤色に染まるほど、大量の人間が背を向けて浮かんでいたのだ。
「だ、だれか!!!」
記録―秋田県虚川区の吊橋下に大量の死体が目撃。
国衛局は無人の犯行を考慮し、執行隊員五名の派遣が決定される。
現地に到着する歩。
あたりは国衛局の局員が吊橋の封鎖や死体の回収をなどを行っていた。
「けっこう大掛かりだな…」
真夜中の派遣であるものの歩は欠伸一つかかず現場の見渡す。
すると歩のもとに蒼がやってくる。
「歩、眠くない?大丈夫かい?」
蒼は優しく歩に声をかけた。
歩を気遣ってか蒼は夜食を手渡す。
二人は先に現場に到着して調査を始めていた執行隊員のもとに向かう。
道中、歩は蒼に尋ねる。
「あの蒼さん、明さんは…」
「あぁ、理沙と俺で上に掛け合って今回の件は放免することになったんだ。」
「すごい…上には何て説得したんですか?」
「それは―」
蒼は国衛局本部で明の処遇についての会話を思い出す。
―また君か。今回はいくら御三家の君といえど彼を容認することはできないぞ―
―あぁ、その通りだ。本部の報告無視に留まらず、無断で執行隊の入隊を許可するとは。それは我々の判断で決めることだ―
―はい、承知の上です。今回はある提案をお受けしていただきたく参りました。
―藤白露 明の処遇は、今後の瑞野 歩の功績で判断していただきたいのです。―
―彼が独断で入隊させたあの少年にそれほどの価値があるのか?―
―わかりません。ですが彼がこれまで隊律違反を犯してまで育て上げた隊員は、執行隊として多くの功績を残してきたことも事実です―
―君は例外だろう。―
―私だけではありません。直接的な師事でなくとも姫村理沙をはじめとする私の同期は皆、彼に恩があり、執行隊で多くの功績を残しています―
―では、瑞野 歩もそうであると?―
―聞けば、瑞野 歩は霧峰町での執行任務すら、己の力で執行できていなかったそうじゃないか―
―初任務で異術を使用する無人との戦闘に生還するのは困難です。それを鑑みれば可能性は十分にあるかと。―
―……いいだろう。それでは以降の執行任務には君と瑞野 歩の同行を許可し、そこで彼の功績で判断しよう。それまでは藤白露 明を仮放免処置とする。―
蒼は歩に無駄なプレッシャーを与えないよう細心の注意を払いながら歩に伝える。
だが、蒼の予想に反して歩の返答は前向きなものだった。
「つまり…俺が今回の任務で頑張ればいいだけですよね!任せてください!」
その反応に安堵する蒼。
蒼は心なしか明がなぜ歩を無理をしてでも執行隊へ入隊させたのかが分かった気がした。
現場に設営されたテントに入ると、そこには歩のよく知る良奨と未紗が国衛局員と話していた。
未紗が歩たちに気が付き、国衛局員との会話を終わらせる。
「お疲れ様です、蒼先輩、歩。」
「お疲れ、悪いねこんな夜更けに駆り出して。」
「謝らないでくださいよ、蒼先輩のせいじゃないですよ。」
良奨が蒼の気遣いに感謝を述べる。
本来、事件に無人の関与が不明瞭の場合、まず国衛局員が調査をはじめることが多い。
だが今回現場を目撃した人物が国衛局員だということもあり、執行隊を含めた大々的な調査が開始されたのだ。
また、今回の事件では川が血に染まるほどの死体があったことから翌朝まで時間をかけて調査を行えば、周囲の民間人の混乱を招く恐れも合った。
「あぁ…だからこんなに人が多いのか。」
「でも…仮に無人の仕業なら…妥当な判断な気もするけどね。」
良奨は現場で回収された遺体を見て口にする。
するとテントに入ってくるもう一人の執行隊員。
「あ、みなさんお疲れ様です…」
茶髪のボブヘアに小柄な体格をした女性が歩たちに話しかける。
歩はその少女のしたくせ毛の茶髪を見てどこか既視感を覚える。
「お帰り、美衣!どうだった?」
「私の術式だともう少し時間が掛かりそうで…」
危険等級B
獅壕院 美衣(16歳)
美衣の術式は”動物使役”。
触れた人間以外の動物を使役できる。
使役下においた動物とは意思疎通が行え、索敵に長けた能力が特徴。
ただし複雑な指令を出せないこと、術式効果の持続が短い欠点もある。
「大丈夫、迅速に対応してくれて助かるよ。」
蒼は美衣を気にかけ、少し休息をとるよう促す。
休息をとる中で歩は美衣が霧峰町の旅館捜索任務で自身を助けてくれた獅壕院 絙の妹であると知る。
「(やっぱどうりで顔が似てるわけだ…)」
美衣は自分や良奨と同じく今年執行隊に入隊してきたことを知る歩。
未紗とは執行隊に入る前からの知り合いで、未紗の執行隊での活躍を聞いて入隊することを決めたのだそう。
休息を終え、歩たちはそれぞれ役割を分割し任務に挑む。
蒼は吊橋付近の調査、美衣は自身の術式による広範囲捜索、歩、未紗、良奨の三人は吊橋で川に浮かぶ死体を目撃した国衛局員に事情聴取を行う。
「だーから!言ったでしょ!?これはね、無人の仕業!俺がぁ言うんだからぁ!」
「うっ…てか…城倉さん?でしたっけ?どんだけお酒飲んだんですか…(酒臭い…)」
「すこ~し!少しだけぇですよ!」
歩は泥酔した国衛局員の城倉を落ち着かせながら話を聞く。
しかし酒のせいか呂律が回っていないこともあり、とてもじゃないが話を聞ける状態ではなかった。
そして極め付きは―
「あのね、俺はねぇ、本部で勤務するつもりでぇ入局したわけ!
けどね、君はぁ支部で活躍できそうな人材だからって言われて―」
「あーもう、それさっきも聞きましたよ…!
その支部で支部局長になったら本部に行っていいってやつ!」
「けどね、この支部に回されたヤツで本部に昇進したヤツはいねぇんだよぉ!!」
「城倉さん!俺の話、聞いてますかー!」
自分の話ばかり口にして一向に話が進まない。
良奨が必死に城倉を支えながら呼びかけるが、聞く耳すら持ってくれない。
困惑する良奨を横に頭を抱える歩と未紗。
目撃者がこの状態では聴取も意味はない。
他の目撃者がいないとなるといよいよ美衣の術式頼りといった状況だ。
「あ、思い出した!」
「!!…城倉さん、もしかして他にも何か情報が―」
「報告書、今日までだったんだ!」
一瞬期待した自分がバカだと言わんばかりの呆れた表情を浮かべる良奨。
「………はぁ。…だから昇進できないんじゃないですか~…」
その頃、吊橋周辺の様子を調査する蒼。
すると吊橋の床についた傷を発見する。
「これは…弾痕…?」
蒼は弾痕を写真に収め、本部に送信する。
さらに調査を進めると吊橋付近に同じような弾痕を発見する。
すると蒼や歩たちの携帯が一斉に鳴りだす。
―報告!吊橋から下流に向かって1km!怪しい人影を発見!―
美衣が動物との意思疎通により、怪しい人物を特定したのだ。
報告と同時に美衣の使役下にある鳥が歩たちの元にやってくる。
その報告を聞いて真っ先に蒼が行動に出る。
「美衣!対象の特定を頼む!」
鳥の後を追いながら蒼は美衣に指示する。
歩も報告を聞くと未紗と共に発見場所へ向かおうとする。
良奨に国衛局員の城倉を任せ、鳥の後を追う二人。
美衣は携帯から蒼の指示を聞くと目を閉じ集中し始める。
―術式充填《共伝心身》―
術式充填により自身の術式効果を高める美衣。
美衣の術式充填は一定時間、使役下においた動物の視覚や感覚を共有できる。
これにより怪しい人影を追っていた鳥と視覚を共有する。
鳥を通して人影を見る美衣。
鳥が追い付かないほどの速度で走る二つの人影。
美衣は明らかに一般人がなせる芸当ではないことに気がつく。
すると人影の一人がこちらに向かってナイフを投げる。
「ッ!!」
鳥との視界の共有が絶たれる。
それは今の攻撃で使役した鳥がやられたことを意味する。
美衣は汗を拭きながら蒼たちに伝える。
―無人の姿を確認。相手は二人です!―
―了解。美衣は術式効果が切れたら休息をとりつつ、良奨と合流。国衛局員にこのことを伝えておいてくれ。―
―わかりました…!―
通信を終え、蒼はすぐに歩たちに追いつく。
合流した三人は美衣が使役下においた鳥の後を追う。
しばらくすると三人は下流付近に到着する。
あたりは森林や巨大な岩が広がっていた。
鳥が移動せず上空を旋回しだした。
つまり、無人はこのあたりにいる。
蒼は先頭に立ち、周囲を捜索する。
すると、先ほど吊橋で発見した弾痕と同様のものを発見する。
さらに本部から弾痕の分析結果が寄せられる。
「やっぱり…そうか。」
弾痕は日本で登録されている銃弾の形状ではなかった。
これにより蒼は無人が銃使いであり、特殊な銃弾を使用する可能性が高いと推測する。
弾痕を次々と発見し、捜索を続ける三人。
すると蒼が立ち止まる。
「蒼さん、どうしたんですか?」
歩が蒼に尋ねる。
蒼は周囲を見渡し、自分たちが逃げ場のない場所へ誘い込まれたことに気が付く。
辺りは森と岩場に覆われ狭き一本道が続いていた。
そして、蒼は異常なほどの静寂さを感じ取ると、歩と未紗に指示を出す。
「二人とも!今すぐこの場から―」
ひとつの銃弾が森林から放たれる。
蒼は刀を抜き銃弾を弾く。
銃弾が岩場に当たり弾痕を残す。
その弾痕は先ほど蒼が発見したものと一致する。
―へぇーやるなぁ…!アイツ…!―
すると先ほど蒼が弾いたはずの銃弾が再び動き出す。
銃弾は歩に襲い掛かる。
「歩!」
蒼は歩を自身の方へ引き寄せる。
なんとか銃弾を避けることに成功するが―
「(起爆装置…!?しまった…!!)」
あらかじめ壁に仕込まれた爆弾に銃弾が直撃する。
壁が大きな爆音と共に破壊される。
土砂が崩れ、三人のいる狭い道へとなだれ込む。
土砂は歩と蒼の目の前に塞がり未紗と分断されてしまう。
「未紗!!」
「私は大丈夫!」
未紗に声をかける歩。
蒼は急いで土砂に触れ、術式の発動を試みる。
だが、その行動を予測していたかのように複数の銃弾が蒼と歩に襲い掛かる。
「チッ…!」
蒼は土砂から距離をとる。
銃弾はさらに壁に着弾すると大きな爆破を次々と起こし始める。
無理に突破すれば、歩ごと吹き飛ばされる危険がある。
土砂の勢いは増し、未紗との距離がさらに広がる。
「蒼さん!」
「歩、注意しろ…!かなりのやり手だよ…!」
土砂によって歩たちと分断されてしまった未紗。
未紗は土砂を駆けのぼって二人と合流を試みる。
だがその時、未紗の薄紫色の瞳が輝き出す。
すると何かに気が付いた様子を見せる未紗。
未紗の背後には一人の無人が襲い掛かろうとしていた。
未紗は背後から迫りくる攻撃を回避する。
「…殺気は放っていない……よく避けたな。」
無人が姿を現す。
その姿は腕に包帯を巻き、ナイフを手にしている。
未紗は刀を抜き、慎重に相手の出方を伺う。
「(分断されてすぐに私に襲い掛かった…おそらく銃撃した無人とは別…)」
そして未紗は静かに息を吐く。
白い息が舞う。
「…!!」
踏み込み一つで無人の懐に接近する未紗。
流源を全身ではなく、足に集中させ一気に開放することで爆発的な速度を可能としたのだ。
その爆発的な速度は”天与五人衆”にも遅れをとらない。
―真導我天流・天導一閃―
未紗は無人に向かって一閃を繰り出す。
無人は不意を突かれたことで回避が遅れ、腕を斬り落とされる。
だが、すぐに体勢を低くしながら未紗に攻撃を繰り出そうと試みる。
すると未紗の瞳が再び輝き出す。
薄紫色の瞳に数秒先の光景が広がる。
―そこには無人の強烈な蹴りが自身を襲おうとしていた―
未紗は無人の攻撃が繰り出される前に最善の動きとして軽快な身のこなしで飛び上がる。
「なんだ…今のは…」
無人は困惑する。
未紗は自分の攻撃がどこに来るのか理解しているような動きを見せるのだ。
「お前の術式か。」
未紗の術式は”未来視”。
自身にまつわる未来を最大1分間視ることが可能。
術式は未来視を行った時間に比例して再度発動に時間を要する。
また未来視は自身に関する事柄しか視認できないため、他人や周囲の状況を把握するのは困難な弱点がある。
無人は未紗の術式が予知に関する能力だとすぐに察する。
自身がどんなに先手を打とうとも意味をなさないことで無人はより慎重になる。
「(この無人、戦闘慣れしてる…多分だけどさっきので、私の術式も気づかれてるはず…)」
すると未紗の死角から銃弾が襲う。
未紗は術式によって銃弾が自らに当たる前に銃弾を避ける。
森から姿を現し、ナイフを手にしている無人の横に立つもう一人の無人。
「へぇー、避けるじゃねぇか!いいオモチャができそうだ!」
「兄貴、無駄撃ちはやめろ。あの女、未来を視てる。」
「なるほどなぁ!…どうりで俺の銃撃を避けるわけだ!」
兄貴と呼ばれた無人は笑いながら口にする。
未紗は今回の事件の犯人がこの二人であると理解する。
だが念には念を、未紗は二人に問う。
「川にあった遺体はアンタ達の仕業?」
「あぁ!当たり前だ!今日は血に飢えてたからな!」
なんの躊躇もなく答える無人。
この二人の無人は喰らうためではなくただ殺戮のために人間を殺したことに怒りを覚える未紗。
未紗は冷静に刀を構える。
「そう…じゃ執行させてもらうわよ。」
未紗は流源を開放する。
二人の無人もそれぞれ行動に出る。
弟は未紗と接近戦を行い、兄は周囲を駆けながら銃撃による遠距離での戦闘を行う。
兄の無人は自身の掌から銃弾を生成し、それを銃に装填する。
発砲された銃弾は兄の意のままに動き、対象を穿つ。
装填の隙は弟の無人が接近戦で埋める。
そして弟の攻撃の隙は兄の銃弾で埋める。
巧みな連携で徐々に未紗は追い詰められていく。
「うっ…!」
ついに未紗の肩に銃弾が貫通する。
危険等級Aに相応しい未来視の術式を持つ未紗だが、能力の限界はある。
未来視による回避を行っても発動後の隙を突かれ、無人に苦戦しはじめる未紗。
その頃、歩と蒼は自分たちを襲う銃撃が鳴り止んだことに気が付く。
風が戻り、焼けた金属と血の匂いが空気を満たした。
「…銃撃が…止んだ…?」
歩が息を詰め、土砂に覆われた岩場を見上げる。
蒼がすぐに行動に移し土砂に触れる。
微かな振動が地面を走り、砂粒がざらりと崩れ、やがて岩肌に蜘蛛の巣状の亀裂が走った。
歩が目を見張った。
「今のは……!!」
「後だ。行くよ。」
亀裂の走った土砂に蒼は刀で一閃する。
崩落する土砂の隙間を抜けると冷たい風が吹き抜けた。
そこには―
「未紗!!」
血に染まった未紗が倒れていた。
その瞼は閉じたまま、冷たい風だけが彼女の髪を揺らしていた。




