結婚しよう
本当にどうしよう…。
「え、あ、その、ごめんなさい!」
ヒュブリスからの反応はない。
「そ、その、いくらなんでも流石に言い過ぎじゃない?」
あ、イロイダに絶対引かれた。
「その、これは君たちの問題だから、勝手に入るのも悪いと思って、黙って聞いていたけれど流石に今のは良くないんじゃないかな?」
セリウスは優しく言ってきたが、静かな怒りを感じる。
「そ、その、とにかくごめん、ちょっと言い過ぎた」
やばい、このままじゃクラスメイトに引かれて、イロイダと築いてきた関係も全てなしになる。
「…」
沈黙が訪れる。
ああ、最悪だ。気まずい。僕は気まずさを明確に恐れているからこそ耐えられない…。
そうだ、全員殺そう。
僕は完全に下ろしていた手を少しずつあげる。
そのまま、バレないように少しずつ手に、魔力を送る。
「僕は本当にすまないと思っている。ただそれは覚えといてくれ」
僕は背を向けて歩き出す。それと同時に僕は覚悟を決め、魔法を放つ!
と思ったら、ヒュブリスに服の裾を掴まれた。
「ううん、みのるは思ってたことを正直に言ってくれただけだから、みのるは悪くないの…」
「いや、こういうのもキモいんだっけ…」
そう言ってヒュブリスは無理矢理笑う。
やめろ! 心が痛む!
「い、いや、そんなことはない。ぼ、僕はただヒュブリスの良いところを言っただけだよ」
「良いところ? ごめんけど、そうは聞こえなかったな…」
「いや、本当だから! ラスボスって言ったけどそれは、その、そう! 可愛すぎてラスボスってこと! 比喩だよ比喩」
「そうだったの…? ならこの世の理不尽を濃縮した存在ってのはどういう意味?…」
「それも簡単! 理不尽な程に可愛いすぎるってこと!」
「ほんと?」
「も、もちろん、あはは…」
僕は無理矢理笑顔を作る。
さっきからセリウスやカルコスからの鋭い視線が怖い。
あいつら、無駄に真面目だからな。
そしてなにより、イロイダが今にも人を殺しそうな顔をしている。
どうしよ…。
そのままヒュブリスは少し考えると、
「なら、付き合ってくれる?」
「え?」
「だって、理不尽な程に可愛いって思ってるんでしょ?」
は? やばい、こいつもしや、これが狙い!?
「ま、まあね。あはは」
「なら良いよね? それとも嘘なの?」
「い、いやぁ」
どうしたものか…。まあ、適当に後で振ればいいか。
「わか───」
「なら、婚約しましょう!」
「へ?」
「そうね、それが良いわ! ここから帰ったら、早速両親にご報告に行きましょう!」
あ、終わった…。どんな方向に転んでもまさしく地獄。
断ったら確実にクラスでのイメージは終わって、良いと答えればイロイダに最悪殺される。
「あ、あの、流石に一気に婚約ってのは…」
「なに? ダメなの?」
「い、いやぁ、僕もまだヒュブリスさんのこと良く知ってる訳じゃないですし…」
「へえ、つまりやっぱりさっきのは嘘だったんだ」
「いや、それは────」
「あの!」
あ、流石にイロイダも割り込んできたか。
「みのるは嫌だって言ってるでしょ? それなのに無理矢理婚約させるとか本当にありえないから」
そうだ、そうだ!
「なに?」
ヒュブリスの瞳が、冷たく揺れる。
さっきまでの笑顔は消えて、口元がピクリと歪んだ。
「今、なんて言ったの?」
「聞こえなかった? “無理矢理婚約させるなんてありえない”って言ったの」
イロイダは真っ直ぐにヒュブリスを睨む。
その目は、まるで獣。
一瞬で空気が変わった。
周囲がゴクリと息を飲む音すら、はっきり聞こえる。
「へぇ。あんた、なんでそんなに怒ってるの?」
「怒るに決まってるでしょ! みのるが困ってるのに、それを無理矢理押し付けて――!」
「へえ、それって、あんたにとっての“優しさ”なの?」
ヒュブリスが一歩、イロイダに近づく。
「“困ってる”って、誰が決めたの? 本人が困ってるって言った? 言ってないよね?」
「そ、それは…! でも顔見ればわかるじゃん!」
「ふぅん、そう。じゃあ、私の顔を見て“本気”ってこともわかる?」
「っ……!」
イロイダの目が、一瞬だけ揺れる。
だけど、引かない。
「本気でも、無理なものは無理だよ。気持ちはわかるけど、それってただの押しつけじゃん」
「そっくりそのまま返すよ。あんたの言ってることだって、勝手な思い込みでしょ?」
「……!」
「どっちが正しいかなんて、決められないよ。ただ――」
ヒュブリスは僕の腕をギュッと掴む。
「私は、私のやり方で気持ちを伝えるだけ。それが嫌なら、本人がちゃんと“嫌だ”って言えばいい」
「……」
イロイダは言葉を失って、僕を見た。
だけど、僕は今にも死にそうな、いや、殺しそうな顔で硬直していた。
「ねぇ、言ってよ? “嫌だ”って。あんたの口から」
ヒュブリスが静かに言う。
クラスメイトたちは静まり返り、セリウスもカルコスも、遠巻きに見守るしかできない。
沈黙が続く。
そして――
「あの、えっと」
みのるが、ついに口を開いた。
「なら言いますけど、普通に嫌です」
「っ…!?」
「は、はあ?!」
「ヒュブリスさんももう元気そうですし、もういいですか?」
そう言って離れる素振りをみせる。
「つまり、さっきのは嘘だったってことなんだ?」
「いや? 理不尽な程に可愛くてもだから婚約するってのは僕は違います」
「ふ、ふん! ならなにで婚約するのよ!」
「中身ですよ、もっと深い、本性ってやつです」
「だって?」
イロイダはすかさず煽りを入れる。
「もうぅ、な、なんなのよぉ…、うぅ…」
うわ、泣き始めたし、しかも僕の腕に顔を隠して。
「もう、離れていい? とりあえず、さっきはごめん」
「もう! 許さないんだからぁ! さっきの本当に悲しかったんだからねぇ!」
うわ、僕の服で涙拭き始めやがった!
こいつ!
まあいっか、美人だし、お詫びだと思おう。
「流石にこのままにしてられないんで、ちゃんと二人で話してきます」
そう言って僕はヒュブリスをおんぶする。
「う、うん、優しくしてあげてね」
セリウスもヒュブリスの反応を見て、色々察したのか僕への態度を改める。
「まあ、その、ほんとごめん…」
「うぅ、なによぉ、謝るくらいなら結婚しなさいよぉ」
「それは無理」
僕はちゃんときっぱり断る。
「うぅ、私の家お金持ちなのにぃ」
「んん?」
「結婚してくれたら金貨千枚あげるのにぃ」
その瞬間、僕はおんぶしていたヒュブリスを即座に下ろし、跪きヒュブリスの手を取り一言。
「結婚しよう」




