特訓
次の日、さあ学校に行こうと思ったら――よく考えたら今日も休みでした。
窓の外は快晴。
太陽は高く昇り、街には蝉の鳴き声が響いていた。
いや、暇だな。
久しぶりに信者の教育でもするか。
「スキロス」
「はい!」
僕がそう言うと、空気がふるえるような魔力の揺らぎの中から、どこからともなくスキロスが現れた。
「今日休みで暇だから久しぶりに特訓をしてあげるよ!」
「へ?……」
その瞬間、スキロスの尻尾がフリフリと振られていたのが止まり、だらんと下がる。
まるで生気を失ったように、ぴくりとも動かなくなった。
「ととととと、特訓? そそそそそ、それは遠慮しておくかな!」
「いや、大丈夫だ。今日は暇なんだ」
「いや、でも」
「もしかして怖いのか?」
僕は声に微かな圧を込めて、じっとスキロスを見下ろす。
「ひぃー!!」
スキロスは体をビクンと震わせ、耳までピンと立った。
「そんな軟弱で甘えた奴に育ってしまったか……」
「いや、そういうわけじゃ!!」
「いーや、怖がってるね!」
「これは特訓の仕直しが必要なようだ」
僕が言葉を放ったその瞬間、スキロスはくるりと背を向け、勢いよく走り出した。
だが――その動きは、僕の目にはスローモーションにしか見えなかった。
幹部とはいえ、僕にしてみれば雑魚同然だ。
子猫をつまみ上げるように、軽々とスキロスの首根っこを掴んでやった。
「いやーいやー!!」
スキロスはそう言って手足をバタバタさせる。
「そんなんじゃ幹部失格だね」
「そ、そんな〜!」
「僕はね、強くて面白いやつを幹部にしてるんだ! でも君は確かに面白いけど、強くない」
「で、でも! 私が本気出したらこの国だって滅ぼせるよ!!」
スキロスは顔をぐっと上げて、鼻を高く突き出すようなドヤ顔を見せた。
「そうか、ならスキロスはペルソナに勝てるの?」
「う〜、それは…」
「そういうことだよ、国を滅ぼせる位で」
「イキってんじゃねー!!」
怒鳴る声が部屋中に響いた。
おっと、少し本性が出てしまったようだ。
いつも怒る時でも、信者の前では少しかっこつけてるんだけど…。
「なら特訓だね?」
「はい……」
みんなも気になるだろう。
一体僕がどんな特訓をさせているのか。
なので、今日はみんなに僕の特訓を紹介するよ!
まずは、
「最初は基本知識を質問させてもらう」
このとき、特訓用の声に切り替える。
普段よりも少し低く、よく通る声。
そう、特訓の時の声と普段の声とでは、声のトーンを変えているのだ。
そっちの方がいろいろわかりやすいからね。
「この世界で一番重要なのは何かわかっているか」
「はい! 魔法でございます!」
「そうだ。筋肉も何もいらない、魔法さえあればそれでいい」
「でも魔法以外に必要なものが一つだけある。そう、精神力だ!」
「精神力がなければ、魔法だって極められない」
「だからまず最初に、痛みに耐える精神力を磨く特訓を始めよう」
「ひぃー!!」
「うろたえるな!!」
「すいません!!」
ナイフで刺したりするのは、ちょっとグロいし後処理も面倒。
だから、別の方法で痛みを与えるんだ。
僕はスキロスの腕をがっちりと掴んだ。
その肌は細く柔らかい。
そこに魔力を流し込む。
神経――Aδ線維などの痛覚に直接干渉し、電流のような刺激を与えた。
それは皮膚を焼くような、奥の神経を刺すような痛みだ。
正直、この魔術に関しては僕もよくわかっていない。
ただ、説明書に書いてあったようなことをやっているだけだ。
「ぎゃー!!」
「黙れ」
「ひぃー!!」
「こんなしょうもないことでいちいち声を上げるな!!」
「いやー!!」
ダメだこれ……。
って言っても、みんなには僕の遊びに付き合ってもらっているだけだから、なんか申し訳なくなってくるね。
みんなは本気で僕を神として信じてくれてるみたいだけど、僕はただ威張ったり、尊敬されたりしたかっただけなんだよね。
だって、別に僕はスキロスに強くなって欲しいわけでもないし、ただ特訓という。それっぽいことをしたいだけなんだ。
だから組織の人数も五百人位でよかったのに…。全く僕もまだまだ子供だぜ。
なんでこうなったんだろうなぁ。
そんなふうに考え事をしていたとき――
僕はようやくスキロスの様子に気づいた。
「……あ」
スキロスは白目を剥き、口から泡を吹いて倒れていた。
全身から力が抜け、腕はだらんと垂れていた。
「やべ」
「考え事してて気づかなかった……」




