8話 男子ってそういうところあるよね
翌日、宿の食堂で朝ごはんをのんびり食べていると、マルフが入ってきた。
「よう」
「おはよう。何かあった?」
「そういうわけじゃねえよ。ただ……」
「ただ?」
「まあ、あれだ。お前の実力を見させてもらおうと思ったんだよ」
私は首をかしげる。
「つまり、一緒にクエスト行くぞってことだよ! どうせ予定ないだろ!? いいだろ!?」
「なんか余裕ないね」
「そ、そんなことないぜ?」
声がうわずっていますけど。
「でも、いいよ。やること決めてなかったし」
「よ、よしよし。お前がどれくらい強くなったか俺が確かめてやる」
「別にマルフが気にしなくてもいいんじゃない?」
「するだろ! これから追い越されるかもしれねーんだぞ! 結果だけ聞いても何もわからん。この目で見ないと」
「そっか」
マルフとは同じ時期に冒険者初心者教習を受けていたのでその頃から交流がある。
私の軍資金が尽きそうになると、不思議といいタイミングで「クエスト一緒に来てもいいぞ?」と誘ってくれた。多くはなかったけど報酬を分けてもらえて、私は食いつなぐことができた。
だからマルフにはけっこうな貸しを作っている。
「前よりは役に立てると思うよ。楽させてあげるから楽しみにしてて」
「お、おう」
私はスープを飲み干してカウンターに返却した。
「モフランは食べ終わった?」
「モッ」
「うお!? そこにいたのかよ!?」
なぜかテーブルの下、暗くてほこりっぽい場所がお気に入りになってしまったモフラン。衛生的によくないんじゃ……とか心配になるけど、明るい場所にモンスター用スープを置いても近づいてこないんだよね。
「さ、今日は五人でお仕事に行くよ。頑張ろうね」
「モフ!」
私たちは宿を出た。マルフのパーティーメンバーが待っていた。赤髪のアレンがニコニコしている。
「上手く誘えたようでなにより」
「う、うるせえ」
「でも顔真っ赤だね。まあ、これだけ見た目が整えば無理もないか」
「うるせえっての」
「なんの話?」
「ははは、こっちの話だから気にしないで」
マルフはムスッとした顔で歩き始めた。アレンと他の二人――長身のリードと弓使いのルーザスも追いかけていく。私は最後尾から。
どうしたんだろう? 私が強くなりそうだからって遠慮することないのに。
☆
「今日の相手はどうする?」
「決めてなかったんだ……」
ギルド館内に入り、クエストボードの前で私たちは意見を交わしていた。
「アイラが苦手な奴は避けようと思ったからな」
「優しいんだね」
「こ、これくらい普通だ」
「ふうん?」
今日のマルフはやけに浮き足立っている。こんな面白い奴だったっけ?
「ケセララが防御特化しているなら、ゴーレムとかがいいんじゃないかな」
アレンが依頼書を指さす。
北の山道を封鎖しているロックゴーレム一体の討伐。あまり使う道じゃないみたいで、報酬は低め。でもゴーレムの危険度はCと高めだ。
「Cランクだぞ? 俺らはまだDランクだろうが」
「でも、アイラはBランク近辺のモンスターを二体倒したんでしょ? だったらいけそうだけど」
「アイラはどう思う」
「ロックゴーレムって、確か動きは遅かったよね?」
「まあな」
「じゃあ、大丈夫かな」
マルフは考え込んでいたが、リードとルーザスの確認も取って、この依頼を受けることに決めたようだった。
私たちは馬車に乗り込んで目的地へ出発する。
「モフラン、今日も頑張ってもらうよ」
「モフ」
大型の馬車は座席が向かい合わせになっているので、真ん中にモフランを置かせてもらっている。
「でも、もし痛かったらちゃんと言ってね。私があなたを連れて逃げるから」
「モ……?」
モフランは金色の目でパチパチまばたきしている。まるで「痛みとは?」って言ってるみたいに聞こえる。この子に限っては本当にそう言ってもおかしくないのが怖い。
「ていうかマルフ、報酬かなり安いよ? いいの?」
「いいんだよ。依頼が出てるってことは最低でも一人は困ってる人がいるってことだ。助けてやらねーとな」
「いいね。私もそういうのやってみたかったんだ」
「そうなのか?」
「だって憧れるじゃん。誰も来てくれなかったのにあなただけがーってやつ。今までは実力が足りなくて受けられなかったけど」
「でも、まだ手探りだろ。無理はすんなよ」
「いざとなったらマルフにお任せするよ」
「いいぜ、やってやる」
「マルフさんステキー」
アレンが棒読みの横槍を入れてくると、マルフが露骨に不機嫌そうな顔になった。
「いちいちうぜえな……」
「喧嘩してるの?」
「そうじゃねえけどよ……」
彼らにしかわからない事情があるみたいだ。
道はだんだん荒れてきて、馬車が跳ねるようになった。モフランがポムポム上下するのが面白い。
「この辺のはずじゃ」
馭者さんが教えてくれたので、私たちは馬車を降りた。
モフランには軽くなってもらって、私が抱きかかえて歩く。
緩やかな上り坂で周りは枯れ木ばかり。かなり痩せた土地だ。
足場も大きな石ころが多くて滑りやすい。ちょっと嫌な感じ。
「この上に小さな集落があるみたいなんだが、ゴーレムが居座ってるから買い出しも命懸けらしいな。俺たちで助けようぜ」
おー、と私たちは小声を合わせた。大声を出すと見つかるからね。
「ん、気配」
弓使いのルーザスがピクッと反応した。外に広がった髪の毛が相手の気配を感じ取っているかのようだ。
「そっち」
私たちは山道を外れ、岩場の急勾配を覗き込んだ。
「いたぞ」
崖下にゴーレムが立っている。あいつらは横になって眠ることがないらしいので、奇襲はあんまり効果がなさそうだ。
「誰が最初に行く?」
私は訊いてみる。
マルフとアレンは剣士だ。リードは火属性の魔術が得意で、ルーザスは弓がメイン。
こう考えると、ゴーレムと相性のよくない顔ぶれがそろった感じだなあ。
「俺が一番だ」
マルフが宣言した。
「俺の剣はロックゴーレムには通る。任せろ」
「じゃ、僕らはあとからついていくよ」
「無理しないでね」
「おう」
戦闘態勢は整った。
マルフが剣を抜いて急勾配を駆け下りていく。
ゴーレムが気づいて振り返った。
「おらあああああああ!」
マルフの剣が振り下ろされる。ゴーレムの腕が受けた。
巨体のなぎ払い。
マルフはあっけなく吹っ飛ばされる。
「ちょっ!? いきなり食らってるんですけど!?」
「張り切りすぎて空回りしてるなあ。行こう三人とも」
アレンの合図で、私たちも斜面を駆け下りた。