5話 見た目よければ格も上がる
レッドオーガを討伐したことで臨時収入が発生した。
クエストと無関係に倒した割には高かったので、久しぶりに街歩きだ。
「モフランのおかげだよ」
「モフ?」
ぴょこぴょこ跳ねてモフランがついてくる。
テイマーは一般的な存在なので、街中でモンスターを連れ歩いていても驚かれたりはしない。
さすがにドラゴンクラスのモンスターは見かけないけど、虎や獅子はたまに見る。
……そういう人たちからは舐められてるんだろうな。
ケセララは最低ランクのモンスターだからね。
でも、モフランはランクじゃ測れないモンスターだと思う。これからが楽しみだ。
「さて、まずは身なりを整えますか」
「モ?」
「最近、なかなか外見に気をつかう余裕がなかったの。お風呂に入るだけで精一杯、髪はボサボサだし服もボロボロだし」
「モフゥ……」
やめて。哀れみの目で見ないで。
「まずは髪の毛を整えてくるから、モフランはここで待っててくれる?」
「モフッ」
モフランは理髪室の脇に積んであるタルの陰に身を寄せた。薄暗い場所が好きなのかな?
「こんにちは」
「あら、アイラちゃん! 久しぶりね」
理髪師の女性、ノノさんが出迎えてくれた。まだ二十三歳だけど自分のお店を持って繁盛させているやり手だ。複雑な髪型も作ってくれるけど、ご本人は簡素な黒髪ロングストレート。それが似合うゆるふわ美人だ。
「はい、座って~」
「お願いします」
「だいぶ来なかったわよね。どのくらいになる?」
「半年くらい、ですかね?」
「それは伸びるわけよね~。毛先もほつれまくってるし」
「あはは、生活費だけでいっぱいいっぱいになっちゃってて……」
「てことは、いい収入でもあった?」
「ありました!」
「ふふ、それはよかったわ。今回もツインテールでいいの?」
「はい!」
「ふーむ、この長さになると逆に残したいわね。リボンでおしゃれしてみるのもよさそうよ」
ノノさんは心地よいハサミ使いで私の髪の毛を整えてくれる。
宿代と食費だけでわずかな収入がどんどん消えていったから、髪に気をつかうこともできなかった。
ようやくその余裕が生まれたのだ。
いつの間にか髪の毛は腰のちょっと上くらいまで伸びていた。それを味気ない紐で縛ってむりやりツインテールにしていたからだいぶみすぼらしい感じだっただろうな。
私の家はみんな赤髪。私もしっかり受け継いでいる。
でも、ギルドでは似た髪色の同性を見たことがない。けっこう珍しいのかな?
「こんなところね。あとは洗ってみて整えましょう」
部屋の奥に大きなタルがあるので、そこに頭を突っ込んで洗ってもらう。ああ……爽快……溶ける……。
「これでよし。じゃあ乾かすわね」
ノノさんが私の頭の近くで両手をかざす。熱気が発生して、濡れた髪がすぐに乾いていった。
この人は火属性魔法の使い手で、魔法を戦いではなく商売に使っている。何事も工夫だよね。
「ちょっと試してみてくれる?」
ノノさんから黒いリボンをもらったので、髪を二つにまとめてみる。
「うひゃー!」
「……ノノさん?」
「アイラちゃん、ほんとーにツインテール似合いすぎ! リボンも黒で正解っぽいわね! よしよし、じゃあもっといいデザインのリボンを用意しなきゃ」
「た、高いですか……?」
「安心して。安い素材でも加工次第で化けるものよ!」
楽しそうに棚の引き出しを開けまくるノノさん。
「これがいいわ!」
前に買ったものより大きな黒いリボンを提案された。
「アイラちゃんは身なりを整えれば間違いなくかわいいんだから、ちょっとくらい派手めなものでいいと思うわ!」
「だ、大丈夫ですかね……」
「アーティ理髪室のイチオシだからって言えばみんな黙るわ!」
それくらい有名なんだよね、ノノさん。ちなみにアーティはノノさんの姓。
「見違えたわ。あとは服だけね」
「そっちもこれから買うつもりです」
「知り合いのお店、紹介してあげましょうか?」
「いいんですか?」
「もちろん! あたしはかわいい冒険者の味方よ!」
ノノさんに服屋の場所を教えてもらった。
私は料金を支払い、理髪室を出る。
「おーい、モフラーン」
「モフ?」
モフランが私を見る。そしてもとの姿勢に戻った。
「なんで無視するの!?」
「モフ?……モッ!?」
「あ、見た目だいぶ変わったからね~。どう? 似合ってる?」
「モフッ、モ~フッ!」
その場で跳ねてくれる。喜んでくれているのがわかるぞ。
「次は服を買いに行くよ! ついてきて!」
「モフッ」
まだ私は変化の余地を残している。それを悟ったのだろう。モフランの声にも気合いが――って、そんな真剣に考えることでもないけど。
ノノさんから教わった服屋にやってきた。お店の外にも様々な服が掛けられている。
「おお~、おしゃれだ! 値段も高すぎなくて助かる!」
「モッフ!」
「どうしたの?」
「モフ、モフゥ」
お店の外壁に掛かっている黒いコート。その前でモフランが何度もジャンプする。
「それが私に似合ってるって言いたいの?」
「モフ!」
「確かに……赤い髪と黒い服は相性いいよね。あえてちょっと大きめなコートというのは正直あり」
「モフ」
「そこに白い冒険者用ブラウスと黒いショートパンツを合わせれば見た目はかなりいい感じになりそう!」
「モフ……?」
「ごめん、さすがに見たことないよね」
ひとまずイメージが固まったのでさっそく試してみよう!
私はコートを取ってお店に入る。
冒険者用の、機能性とおしゃれを兼ね備えた服もけっこうあった。
ブラウスとショートパンツは目当ての色があったのですぐに確保。
試着してみると、ノノさんの友達という店主さんが、
「素晴らしい! あなた様にぴったりですよ!」
と褒めてくれたのでそのまま買った。
久しぶりの大きな買い物だ。
臨時収入で即散在するのはよくないのだが、見た目から舐められるともっとよくないことになる。いい格好をするだけでも格は上がるものだ。
「モーフランッ、これどう!?」
外に出て、モフランの前でくるっと回ってみせる。
「モッフ! モッフ!!」
一緒に跳ねて回ってくれた。声も嬉しそう。
まずは相棒に気に入ってもらえないとね。
「よーし、今まで馬鹿にされた分を巻き返していくぞ! モフラン、信じてるよ!」
「モフ!」
私は堂々と帰り道を歩いた。