最終話 もふもふと生きていく
「とんでもないことが起きたな……」
坑道の出口へ歩きながらリオネさんがつぶやいた。
「Fランク冒険者がSランクドラゴンを倒した。これは前代未聞の事態だ」
「そうだねえ。わたしらはとどめを刺しただけで、倒したのはほぼアイラちゃんの力と言っていい」
「やっぱり、怒られますかね……?」
私が訊くとササヤさんが大笑いした。
「なんで怒られるのさ。キミは大変な功績を挙げたっていうのに」
「でも、ギルドに救援要請が来るほどの相手だったのに、最底辺の分際で追いかけてきちゃったんですよ」
「気にしなくていいよ」
「ササヤの言う通りだ。まだグチグチ言う冒険者はいるだろうし、ギルドマスターも日和るかもしれん。だが、アイラの戦果は私とササヤでしっかり証明するよ。Sランク冒険者が二人で「助けられた」と証言するんだ。きっとランクも上がるだろう」
「リオネさん、ササヤさん……」
「そもそもねえ」
ササヤさんは呆れたように言う。
「ほら、最後まで救援は来なかっただろう? だからアイラちゃんがいなかったらわたしたちは殺されていたんだよ。キミの功績はSランクドラゴンの討伐だけじゃない。Sランク冒険者二人を救出したとも言えるわけだ」
「そ、それはモフランがいたからで……」
「それがテイマーの腕というものだろう? むしろ誇りたまえ」
「はい……」
ふふっ、とリオネさんが笑った。
「どうも実感が湧かないようだな。今日みたいなことができれば、これからこうやって賞賛されることも増える。楽しみにしておくといい」
「は、はい!」
「もちろん、お前もな」
「モフ?」
リオネさんはモフランを見て微笑んだ。
廃坑の出口が見えた。
外に出ると、もうすっかり夜になっていた。
「あっ、出てきたぞ!」
「無事だった! よかった!」
斜面の下が騒がしい。
降りていくと、いくつかのパーティーがいた。
マルフたちの姿もある。彼らは倒れている軽装鎧の男性を見守っていた。
「姉貴!」
「マルフ、すまない。心配をかけた」
「よかった、無事で」
「……ああ」
リオネさんは、うつむいている弟をしっかり抱きしめる。
「無謀な突撃は耐えたんだな。えらいぞ」
「……自分の実力はわかってる。でも、いつか追いついてやるからな」
「そうだな、楽しみにしている」
無謀な突撃をしてしまった私は気まずい気持ちで違う方を見ていた。
「おや、ホーマーさんもちゃんと息をしているじゃないか。弟くんたちが助けてくれたのかい?」
「ええ」
ササヤさんの問いかけにアレンが答えた。
「坑道を覗いたら倒れていて、まだ息があったので脱出させました」
「ありがとう。被害は最小限で済んだようだ」
ギルドの調査班が坑道へ入っていき、私たちは街へ引き返すことになった。
光魔法を使える人が前に立って歩き、夜道を照らす。
「ねえ、マルフ」
「なんだ?」
「足引っ張るだけだって言ってたのに、結局来たんだね」
「お前が行ったから、俺らも行くしかねえって話になったんだよ」
「……私、隠れて出発したつもりなんだけど」
マルフが呆れた顔をした。
「宿へ帰るって言ったあと、お前の動きが急にカクカクになったから引っかかってたんだ。まさかって思ったらほんとに宿へ戻ってないし、止めなきゃヤバいと思って追いかけてきた」
「そんなに、動きに出てた?」
「ああ、めちゃくちゃわかりやすかった」
「あはは……」
「ったく、無茶なんてレベルじゃねえぞ」
「でもさ」
私は、跳ねながらついてくるモフランを触った。
「この子と一緒ならやれると思ったんだ」
「モフッ」
「でも相手はSランクだぞ。もっと慎重になれよ」
「あの時は無我夢中だったの」
マルフはため息をつく。
「まあ、姉貴を助けてくれてありがとな」
「……うん!」
「横から失礼」
ササヤさんがやってきた。羽織の袖口を合わせて両手を隠している。
「今回は本当にありがとう。明日は休養がてら、どこかでのんびりお茶でもしようか?」
「いいんですか!?」
「そこで友達になれるか測り合おう」
「えっ、まさかの試験方式?」
「あっはっは、冗談だよ。というか、こんな話ができる時点でわたしたちはもう友達だと思っているけどね?」
「わああ……」
「すごく嬉しそうだね。まあ、仲良くやっていこう」
「はいっ!」
少し離れたところからリオネさんも見ている。
「テイムモンスターでここまで世界が変わるのだな。私も追い抜かれないようにまだまだ成長しなければ」
何やら覚悟を決めている様子だった。
「アイラちゃん」
ササヤさんが呼びかけてくる。
「モークドラゴンを倒したこと、本当に自慢していいからね。あれはラッキーなんかじゃない。ちゃんと計算された立ち回りだった。キミの実力があったからこその戦果だ。わたしも、運がよかったなんて言う奴がいたら腕をねじって黙らせておくよ」
ちょっと怖いけど、嬉しい。
「ホントに、俺たちの相手もしてくれよ?」
マルフは不安そうだ。私は笑顔を見せる。
「大丈夫! 一緒にクエストも行こう!」
「……ああ」
「おや、わたしにも同じことを言っていたじゃないか。さてはキミ、たらしだね?」
「な、なんでそうなるんですか!?」
周りが笑顔で包まれた。
そのかたわらでモフランがぴょこぴょこ跳ねている。
この子との出会いが私の人生を変えてくれた。
ずっと底辺だったけど、ここからは上がっていくだけ。
やってやるぞ!
☆
「モフ、モフ」
「ん、おはよう」
私は起き上がって毛布を畳む。
シャツを着て半ズボンを穿くと、モフランと一緒に宿の食堂へ行く。
「はい、モフランのご飯だよ~」
「モフゥ」
モフランはテーブルの下でもきゅもきゅと野菜を食べている。足元で動き回られる感覚にもすっかり慣れた。
ドラゴンだったらこうはいかない。別々にご飯を食べなきゃいけないもんね。
今のモフランとの距離感が、私にはとっても心地いいのだ。
「モッフゥ~」
「食べ終わった? 今度またお母さんたちに会いに行くつもりだから、贅沢なご飯を食べさせてもらおうね」
「モッ!」
モフランは嬉しそうにコロコロした。戦えるし癒しでもあるって本当に最強ってもんですよ。
「さて、今日も頑張っていきますか」
「モフッ」
私たちは気合いを入れて宿を出た。
☆
「おう、おはようアイラ!」
「おはよー!」
正面広場にはマルフたち四人組がいる。その向こうでは、今日もパーティーの顔ぶれが違うリオネさんたちの一団が。
「今日はわたしと行く約束だからね、アイラちゃん」
ひょこっとササヤさんが横から出てくる。
「もちろん、よろしくお願いします!」
「ふっふっふ」
ササヤさんは周辺でコソコソこっちを見ている冒険者たちに聞こえるように言った。
「一気にDランクに昇格してから最初の仕事だ。気合いが入るよねえ」
冒険者たちの緊張が伝わってくる。
……ケセララで逆転なんて嘘だろ……。
……いつの間にかSランク冒険者の連中とも仲良くなってるし……。
……嫌だぞ。俺は最底辺になんてなりたくねえ。
……でも、あいつ本当に強くなったんだよなあ。
モークドラゴン討伐後、ササヤさんとリオネさんがギルドに私の活躍を証言してくれた。これまでうやむやにされていた功績もまとめて考慮され、私はEランクを飛ばしてDランクに昇格させてもらえることが決まった。
最底辺脱出どころか一瞬で中堅入りである。
しばらくは休息を取って、今日からササヤさんと一緒にお仕事再開だ。
私の噂話をする声もすっかりおとなしくなった。
私はモフランと一緒に楽しい生活を送っている。
それは今日も同じ。
友達もできたし、順調に成果を伸ばしていきたい。
「それじゃ、さっそくクエストボードを見に行こうか」
「はい!」
私は深呼吸をして、モフランと目を合わせる。
「今日もよろしくね、モフラン!」
「モフ!」
さあ行こう。
私は、このもふもふの相棒とともに生きていく。
〈おしまい〉
この作品はカクヨムで中編版を書いてそれっきりになっていたのですが、出版社の新人賞でも戦えるようにしようと思って今回長編化しました。途切れずに終われてホッとしています。
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ここまでお読みいただきありがとうございました!




