31話 Sランク冒険者の死闘
「げほっ、げほっ……」
咳が止まらない。
わたし――ササヤは刀を握る手に力を込めた。
同じSランク冒険者のリオネ、Aランクのホーマーさんと組んだ今回の廃坑調査。
そこで予想を上回る敵に出くわしてしまった。
相手は毒を使うSランクモンスター、モークドラゴン。
相手がなんであろうと苦戦は覚悟していた。
坑道の中にモンスターが潜んでいれば簡単には倒せないなんて考えるまでもない。
坑道の中では毒が逃げない。どうしても吸い込みながら戦うことになる。
わたしもリオネも、毒耐性はそれなりに持っている。でも、それなりだ。さすがに限界が来て、体に影響が出始めている。
ホーマーさんは毒霧を深く吸い込んでしまった。死んではいないと思うが、坑道のどこかで意識を失ったままになっているはずだ。
「リオネ、まだ、いけるかい?」
「なんとか……。しかし、きついな……」
「まったく」
グオオオオオオオオオオオオ!!!
廃坑の中でも広い空洞を戦場にしている。
目の前に立ちはだかるモークドラゴンは黒い甲殻を纏っていて、紫色の爪を持っていた。爪の先端からは液体が滴っている。見ればわかる。あれは食らったら終わりだ。
毒霧で普段通り動けないのに、かすり傷すら許されない。
「厳しいねえ……」
モークドラゴンが口を開き、ブレスを放ってくる。
わたしは左に、リオネが右に飛んで回避する。
このブレスに毒はない。が、奴の体から絶えず毒が噴き出している。
ブレスによって空気が動き、そのせいでわたしたちは毒を吸わされてしまう。
野外だったらここまで苦労する相手ではない。
だが、モークドラゴンは地の利を活用して戦う。坑道の陰に上手く隠れ、不意打ちで毒霧を浴びせてきた。
わたしたちはいきなりハンデを背負わされることになったのだ。
短期決戦を狙ったが、毒でいつものように武器が振るえない。モークドラゴンは急がなかった。序盤は逃げ回って、わたしたちに追いかけさせた。そのうちに少しずつ毒を吸い込む。
そして、こちらの動きが鈍ってきたところで本格的な攻撃を仕掛けてきた。
こいつはドラゴンの中でも動きが速い方だ。本来の状態ではないわたしは、攻撃を防ぐだけで精一杯になっている。
相手が突進を仕掛けてきた。
左右の爪が繰り出され、わたしは後退しながら刀で受ける。
背後からリオネが攻撃しようとするが、尻尾を振り回しているので迂闊に近づけない。尻尾の先端が剣のようになっていて、そこにも毒が満ちているのだ。
モークドラゴンが右の爪を出してくる。
わたしは刀で跳ね返し、懐に潜り込む。
「はっ――!」
雷属性を宿した斬り上げ。
腹の甲殻を剥がし、その下の皮膚をも焦がす。モークドラゴンが吼えた。
ぼっ、と音がした。なんだ?
「いかん、ササヤ――!」
リオネの悲鳴。その直後、モークドラゴンの全身から真っ黒な霧が噴き出した。
「ぐううううっ――!?」
完全に吸ってしまった。
わたしは必死で距離を取るが、足がふらついてまともに歩けない。
モークドラゴンが追撃を仕掛けてくる。
「させるかっ!」
リオネがあいだに入って受けてくれる。左右の爪を受け流し、返しの刺突。これはドラゴンの下顎を突いた。赤い血が飛び出し、相手が少し下がる。
「ササヤ、大丈夫か!」
「駄目だ……」
「おい!? そこは虚勢でも大丈夫だと言ってくれ!」
「正直者なのでね……」
わたしは膝を突き、刀を置いてあえぐように呼吸する。そのたびに毒が蓄積していく。
だらだらとよだれがこぼれる。嘔吐しないだけ褒めてほしい。いくらSランク冒険者といえど、相手の領域で戦ったらこうなってしまうのだ。
向こうはもう、この空洞で勝負を決めるつもりのようだ。
態勢を立て直し、突進の構えを見せている。
ひゅーひゅーと自分の喉から音が漏れている。
ああ……これは本格的にまずい。
短期決戦に失敗した時点で撤退すべきだった。戦い慣れているしいけるだろうという油断がわたしのどこかにあった。反省するチャンスはもらえないだろうか。
グルウウウウウウウウウウウウッ!!!
「無理そうだな……」
わたしは必死で刀を握った。
まだ死ねない。もっと相手をしてほしそうにしていた女の子がいるのだ。帰って、彼女をからかってやらなければ。
「くぅ……」
「ササヤ、なんとか隙を作るからいったん脱出するぞ。動けないなら私が連れていってやる」
「すまない、頼む……」
わたしは顔を上げ、リオネの背中を見つめた。
その先にモークドラゴンが構えている。
姿勢が低くなった。
――突進。
リオネが刀身に火属性を宿した。受け止めるつもりだ。
「こっちで合ってる?」
不意に、新しい影が奥の坑道から飛び出してきた。
わたしたちとモークドラゴンのあいだに出てきたのは、一人の人間と一匹の毛玉。
「おい……」
リオネが唖然としている。
「あれ?」
少女が周囲を見回した瞬間――モークドラゴンが突進を開始した。
「危ないっ、避けろ――!!」
わたしの叫び声は彼女に通じただろうか。




