29話 今日を昇格記念日にしたい
結局、夕方まで家族四人で語り合った。
話すことは尽きなかったし、みんな私が冒険者になってからの話を聞きたがった。
最初の悲惨だった時代のことを思い出すのはあんまり楽しくなかったけど、モフランを仲間にしてからの逆転にヒーシュとカイトは目を輝かせていた。
「お母さんもなんだかんだ無理するよね」
「このくらいなんてことないさ」
私はもうすぐ帰ろうと思っている。あまり宿を空っぽにしておくのもよくない。
けれど、そんな私にどうしても料理を食べてほしいと言って、お母さんが台所に立っているのだ。
まだ高熱を引きずっているはずなのに張り切ってしまうところは昔から変わらないな。
「はい、マグゲーターの辛子ステーキ」
「おお~」
マグゲーターは火山に棲むワニだ。
真っ赤な辛子がたっぷりかかったステーキが目の前に出される。
「お母さん、こんないい食材持ってたんだ」
「お店で出すやつの使えなかった部分だけどね。見栄え優先でおいしいところも捨てちゃうから味は悪くないんだ」
「じゃあいただきます!」
がぶっと食いつくと、辛子が体を駆け抜けた。
「辛いっ! でもおいしいっ!」
「よかった。ほら、あんたの分もあるよ」
「モフ!」
モフランも毛玉の中にある口でステーキを食べる。
「モファァァ~~~」
ちょっとプルプルしている。やっぱり辛さは感じるのかな?
「嬉しいねえ。今はいろんな食材を使わせてもらえるから、あんたにも食べさせてあげたいって思ってたんだよ。叶ってよかった……」
お母さんは目元をこすった。
「また、ときどき食べに来ていい?」
「もちろん! いつでも来なよ。でも、あんまり行き来しすぎるとお金が心配だね」
「大丈夫。これからもっと稼ぎまくるから」
「ふふっ、言うじゃないか」
ヒーシュとカイトは文句も言わずに私が食べるところを眺めている。この反応から察するに食べ慣れているな?
「ごちそうさまでした!」
しっかり完食して、フォークをお皿の上に置く。
「モフッ、モフ!」
モフランも食べ終わったようだ。
「それじゃあお母さん、ヒーシュ、カイト、また遊びに来るからね」
もうすぐアシュード行きの馬車が出る。行かなければ。
「本当に無理しないでね」
「応援してる」
「次会う時までにもっといい食材仕入れとくからね」
みんなそれぞれに励ましてくれた。
そう、私たちはつながったも同然。さみしいことなんて何もない。
「そのうちアシュードの街も紹介したいから、学校が長期休みになったら案内させてね」
「うん!」
「姉ちゃんが働いてるとこ、見るの楽しみだ」
お母さんは二人を微笑ましそうに見ていた。
「よし、モフラン行こっか」
「モフ!」
私はもう一度、よく挨拶をしてから馬車の駅に向かった。
☆
「モフフ……」
帰りの馬車は乗り合い制。大きめの車だったのでモフランを乗せても余裕があった。そんなモフランはすやすや眠っている。のんきそうな寝顔を見て私は微笑む。
「ケセララ連れ歩いてるとか物好きすぎんだろ……」
ピクッとした。隅っこに乗っている冒険者らしき男がつぶやいたのだ。見たところ剣士っぽい。
「…………」
私は唇を噛む。
モフランは最強の盾だ。防御力ならどんなモンスターにも負けない。
けれどケセララ自体はモンスターの中でも底辺に位置する。
そのせいで、初対面の人にはまず甘く見られてしまう。モフランの力を見せられればいいけど、こういう戦いのない状況では能力をアピールできない。だから結局舐められたまま別れることになる。それが悔しい。
……ランを連れてた時はみんな目の色変えてたのにな。
モフランの前に相棒にしていたウィンドホークのラン。攻撃に特化した鷹で、それまで火力に恵まれなかった私をたくさん助けてくれた。それもブレイズドラゴンに挑むという無茶をやったせいで契約が解除された。
モフランって名前をつけたのも、ランのことがまだ頭に残っていたからだった。
私のテイム上限は1。
新しい仲間がほしいならモフランとの契約を解除しなければならない。
ありえない。
と、断言したいけど少し自信がない。
戦闘のことだけ考えるなら機動力のあるモンスターは魅力的なのだ。それはモフランにないものだから。
でも、モフランほど特別なモンスターもそうそういない。
「っ……」
重たいモヤモヤを抱えたままアシュードの街に到着した。
私の心を迷わせた冒険者は、こっちを見もせずにどこかへ去っていった。
☆
アシュードの街に着いた時にはもう夜中だった。
そのまま宿に戻ってぐっすり眠ると、翌朝はややゆっくり起きてギルドに向かった。
おや……?
ササヤさんとリオネさん、たまに見かける男の冒険者さんが中央広場で話し合っているところに行き当たった。
「おはようございます」
「ああ、おはようアイラ」
「アイラちゃん、出かけていたのかい? 昨日は見かけなかったけど」
男の冒険者さんはムスッとしている。たぶん私を最底辺だと思ってる人だな。
「家族がゾルバの街にいるって聞いたので行ってきたんです。無事に再会できました」
「それは何より。問題はなかった?」
「ありましたね……」
私は、お母さんがモスヒートの鱗粉で倒れたところから薬草を採りに行ってギルアックスを倒したことを話した。
「ギルアックスを倒しただと……?」
男の冒険者さんが反応する。
「ケセララでどうやって倒したんだ。詳しく聞かせろ」
「ホーマーさん、その口の利き方はどうかと思うなあ」
ホーマーさんというらしい。
「……話が聞きたいだけだ」
「えっと、モフランには〈超反発〉っていう能力があって……」
ギルアックスが岩を固めて巣を作っていたこと、その岩を飛ばして上半身をぶっ潰したことを説明する。
「反発で……」
「あるものはなんでも使うタイプなんです」
「ふふ、アイラらしい大胆な戦法だ」
「さすがだねアイラちゃん。でも、たぶんランクは上がらないかな……?」
「うむ。ギルドを通していないと難しいだろうな……」
ギルドの職員じゃないのにササヤさんとリオネさんは申し訳なさそうな顔をする。
「いいんです。成功しまくって自信つきましたから。ちゃんと討伐依頼を受けて堂々と昇格します」
「そうか。強いな、アイラは」
「アイラちゃんの一番の長所は心だよね」
そうかな? Sランク冒険者に褒められるのは嬉しい。ホーマーさんはずっと不機嫌そうだけど。
「ところで、三人は何かお仕事ですか?」
「西の廃坑の調査が止まっているのでな、あらためて様子を見に行く」
そういえば廃坑調査なんて話もあった。
廃坑から毒素が漏れ出して近くの村で体調を崩す人が出ているという。
その毒素に引き寄せられてやってくるモンスターもいるとか。
モフランもそのうちの一匹だった。
近くでリオネさんが調査してるなら大丈夫でしょと軽い気持ちでテイムできそうなモンスターを探しに行って、私はモフランと出会ったのだ。
「廃坑の近くにグランパーが巣を作っていたり、バータビーの村で大規模襲撃があったり、廃坑は後回しにされていたんだ。ようやく着手できる」
「わたしは長期休暇中のはずなんだけどなあ。ちっとも休めてないなあ」
「悪いが、これだけは終わらせたい。あとは好きなようにしてくれてかまわないから」
「そう言ってすぐ新しい仕事を持ってくるくせに」
「お前の腕は確かだから、つい頼りたくなってしまうんだよ」
ササヤさんとリオネさんはなんで組んでいないのか不思議なくらい仲良しだ。話に入れないホーマーさんの表情がとても暗いのが怖いですが。
「ともかく、私たちはこれから出発する。アイラも無理をするんじゃないぞ」
「調子に乗って複数討伐とか受けちゃ駄目だよ。モフランちゃんを活かすなら一対一だからね」
「気をつけてやります」
ササヤさんたち三人組は出発していった。
さてと、私も自分に合いそうな仕事を探そう。
もう昇格に必要な実績はギリギリまで溜まっているはず。
今こそ討伐依頼を達成して底辺を脱出する。
家族に再会できた勢いに乗って、今日を昇格記念日にしよう。




