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27話 今が正念場だから

 目印として記憶していた木をたどって森の外へ出ることに成功した。

 ギルアックスからはとにかく逃げることしか考えていなかったのに、結果的に倒してしまったのはいいやら悪いやら。


 ともかく私は〈俊敏〉をフル稼働させてゾルバの街に戻ってきた。


「あ、あんた無事だったんだな。思ったより早く帰ってきたみたいだが……」


 道を教えてくれた門番さんがまだ職務に就いていた。


「薬草が見つかったので全速力で帰ってきました」

「ギルアックスには襲われなかったのかい」

「襲われましたけど、倒しちゃいました」

「……は?」


 まあこういう反応になるよねえ。


「森に行ったら上半身のつぶれた死体が見つかると思います。よかったら誰か確認のために派遣してもらって……」

「じょ、冗談を言ってるわけじゃないんだな? そのまん丸なモンスターとふたりで倒しちまったんだな?」

「そうなりますね」

「モフッ」


 門番さんは信じられない様子だったが、とにかく現場を見てもらえば一発だ。


「じゃあ、確認お願いします。私はお母さんに薬草を届けないといけないので!」


 街の中に入り、お母さんたちが住む家に向かって走った。


「ただいまっ!」

「姉ちゃん!?」

「すげー早かった」


 ヒーシュとカイトは半分眠ったような状態だったが、私が勢いよくドアを開けたせいで目を覚ました。私はベッドの脇に行って、ポーチから薬草を取り出す。


「ヒーシュ、お母さんってお医者さんに診てもらったの?」

「う、うん。カルシ先生っていうお医者さんが薬もくれたけど、あんまり効いてないんだ」

「カルシ先生、まだ起きてるかな」

「寝てるよ、さすがに」

「だよねえ……」


 もう夜中を通り越して朝焼けが迫っている。この時間に起きているのは警備の仕事をやっている人か冒険者か泥棒くらいだろう。


「お母さんはどう? まだ持ちこたえられそうかな」

「静かに息してるし、まだ大丈夫だと思う」

「じゃあ、朝一番でカルシ先生を呼んで。この薬草を飲めるように作ってもらおう」

「わかった」


 カイトが私の肩をポンと叩いた。


「姉ちゃん、疲れてるよね。先生は俺たちが呼ぶから少し寝て」

「でも……」

「姉ちゃん、つらい時っていつも背中丸くなるからわかるんだ。今も変わってない」

「あはは、そんな癖があったとは……」


 能力を酷使したし、朝にギルド前を出発したのだ。今日はほぼ一日動きっぱなしだった。


「モフ……」


 モフランが私の足にすり寄ってくる。


「モフゥ」

「モフランも私に休めって言ってる?」

「モッ」


 どうやら多数決で押し切られそうだ。


「二人とも、そこのソファー借りていい? ちょっと仮眠とっておくね」


 私の言葉に、弟たちはホッとした顔を見せた。


     ☆


 お父さんは畑を作って野菜を売る人だったのだが、ある年、凶作に悩まされてからすっかり燃え尽きてしまった。そんな時に税まで重くなって、いよいよ生活が立ちゆかなくなって、ある朝起きたらいなくなっていた。


 お母さんはそんな状況でもめげなくて、そのへんに生えている野草ですらおいしく食べられるように工夫して私たちを楽しませてくれた。


 だから、お母さんの料理が褒められているのはすごく嬉しいことなんだよね。私とヒーシュとカイトが飢え死にしなかったのは間違いなくお母さんのおかげなんだから。


 といっても限界はあるわけで、大きくなってきた弟二人は量が少ないと言うようになる。だから私は家を出て自分で稼ぐ決意をした。

 それが巡り巡ってこんな再会を果たすなんて不思議なものだ。


     ☆


 ゆっくり目を開けると、室内は薄暗かった。

 路地の奥にあるからあんまり日差しが入ってこないんだろう。


 横を向くと、知らないおじさんがベッドの脇にいた。ヒーシュとカイトが嬉しそうにしている。


「……はっ!? 寝過ぎた!?」


 飛び起きると、モフランがソファーの前でジャンプした。


「モフゥゥ」

「えーと、慌てるなってこと?」

「モフ」


 まあ、ここで転がり落ちて怪我でもしたら本当にしょうもないからね。

 ゆっくりソファーから降りてベッドに移動した。


 お母さんは苦しそうな表情が消えて、穏やかに眠っているように見えた。ゆうべは汗をかいていたけど、それも引いている。


「姉ちゃん、カルシ先生が薬草でジュースを作ってくれたんだ」

「ははは、あれは薬湯というのですよ」


 カルシ先生は物静かそうな初老の医師だった。


「あなたがギルアックスを倒して薬草を持ってきてくれたとか。本当に素晴らしいお仕事でした」

「お母さんは助かりますか……?」

「もう大丈夫です。今日のうちに意識が戻るかもしれませんね」


 安心して力が抜けそうになった。


「町医者としても、すぐそこに薬草があるのに手出しできない状態が続いていて心苦しかったのです。すでに討伐は街中の噂になっていますよ。これで森に出かけることもできるようになるでしょう」

「私はただ、お母さんによくなってほしかっただけです。あんまり他の人のことは考えられなくて……」


 言わなくていいのに余計なことを言っている気がする。


「そうだとしても、あなたの活躍で助けられた人がたくさんいます。誇ってください」

「ありがとうございます」

「姉ちゃん、すごい冒険者になってたんだね」

「みんなギルアックスがいるから森に行けないって言ってたよ。それを姉ちゃんが倒したんだもんなあ」

「俺たち、学校で自慢できそう」


 ヒーシュとカイトはニコニコ笑った。

 来た時は硬い顔をしていたけど、ようやく二人も安心できたみたい。やっぱり家族には笑顔でいてほしい。頑張ってよかった。


「モフフ」


 モフランが跳ねて、お母さんを見ようとしている。


「はい、どうぞ。これが私のお母さんだよ」

「モ~」


 持ち上げてやると、わかりにくいリアクションをされる。


「そのモンスターかわいいね」

「弱そうに見えるのになあ」

「駄目だよ、モンスターを見た目で判断しちゃ。モフランはこう見えてもギルアックスの斧すら効かないものすごいモンスターなんだからね」

「すげー」

「モフン」


 またドヤ顔してる……。


「シーノさんから長女さんがいるとは聞いていましたが、ここまでの腕利きとは思いませんでした。一緒には暮らさないのですか?」


 ヒーシュとカイトが私を見る。


「今、ギルドで昇格できるか正念場なんです。みんなには悪いけど、もうちょっとアシュードの街で頑張りたくて……」

「じゃあ一緒に住んでくれないの?」


 カイトがさみしそうにする。


「ごめんね。でも、けっこうお金持ちになったから馬車はいつでも使えるんだ。たくさん会いに来られると思う」

「……そっか」


 ヒーシュが落ち込むカイトを慰める。


「カイトだってギルドのことは知ってるだろ。姉ちゃんはそこで頑張ってるんだから俺たちは応援しなきゃ」

「うん……」


 再会できたのに一緒に暮らさないと宣言してしまうのは私も苦しい。でも、場所がわかればまた会える。せっかく上手くいき始めたギルドでの功績を手放すことはできなかった。

 冒険者をやめたら、モフランと頑張ってきたことが全部無駄になってしまうから。


「みんなに応援してもらえるんだから、お姉ちゃん頑張るよ。この街でも話題になるくらいにね」


 私が堂々と言うと、二人は笑ってくれた。

 あとは、この言葉をお母さんにも伝えるだけだ。

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