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26話 策士モフラン

 ゾルバの街には何カ所か商人の積み荷を確認する門が設けられている。

 そこに向かった私は、ギルアックスというモンスターの情報を集めることにした。


「ギルアックスの巣へ行く? そりゃやめといた方がいい。死ぬぞ」

「でも、行かなきゃいけない理由があるんです」


 門番の男性が即座に止めてきたので、私はシーノの娘でモンスターテイマーであることを説明した。


「しかし……そいつで勝てるのか?」

「モフ?」


 門番さんはモフランを見て不審そうにしている。


「勝とうと思って行くわけじゃないです。薬草を採取したら帰ってきますよ。そんな危険な相手と正面から戦ったりしません」

「そうかい……。だが、これから深夜になる。視界が悪いぞ」

「ギルアックスって夜目は利くんですか?」

「そこまでじゃないはずだ」

「だったら逃げ切れます」

「すごい自信だな……」


 門番さんは諦めたらしかった。


「わかった。この門を出たら湖の外周に沿って歩け。すると森と岩場の境目に突き当たるはずだから、そこを北上していけばそのうち巣に行き当たる」


 けっこう近くに棲んでるんだな。あまり遠出して獲物を狩らないタイプのモンスターなんだろうか?

 情報が少ないけど行くしかない。


「ありがとうございました」


 私はモフランを連れて門を出た。


     ☆


 何よりもスピード重視だ。

 モフランには軽くなってもらって私が抱きかかえる。〈俊敏〉のスキルを最大限に活かして走る速度を上げ、湖の外周を一気に駆け抜けた。


 今夜は月が明るい。おかげで移動速度もかなり出せる。


 門番さんの言っていた通り、森と岩場の境目が見えてきた。そこで足を止めて、北へと進んでいく。


 また森か……。森にはいい思い出がない。でも、今はお母さんの命がかかっている。弱音は吐いていられない。


「モフラン、しばらくこのままね。もし敵が出てきたら守ってくれる?」

「モフッ」


 やる気を感じる返事。頼もしい。


 森の中には獣道がまったくない。鬱蒼としていなくて見通しも利くんだけど、特徴のある木々を目印に記憶しておかないと帰りに迷いそうだ。幸い、私はこういう地形を覚えるのが得意だ。ひどく曲がった木を探して、位置をしっかり記憶する。


 足元は枯れ葉だらけだったけど、少しずつ草地に変わっていった。

 薬草はギルアックスの巣の近くにあると聞いた。だったらまずそいつの巣を探すのがいい。


 北へ歩き続けると、やがてギルアックスの巣が見えてきた。

 大きな岩を集めて塀のようにしている。背後は岩壁で、出入り口は正面の一カ所のみ。この地形だと冒険者が大勢で攻め込んでも攻略は難しそうだ。


 そんな丸い巣の真ん中で、ギルアックスは寝息を立てていた。

 馬の下半身に筋骨隆々な男の上半身。右腕に手はなく、巨大な斧がついている。


「静かにいこうね」

「モッ」


 私たちはまず、巣の左側から調べることにした。いびきがすごいので、途切れたら起きたと判断できる。

 巣の周りの岩場と草地を這って調べたが、それらしい薬草は見つからなかった。


 ……次は右側だけど……。


 視界の利く巣の出入り口を通過しないといけない。気づかれませんように。

 忍び足で巣の前を横切る。変化なし。ひとまず安心だ。


 右側の岩場を調べると、湧き水が染み出して湖に向かって小川を作っていた。そんな川端に、青色の花をつけた薬草が密生していた。


「あった……」


 これでお母さんを助けられる。

 私は薬草を根っこから慎重に掘り出し、入るだけポーチに入れた。


「よし、帰ろ……」


 いびきが途切れた。

 ドスドスと音がして巣の外に出てくる。


「モフ……」

「うん、わかってる」


 気づかれてしまったなら逃げるしかない。普段の私なら功績を狙うけど、今はそうじゃない。


「走るぞっ!」


 グオオオオオオオオオオオオッ!


 ギルアックスが咆哮し、猛進してきた。斧を振り回してくる。

 私は〈俊敏〉で加速してまっすぐ逃げようとする。だが――


「は、速い……!?」


 ギルアックスの足は予想以上に速かった。しかも森の中を走り慣れている。私は一瞬で逃げ道を封じられた。


「くっ……」


 違う道を探そうにも、この森は平坦で木々が密集していない。どうやっても隠れることができないのだ。


 ギルアックスが斧を構えてにじり寄ってくる。私はモフランを抱きかかえたまま少しずつ後退する。とんでもなく嫌な予感がした。


「これ、巣に追い込まれてるよね……」

「モフゥ……」


 モフランにも相手の狙いがわかったみたいだ。私たちの真後ろにはギルアックスの巣があって、そこに押し込まれたら脱出は難しい。大きな岩を乗り越えているあいだに致命傷を食らってしまう。ギルアックスはそうやって獲物を自分のテリトリーに追い詰めて捕食しているのだ。


 自分有利な地形を準備した上で相手を狙う。やはりAランクモンスターともなると頭も回る。


「モフ?」


 モフランが腕の中で動いた。巣の方を見ている。


「どうしたの?」

「モッ! モッ!」

「わわっ、なに!?」


 バタバタ暴れられて体勢を崩しそうになる。


「こんな時に転んだら確実に終わりなんだよ……」

「モモッ!」


 腕の中で跳ねられた。

 なんだ? モフランは何かを閃いたんじゃないか?

 考えろ。これまでも機転でピンチを乗り越えてきたじゃないか。今回も同じようにするんだ。


 私はギルアックスに意識をやりつつ、奴の巣を見た。円形に配置された塀の役割を果たす大きな岩。巣の中はとても質素で装飾の趣味はなさそうに見える。


 ――なるほど!


 モフランの作戦を理解した。私ってば、ただ慌ててるだけじゃテイマー失格だよ。まあここから挽回しますけどね!


「行こう!」


 私はギルアックスに背を向けて走り出した。背後の足音も少し速くなる。でも余裕を感じる足音だ。自分のテリトリーで負けるわけがないと思っているんだろう。


 私たちはギルアックスの巣の中に自分から飛び込んだ。

 そこでモンスターが本気を出した。斧を振り上げ、勢いよく突っ込んでくる。

 今まではそれで通用したんだろうけど、今回は相手が悪かったね!


 私はモフランを掴んでその場で回転した。

 やることはグレートムーンの時と同じ!


「食らえ――――っ!」


 加速と狙いをつけて、モフランを大きな岩に叩きつけた。


 ゴシャッ、とものすごく嫌な音がした。


 私たちの作戦はシンプルだ。

 ギルアックスは大きな岩で巣を作っている。その岩をモフランの超反発で吹っ飛ばせば即席の砲弾が作れるのだ。


 狙いは成功。

 岩が砲弾よりすごい勢いで飛んでいったせいで、ギルアックスの上半身が消し飛んでいた。

 馬の下半身が崩れ落ちて血だまりに沈み、私たちは勝利した。


 えぐい……何回目なのよ、こんな勝ち方。


 ともかく勝ちは勝ちだ。

 逃げるだけのつもりだったのにAランクモンスターを倒してしまった。でも、これもギルドを通した依頼じゃないから昇格には無関係になってしまうんだよなあ……。


「もったいない……」

「モフ?」

「ううん、なんでもない。モフラン、戦法教えてくれてありがとね」

「モフン」


 久しぶりだね、そのドヤ顔。ちょっと元気が出たぞ。


「よし、急いで帰ろう。お母さんを助けるんだ」


 私はモフランを抱え直して、全力疾走した。

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