25話 家族との再会
よく晴れた次の日、私は馬車に揺られて西方の街、ゾルバへ向かっていた。
大きめの馬車も借りられるようになったのでモフランが安心して乗せられる。
ササヤさんとはひとまず別行動で、まずは自分のやるべきことをしよう。
西へ行くほど緑は少なく、荒れ地ばかりが続いている。
「こっちは見るもんもなくてつまらないでしょう」
馭者さんが話しかけてくる。
「殺風景な感じはしますね」
「退屈でしょうけど我慢してくださいね」
モフランは馬車の揺れに合わせてかすかに左右に動いている。
「モフランをお母さんに紹介したいなあ」
「モフ?」
「お母さん。わかるかな?」
「モ~」
なんともいえない反応。そういえばケセララってどうやって増えるんだろう。あんまりモンスターの繁殖には興味ないけど、モフランみたいな存在がどうやって生まれるのかは気になる。
ひたすら車輪の音だけが響き、馬車はゆっくり進んでいく。
ゾルバに到着したのは夕方になった頃だった。
近くに大きな湖があって、石造りの建物が東西に延びた横長の都市である。
「うーん……さすがに疲れた……」
「モフ~」
私は体を伸ばすと、さっそく街を歩き始める。
ゾルバは冒険者ギルドがないらしく、モンスターが現れると近くの街に応援を要請することが多いという。大仕事を狙って住み込んでいる冒険者もいるらしい。
テイマーはまったくいないな。私が暮らしている街・アシュードではモンスターが街中にいるのが当たり前だったのでどこか物足りない。
「とりあえず情報収集といきますか。すみませーん」
手当たり次第に通行人に声をかけよう。一人目にはスルーされたけど、次のおばさんが立ち止まってくれた。
「はいはい、なんでしょう?」
「この辺においしいご飯屋さんってありますか? 腕のいい女性の料理人が入ったお店があるって聞いたんですけど」
「ああ、それならマルカ屋さんのことかしらね」
「わかるんですか?」
「ええ。そこの通りをまっすぐ行って、橋の手前を左に曲がって。あとは道なりに行けばあるはずよ」
「ありがとうございます!」
さすが、評判になっているだけあってあっさり情報が手に入った。問題はその腕のいい料理人がお母さんかどうかだけど。
「モフラン、行こう!」
「モッ!」
私たちは歩き始めた。すれ違う人がモフランを見る。ギルドがない街ではモンスターテイマーも珍しいだろう。ケセララだって、街で暮らしていればなかなか見ることはないモンスターだ。
言われた通りに橋の手前を左に曲がり、直線道路をまっすぐに進む。
しばらく行くと、マルカ屋という文字が見えてきた。
ドキドキ。いよいよお母さんとの再会だ。
「こんにちは!」
ドアを開けて店内に入る。テーブル席が三つ、カウンター席が七つというお店だ。
「いらっしゃい……」
ものすごく暗い顔をしたおじさんが出迎えてくれた。
「初めて見る顔ですね。ええと、うちの噂を聞いてきたなら、その料理はちょっと期待しないでいただきたいんですが……」
「噂って女性の料理人さんのことですか?」
「そ、そうですね」
「その人の名前を知りたいんです」
「シーノと言いますが……」
「当たりだああああああ!!!」
私が叫ぶと、店主はかわいそうなくらいびっくりしてしまった。
「ご、ごめんなさい。びっくりさせるつもりはなかったんです」
「い、一体なんなんです?」
「シーノは私のお母さんなんです。三年前に私が家を出てそれっきりだったんですけど、ここにいるって話を聞いて……」
「え? シーノの娘さん?」
「はい。お母さんに会いたくて来たんです」
店主はまたがっくりしてしまった。
「その期待には応えられない……」
「どうしてですか?」
「シーノはここ数日、重い熱病で寝込んでいるんだ……」
「ええっ!?」
重い熱病。まともに話もできないってこと?
「シーノはいつも、調味料を採りに湖の外周を歩き回る。その時、モスヒートっていう蛾の鱗粉を浴びて倒れてしまったんだ……」
「その鱗粉のせいで熱が……?」
「そういうことだ。すでにモスヒートは討伐されているが、熱は薬草を探さないと回復しないようでな」
「じゃあ探さなきゃ駄目じゃないですか!」
「……モスヒートの熱病に効く薬草はギルアックスというAランクモンスターの巣の近くに生えているんだよ。Aランクモンスターの討伐にはかなり依頼料を支払わなければならない。うちはこの通り席数が少ない上に、長居するお客さんも多くて回転率もあまりよくないからね……人気ほど稼げていないんだ」
「だったら私が行ってきます」
「へ?」
「私、冒険者なんです。こう見えてもAランクモンスターと戦ったことありますし、倒すんじゃなくて薬草を採ってくることが最優先ならできると思います」
店主は嬉しそうな顔をしたが、すぐ元に戻った。半信半疑ってところかな。
「まずはお母さんに会わせてください!」
「わ、わかった。シーノはこの店の裏に住んでいる。横から回り込んでいってくれ」
「わかりました!」
私はすぐ言われた通りに歩いて、店の真後ろの家に入った。
「え!? 姉ちゃん!?」
「あっ、姉ちゃんだ!」
「ああ……」
入った瞬間、涙が出そうになった。
弟のヒーシュとカイトがベッドに寄り添っていたからだ。
二人とも昔より大きくなった。
ヒーシュは十四歳、カイトは十二歳のはず。二人とも、もう私と同じくらいの身長だ。
「お母さんに会いに来たんだ。二人も一緒だったんだね」
ヒーシュはうなずいた。
「母ちゃん、姉ちゃんが来てくれたぞ!」
私はベッドに近づく。
久しぶりに見るお母さんはあまり変わっていなかった。ちょっと白髪の交じった赤い髪が乱れている。
お母さんは汗びっしょりで、苦しそうに息をしていた。
「モンスターにやられてからずっとこうなんだ。息はしてるけど、返事はしてくれない」
「お母さん……」
私はお母さんの手を取った。とても熱かった。
「みんなで、元気に暮らせてたの?」
「ああ、母ちゃんがたくさん働いてくれて、俺とカイトは学校にも通ってるんだ」
「そっか。みんな頑張ってるんだね……」
「姉ちゃんは冒険者になれたのか?」
「うん。最近いい感じに仕事してるよ。――だからね、これからお母さんの熱に効く薬草を採りに行ってくる」
「そんな! すげぇ危険な場所に生えてるってマルカのおじさんが言ってたぞ!?」
「私にはこの子がいるから」
「モフモフ」
「わあ! なんだこいつ!」
「すごい、でっかい毛玉だ」
二人に見られたモフランはぴょんぴょん跳ねる。
「かわいいだけに見えるけど、すっごい防御力を持ってるの。この子と一緒に行ってくる。無理に危険なモンスターと戦うわけじゃないから安心して」
「姉ちゃん、俺たちなんにも言わないであの村を出ちゃったのにそこまでしてくれるんだな……」
「しょうがないよ。お互いきつい状況だったんだから。あの時期に夜逃げしますって手紙とか来てたら心が死んでたかもね」
二人は不安そうな顔をしている。
「大丈夫。お姉ちゃんに任せなさい」
「うん……」
「お願い……」
自分たちじゃどうすることもできないってわかっているんだろう。止められることはなかった。
「お母さん、待ってて。絶対治してあげるからね」
私は枕元で声をかけると家を出た。もう夜だけど事態は一刻を争う。湖の地形に詳しい人から話を聞いて、一気に解決してみせる。
「モフラン、力を貸して」
「モッフ!」
私たちは夜の街へ飛び出した。




