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21話 危険領域を渡った先に

「このままじゃまずいなあ……」


 大きな岩の陰に隠れた私は、少し座って休んだ。足首がジンジンと痛んでいて、とても素早い動きはできそうにない。


 ……本当に、ササヤさんたちが来てくれるのを祈るしかない。


 こんなところでレッドオーガに食べられて死ぬなんて絶対に嫌だ。

 家族の行方の手がかりを掴んだところなんだ。もう無様でもなんでもいいから生きて帰りたい。


「モフ……ゥ……」


 隣のモフランが縮こまっている。声が弱々しいような……。


「モフラン、大丈夫?」

「ゥ……」

「ちょっと、ホントにやばいの? 怪我?」

「モゥ……」


 私はモフランの全身を確認したけど、これといった傷は見つからなかった。


 ……無理させちゃったから、だよね……。


 今日はブルーライノとの戦闘から始まり、ギノドラゴン、レッドオーガと立て続けに戦った。

 そのたびにモフランの能力をフル活用していたわけで、まったく反動がないなんてことはありえない。


 モフランはこれだけ強いけど、ランクとしては最低のF。私も同じ。だけど戦った相手はみんなすごく格上だった。そいつらの攻撃を跳ね返しまくったんだから、見えないところの消耗が激しいんだ。


 ……ローグさんに鑑定してほしい……。


 あの人がいればモフランに何をしてあげればいいかわかるのに。


「ん?」


 そこでふと思い出した。

 モフランには、確か〈属性吸生〉という能力があったはずだ。

 属性攻撃を吸収して自分の体力に変えてしまうというもの。


「モフラン、もしかしてお腹減ってたりする?」

「モフ……」


 モフランは体を揺さぶって返事をしてくれた。


 ――じゃあ、解決法あるじゃん。


 ササヤさんがくれたアドバイスをそのまま実行すればいい。あの人はいないところでも頼りになるなあ。


「モフラン、これを食べて」


 私はモフランに右手を近づけて〈氷塊〉の能力を発動、氷の大きなかたまりを作り出した。


「モッ」


 モフランが体を寄せると、毛玉の中に氷のかたまりが吸い込まれていった。

 属性吸生だと口で食べなくていいんだ……。新しい発見である。


「もっと食べる?」

「モッ!」


 お、ちょっと声に元気が戻ってきたみたい。


 私は氷のかたまりを数回に分けて作り、モフランに吸い込んでもらった。そのたびにモフランの動きが大きくなっていった。


「モッフン」


 モフランは目を閉じて左右にコロコロした。満足したのかな。


「大丈夫そう?」

「モフ!」

「よかったぁ……」


 自分の怪我に加えてモフランまで動けなくなっていたら本当に終わりだった。パワーはまったくない私だけど、魔力量は冒険者の平均値を上回っている。それがここで活きた。これだけモフランに氷を与えてもまだ息切れしていない。


「なんとかこの森を出ないとね」


 モフランが復活したので、私は移動することにした。

 立ち上がってゆっくり踏み出してみるが、やっぱり足首が痛くて思うように歩けない。


「せめて、長い枝とか……」

「モフッ」

「どうしたの?」

「モヒュウウウウウウ――――ッ」


 モフランが口を開けて息を吸い始めた。体が膨らんで、初めて見る大きさになった。


「モッ、モッ!」

「えっと、乗せてくれるの?」

「モフ!」

「じゃ、じゃあお願いしちゃおうかな……」


 私はモフランの上にうつ伏せで乗って、両手で毛の束を握る。こんなこともできるなんて初めて知った。


「モッフフ、モッフーッ」


 なんとなく、出発進行って言ってる気がする。

 モフランは小さく跳ねながら岩場を進んでいった。今のところレッドオーガが追いかけてくる気配はない。向こうも片目を潰されているんだから無理はしないだろう……と思いたい。


 岩場から再び森の土の上に戻ってきた。

 モフランは迷うことなく崖の方角へ進んでくれている。ペースはとってもゆっくりだけど、今の私じゃ自力で歩いてもこのくらいの速度になりそうだ。


 それにしても、モフランって本当に柔らかいな。ジャンプを繰り返してるのに、ほどよく沈むからちっとも体が疲れない。こんなに反動の少ないジャンプってなかなかないよ。


 超反発の影響なのか、モフランは反発性をある程度コントロールできるんだろう。きっと私が消耗しないように気づかってくれているんだと思う。


「優しいね、モフランは」

「モフ?」


 そこでドヤっとしないのがモフランらしさだ。戦果は誇っても、優しさは誇らない。自然にやる。主人思いすぎて泣けてきちゃうよ。


「ギギッ」


 木の陰から小型モンスターが飛び出してきた。真っ黒なネズミ、ダークラットだ。小型と言いつつも私の足首まであるので家の中で見るネズミとは訳が違う。


「モフウウッ」


 モフランが高い声で威嚇する。ダークラットはひるまずに突っ込んできた。


「こいつっ!」


 私は氷の針を撃ち込んだ。ダークラットの進路にたくさん突き刺して突進を妨害する。本体に撃ち込めば倒せるだろうけど、血の匂いが立つのはまずい。レッドオーガは血の匂いに敏感なので、できれば倒さずに逃げ切りたい。


「だったらこうするしかないね!」

「ギャアッ!?」


 氷のかたまりをダークラットの頭にぶつけた。相手はひっくり返って動けなくなる。


「モフラン、無視して行こう!」

「モッ、モフッ」


 倒さないの?――と言いたそうなモフラン。でも、時には余計な血を流さないことも大切だからね。


 モンスターがたくさんいる危険な森だと思っていたけど、遭遇したのはレッドオーガとダークラットのみ。もしかしてレッドオーガがこのエリアの主で、あいつを恐れてみんな隠れているんだろうか? それなら一体に集中していればいいから少し気が楽だ。


 モフランは傾斜を登り始めた。ペースはあまり変わらない。私の氷属性を吸い込んで体力は完全回復したのかな。


 そのままモフランにしがみついて移動を任せていると、落ちた崖の近くまで帰ってくることができた。

 モフランは最初に行こうとした右側の斜面に回り込んでいく。


「あと一息だね。帰ったらいっぱいご褒美あげるから、頑張ってモフラン」

「モフ!」


 斜面をほどほどまで上がり、崖上に続く獣道に出た。よし、帰還できそう!


 重たい足音が聞こえたのはその時だった。

 下を見ると、レッドオーガが斜面を上がろうとしていた。棍棒は持っていない。それでも、鋭い爪だけで私なんて簡単に引き裂かれるだろう。


「くぅ、戦わなきゃ駄目そう……」

「モフ! モフッ!」


 モフランが移動速度を上げた。ちょっと速くなったくらいだ。それでも必死で頑張ってくれることが嬉しい。


「私も諦めないよ!」


 氷の針を連射してレッドオーガの足止めを試みる。相手の顔に針を集中させると、さすがに進みが遅くなった。それでもまだ斜面を這い上がってくる。どれだけ私を食べたいんだ。


「このっ……!」


〈氷塊〉を使い続けていると、頭がくらっとした。


 ま、まさか使い過ぎ? 魔力切れなんて経験したことないんだけど……!


 人生で一番長い戦いなのだ。枯渇してもおかしくなかった。


「ま、負けるもんか……」


 針を撃っていると、腕が勝手に震え始めた。どんどん魔力が削れている。

 レッドオーガが氷の針を振り払って、すさまじい勢いで斜面を上がってくる。モフランの速度じゃ逃げ切れない。駄目か――。


 ――背後から矢が飛んできた。


 レッドオーガの腕に突き刺さり、体勢を崩させる。


「いたぞ! あそこだ!」


 マルフたち四人組だった。リードの火属性魔法と、ルーザスの弓矢が連射されてレッドオーガの足を完全に止める。


「アイラ、無事でよかった!」

「さすがに心配したよ」


 マルフとアレンが走ってきて、私を守るように剣を構える。


「ごめん、ギノドラゴンに体当たりされて落とされちゃった……」

「不意打ちされたんだろうなとは思ったよ。上はもう片づいた。手の空いた奴らでお前を探してたんだ」

「ありがとう……」

「あとは任せとけ。手負いのレッドオーガなら、俺たちでも――」


 その時、耳障りな声が響き渡った。生き物の声にしては異常に高い声の持ち主は、見上げるほど巨大な蛇だった。


 緑色の鱗に覆われた蛇が滑ってきて、レッドオーガの頭にかぶりついた。オーガはまったく反撃できないまま頭を失い、崩れ落ちた。


「あ、れは……」

「フォレストサーペントだ。Sランクのモンスターだったはず……」


 アレンが教えてくれる。

 どうやら私たちは最悪の地形で最悪の相手と出会ってしまったらしい。

 レッドオーガの領域だと思っていたこのエリアの本当の主はこいつだったのだ。


 シャアアアアアア――ッ。


 フォレストサーペントが黄金の目を発光させた。


「なにっ……!?」

「う、動けない……!?」


 マルフとアレンが剣を構えたまま硬直してしまった。

 蛇の睨みつけには硬直効果があるんだ。テイムできそうなモンスターを調べていた時、そんな文章を読んだ記憶がある。


「モフ……」


 モフランは止まったまま少し体を揺さぶる。

 どうすればいいか、私に意見を求めている。でも、私にも打開策なんてない。

 マルフたちだってDランクパーティーなんだ。Sランクモンスターはまさしく規格外。


「私は……」


 迷っているうちにフォレストサーペントが斜面を這い上がってきた。ものすごいスピードで距離を詰めてくる。このままじゃマルフとアレンがやられる――!


 巨大な雷の球体が降ってきた。

 フォレストサーペントの顔面を直撃し、斜面の下へ吹っ飛ばす。


 球体は人の形に戻った。回転しながら飛び降りてきたのだ。


「キミたち、足止めご苦労様」

「ササヤさん……」


 Sランク冒険者は、雷撃を纏った刀を片手に軽く笑った。


「救世主は遅れてやってくるんだよね。――というわけで、わたしに与えられた役割をきっちり果たさせてもらおうかな」

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