20話 モンスターの森
「わあああああああ――――っ!」
私は絶叫しながら落ちていった。
〈俊敏〉の力で上手く着地するしかない! そう思った時、モフランが急激に重くなって先に地面にぶつかる。
モフランはバッタバッタと激しく跳ねて私の真下に来てくれた。
「信じるよ!」
モフランのてっぺんに両手で触れる。ほどよく跳ねた私は、〈俊敏〉を発動させて無事に着地した。
「危なかった……」
汗を拭う。間違いなく人生最大の危機だった。
「モフラン、ありがとね」
「モフッ」
「でも、どうしようか……」
崖はかなり高い。回り込む以外に道はなさそうだ。
近くを川が流れていて、音がよく聞こえない。誰かが呼んでいてもわからない。
「とりあえず、あっちから行ってみようか?」
「モフ」
右手方向に歩いてみる。
大木の後ろからモンスターが出てきた。
「あ……」
レッドオーガだった。オーガ族の中では一番危険度の高い相手。私とモフランが初めてタッグで戦った相手でもある。
「や、やばっ……!」
私はとっさにモフランを抱きかかえた。樹が多いのでモフランと分断されたら大変だ。
ガアアアアアアアアア!
「ぎゃあ!?」
レッドオーガが棍棒を振り回した。モフランに受けてもらう。相手が吹っ飛んだけど、私たちも吹っ飛ばされていた。
そのまま川に突っ込んだ私たちは下流へと流される。
途中で細くなっている場所があったので、そこで木の根っこを掴んでなんとか自力で上がることができた。
「くぅ……散々だな……」
「モフ……」
「モフランもぐっしょりになっちゃったね」
「モフウッ」
モフランは体をぶるぶる震わせて水を払う。
さて、どうしようか。
ここはお母さんに散々危険だと言われた森だ。きっとモンスターも山ほど生息しているんだろう。
じっと待ってササヤさんが助けに来てくれることを祈るか――と思ったけど、そもそもササヤさんは私が崖から落ちたことに気づいていないかもしれない。なんでも頼るのは違う。
川に沿って上がっていけば落ちた地点にたどり着ける。そこから崖を回り込めばみんなのところに帰れる……はずだ。
「よし、モフラン行くよ」
「モッ」
不意打ちで分断されないように、私はモフランを持ち上げた。
「モフランがいてくれてよかったなあ」
「モ?」
「私一人でこんなところに落ちてたら心細くて何もできなかったよ」
「モモモ」
モフランが私の腕の中でゆさゆさ動く。励ましてくれているみたい。かわいいのに頼もしいな……。
ズン、と足音がした。私はとっさに木の陰に隠れる。
向こうからレッドオーガが歩いてきた。どうやら獲物として認識されてしまったみたいだ。
「どうしよう……」
「モフッ」
モフランが前に向かって体を伸ばす。
「戦うつもり?」
「モッ!」
確かに、一度勝っている相手だ。モフランも自信があるのかも。とはいえ、あの時はたまたま〈氷塊〉の槍を転んだ相手の顔に突き刺すという戦法が決まっただけ。同じようにできるとは限らない。
レッドオーガが立ち止まる。鼻をひくひくさせたあと、こちらを向いた。
――バレてるじゃん!
棍棒を構えたレッドオーガがこっちに歩いてくる。こうなったら戦うしかない!
「モフラン、頑張ろう!」
「モフ!」
私は自分から前に出た。
近くに川、周辺はややひらけている。足元は起伏が激しい。そういう情報をすぐに頭に入れて戦術を練る。
レッドオーガが咆哮し、突っ込んできた。
棍棒が振るわれる。
ぼよん。
例によって例のごとくモフランが跳ね返す。やっぱりこの子は最強だ。
体勢を崩したレッドオーガに対し、私は〈氷塊〉の針を連続で撃ち込む。しかしあまり効いていない。すぐに立ち上がってしまう。
――やっぱりあの時と同じ戦法しかないか……。
私は覚悟を決めてモフランを持ち上げた。
「こいっ!」
ガアアアアアア!
レッドオーガの突進。棍棒の一撃にモフランを上手く合わせて、相手を再び吹っ飛ばす。不意打ちじゃなければモフランは超反発をコントロールできる。相手だけ跳ね返すことができるのだ。
レッドオーガが仰向けに転んだ。よし!
「モフラン、飛ばして!」
「モフッ!」
私はモフランに飛び乗ると、超反発によって空中に跳ね上がる。
体をひねり、頭を下にして落下。
両手の先に氷の巨大な槍を作り出す。軸合わせも完璧。これは決まる――!
「ガウッ!」
「きゃっ!」
しかし駄目だった。
当たる直前にオーガが長い右腕を振るってきて、私は叩き落とされた。大きく飛ばされて土の上を転がる。
「モッ、モッ!!!」
モフランが必死でこっちへ駆け寄ってこようとしている。
私は立ち上がろうとして、右足にすさまじい痛みを感じた。出血はないけどひねったみたいだ。
「うう……」
機動力を封じられたら私はもう何もできない。
「モフゥ……」
「ごめん、食らっちゃった……」
しかし追撃の気配がない。
よく見ると、私の槍も少し当たったらしくて、レッドオーガは右目を押さえて苦しんでいた。片目は潰している。
「モフラン、逃げよう」
「モッフゥ」
ここは無理する場面じゃない。相手が動けないあいだに逃げるのも戦術だ。
私は右足を引きずって歩いた。モフランと一緒に川から離れ、岩場に身を隠した。




