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第二話:別れと旅立ちの日

 『完全なる学び舎』である学園の被害は、甚大(じんだい)だった。十数名の生徒、数名の教師の死......何より、人類最強になるであろうレベル万越えのエルラ・クリスフィードを死なせてしまった。


「しかも、それを収めたのがレベルゼロの、イレンとはな......」


 皮肉なことに、教師陣の頭を悩ませていたのはその事実だった。エルラが勝てなかった相手をイレンが討伐(とうばつ)できる理屈(りくつ)がないのだ。


 今も眠っているイレンを横目に......正確には、彼の頭上に浮かぶゼロの数字を眺めながら。


 魔大陸の深層にしかいないであろう魔物達が突如(とつじょ)として現れた、ドラゴンシリーズの一体すらいた事......そして、その全てを殺戮したレベルゼロの少年。


 さて、どれが一番不気味(ぶきみ)でしょう......そういう話だ。


「そろそろまとめようではないか、諸君(しょくん)ら」


 泥沼のように深い沈黙を破ったのは、しわがれた老年の声だった。


「学園長......」

諸君(しょくん)らが迷っているのは、イレンに渡す冪は引導(いんどう)勲章(くんしょう)か......といった所だろう?」

「当然です。私は見たのです! あの悪魔のような、返り血にまみれて上級魔達の死体を踏みつけて(わら)う彼の姿を!」


 ヒステリックに怒鳴(どな)り散らかすのは今すぐにこの『新たな脅威(きょうい)』を排除(はいじょ)すべきだという派閥(はばつ)の教師だった。


「しかし、本当に彼があの四桁越えの魔物達を討伐(とうばつ)したというのですか? レベルゼロに可能性はない......それは皆さんもご存じの事でしょう」


 眼鏡(めがね)越しでもわかる困惑の目を浮かべているのは、事実が全てであるが(ゆえ)に現実を受け入れられない派閥(はばつ)の教師。


 いずれにしても、イレンはもはや()(もの)でしかなかった。また長い沈黙(ちんもく)(やぶ)ったのは学園長だった。


「では、こうしてみてはどうか。あそこでイレンは倒れ、処置(しょち)が間に合わず死んでしまった......と」

「自らの生徒を殺すというのですか!?」

「しかし、生かしておいても、もはや我らの手に負える存在ではなかろう。何より、もしもこのまま目覚めてもイレンには生き地獄をーー」


 『完全なる学び舎』の被害は甚大(じんだい)だった。もはや、まともな対応もできないほどに。それほどに、無力な生徒に守られたという事実は数字至上主義の彼らにとって痛手(いたで)だったのだ。


「そんな事しなくても良い。俺は勝手に出て行く」


 と、そこで響いた声に周囲は震え上がった。それは他の誰もない。イレンのものだったからだ。


 ベッドから起き上がっていたイレンの顔に表情は無く.....見捨てられた事も殺されようとしていたこともどうでもいいと言わんばかりに、冷めていた。


「俺が邪魔(じゃま)なんだろう。二度とこの学園には近づかねえさ。それに俺には俺のやることがまだあるんだからな」

「イレン君......キミのやりたいこと、とは?」

「エルラの後を()ぐ。この世界の最強の座で、世界を守ってやるさ。任されたからな......あいつの夢だって、もう俺のものだ」


 ただ、その瞳に静かな闘志(とうし)を燃やして立ち上がる。そして、次の戦場でも探しに行くかのように、はたまた死に場所を求めるように......背中越しでも分かる殺気を立ち上らせながら去って行った。


 イレンの、脅威のいなくなった空間ではなんとも言えない気まずい空間が漂っていたが、学園長は場を締めるようにこう(くく)った。


「......レベルゼロが、世界最強を語るか。それはそれで、見物かもしれぬな」


 ◇


 そして、実はそんな特秘(とくひ)の現場を見ていた人間がもう一人いた。それは、『千里眼(せんりがん)持血の少女だった。


「ふっふーん。そんな事になっちゃったんだねえ。馬鹿だなー、センセ達も。あんな人を手放すなんて......エルラさんのいない今、あたしもこの学園に用はないし......そだ、良いこと思いついちゃった」


 何はともあれ、多くの人間の命運(めいうん)を変えた長い長い一日はようやく終わりを迎えたのだった。


 ◇


「......アチーブメント、か。メリットばかりじゃないって事だな」


 俺の目を覚まさせたのは、頭の中に(ひび)いた声だった。それは、あの夜も聞いた何かのメッセージのようなもの。


<アチーブメント:学園の敵を入手しました>


「これが、永続のものなら俺はもう二度とあの学び舎には戻れねえ。どっちにしろ出て行かざるを得なかったって話だな。ま、眠ってる間に殺されてたかよりはマシ、か」


 学園も、もう遠目でしか見えなくなった平地で俺はこれからのことに思いを()せる。これから俺は......。


「何をどうしていいか分からないって顔してますね、先輩」


 と、そこで唐突(とうとつ)にそんな声が背後から聞こえた。鈴を転がすような、少女の声だった。


「うわっ! な、なんだよ」


 咄嗟(とっさ)に振り向くと、そこには水色混じりにも見える白い長髪の女子生徒が立っていた。

コロコロとした笑顔が印象的な、背の低い子だった。


「あ、すみません急に。あたし、先輩の行く先を見守ることになりましたユンナです。よろしくお願いしますね」

「んだ、それ......学園からの監視か? なら、もう要らねえだろ。俺はもう学園とは無関係だ」

「それは奇遇ですね。あたしもさっき退学届を出してきたばかりなんですよ。行く当てもない同士、仲良くしませんか?」


 何なんだこの子は......。ネクタイの色を見るに、俺の一つ下の学年だった子だろう。だけど、俺はユンナなんて生徒は知らない。


「......目的は何なんだ? このタイミングで退学して俺についてくるなんて、裏があるとしか思えないんだけど」

「もちろん裏はありますよ? でも、まだ教えてあげませーん。良いじゃないですか、先輩だって路頭(ろとう)に迷っていた所でしょう? あたしなら、うまくナビゲーションできますよ?」


 ナビゲーション......誘導役は、そりゃいるに越したことはない。それに俺だって別に人間不信でも人間嫌いなわけでもない。


 今まで周囲が相手にしてくれなかっただけで......エルラ以外との交流なんてなかったしな。


「大丈夫ですよ、あたしの『千里眼(せんりがん)』に見えないものはないんです。エルラさんの(そば)で、ずっと努力(どりょく)を続けてきた先輩のこと、よーく知ってますから」


 その一言が、どうしてか分からないけれど胸に()みた。唇をぎゅっと()みしめていないと、何かが崩れそうになるほどに。


「あの晩起きたことだって、全部知ってます。エルラさんを(うしな)ってしまったことも、その後の先輩のことも。あ、まあ他人の能力は分からないって(しば)りはあるんですけどね。でもまー、あたし、事実こそ全ての人なんで。だから......そんな、死人みたいな目をしないでくださいよ」


 どこに行こうか? そう考えた時、俺にはまた別の魔物がいる場所しか候補になかった。エルラはひたすらに戦っていた。皆に頼られていたからだ。だから俺もそうするべきだと考えた。


 エルラは人類最強(じんるいさいきょう)を目指していた。レベルにも恵まれ、努力(どりょく)することも忘れず。誰にも追いつけない速度で成長していた。だから俺も、後を任された俺もそうするべきだと考えた。


 エルラは、エルラは、エルラは。


「そんなエルラさんの支えになっていたのは、先輩だったんですよ。人は一人じゃ強くなれませんって。ですから、その道を歩むなら......先輩にだって、支えが必要ですよ。試しに、あたしに支えられてみませんか?」

「都合が、良すぎる。俺にそんな......」

「あたしが、そうしたいって話ですよ。だって先輩......エルラさんを(うしな)ってから。まともに泣けてもいないじゃないですか。見てらんないですよ」


 その言葉に、ハッとした。この(きり)がかったような頭の中。何も考えられない今。それは何が原因だったのか。


「......『千里眼(せんりがん)』には、何でも分かるってことかよ」

「いえいえ、これは女の(かん)って奴です。大丈夫ですよ。あたしの能力はオンオフもできるんで。どこかで誰かさんが泣いていても、聞かないこともできるんです。ちなみに、エルラさんの亡くなった場所は、向こうですね」


 本当に、(かな)わない。きっと、何を言ってもユンナにはお見通しなのだろう。だけど、誘導役という役割は確かに果たしてくれそうだ。


 だって、今の俺に何が必要なのかを、こんなにもハッキリ示してくれたのだから。


「......ちょっと、行ってくるよ。話はその後だ」

「ええ、ええ。行ってらっしゃい。先輩」


 それから俺は、確かにエルラが戦死した場所で思い切り泣いた。あいつとの日々は、本当に幸せな物だったんだと改めて分かった。


 涙と共に負の感情が抜け出ていく。目を擦るたびに視界(しかい)が開けていく。俺がユンナを受け入れられなかった理由さえも分かった。


 誰かは、誰かを失ったままじゃ、新しい誰かを受け入れるなんてことはできないからだ。


 だから。もう少しだけ泣いたら......今度こそ、前を向いて歩こう。エルラの(かげ)を追うのではなく、エルラに任された分だけ背負って、まずはあの少女に感謝(かんしゃ)しよう。


 それが、俺の旅の始まりだ。

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