人械戦術キ_LostOne(パイロット)
【あらすじ】
人類が宇宙へ進出し、宇宙新暦を制定して、早150年。
生活の中心は宇宙空間に浮かぶ円柱状の『スポット』へと移った。
宇宙で生活に必要なすべてを賄えるようになった人類にとって、地球は、自らがコントロールできない、不完全な生活拠点でしかなかった。
しかし、地球に住み続ける人類にとっては、その横暴は目に余るものだった。
重い税と搾取とも言える価格での交易は地球の経済活動を大きく圧迫、デモのみならず、暴力的な反抗へと移る。
これに対し、宇宙は地球に対し、武力の行使を決定。
戦術機と呼ばれる人型兵器を地球へと送り込み、鎮圧を開始した。
地球側政府は無条件降伏に近い条件を飲み、人類は宇宙にとって非常に都合の良い安定を手にしていた。
戦術機の投入から10年。
宇宙新暦163年、存在しないはずの『41番目の戦術機』として地球に堕ちた少女シオは地球で懸命に生きる人々と出会う。
これは小さな反抗の物語。
シオは己の使命と決別し、1人の人間として生きることを望む。
これは、一個人が生きるために戦うことを選んだだけの物語ではない。
己の境遇と戦うことを選んだ者たちのほんの小さな反抗の物語。
流れ星が好きだった。
空を走る煌びやかな光の飛沫は鮮やかな祝福の雨に見えた。
流れ星が好きだった。
宇宙から投下される力がごうごうと炎を纏って迫る軌跡が怖かった。
流れ星が好きだった。
真実を知らず、それを見上げていた頃が好きだった。
地球と宇宙が喧嘩して10年くらいたった。
アタシはしがない運送屋『ロング・シューズ』を経営している船長だ。
経営。といっても従業員はアタシともう1人、ガキなんだがなかなかに腕の立つ護衛だけ。
これでも地球政府御用達だ。
まあ、地球で船を動かしている人間はアタシらか海賊だけなんだけどさ。
政府の犬なんて言われるが、どいつもこいつも兵站ってのを知らんらしい。
まあ、そんな感じで、今日も仕事をしてるわけだ。
働きアリみてえにな。
「シオ!積み込みは?」
30代くらいの女性が黒髪を振りながら無線機に声を掛けると、少女の声が返ってくる。
『ミユウ、あと2つだ。』
ミユウと呼ばれた女性は、椅子に座ると、地面が揺れる。
彼女が座ったからではない、海上に浮かんでいる関係上、質量のあるコンテナを積み込めば揺れるのだ。
旧インド洋に浮かぶ資源プラント『マハトマ』。
ここでは海中に沈んだ旧時代からの様々な物を拾い上げるサルベージ屋が生活しており、彼らの注文した品と、納品する品を交換するのがミユウたちの仕事だ。
船に積み込まれるのは旧時代の兵器や宇宙から送り込まれた兵器の残骸、漁船のソナーなど多岐に渡り、宇宙ではガラクタとして一山いくらで取引されるようなものだが、地球ではそれらを修理、改造して使用する資材として重宝される。
船がもう一度揺れると、通信が入る。
『終わった。予定通りジャンクのコンテナが3つ。』
「りょーかい。戻っておいで。」
外で作業していたシオからの連絡を受けると、続けざまに連絡が入る。
『ミユウ、今回はドライブレッドだけか?』
「保存食以外にも小麦粉が入ってるはずよ。2、3か月は持つんじゃない?」
プラントの代表者と言葉を交わすと、ミユウはエンジンの出力を上げる。
古い船は唸り声を上げ、黒煙を吐くが、大変従順で、今日は機嫌がいいらしい。
ミユウは数値の上がるメーターを確認すると、海図を広げる。
目的地は旧オーストラリアで、地球に残った人類にとって最後の都市となっている。
「どのくらいかかる?」
ブリッジに戻ってきたシオが、肩越しに海図を覗き込む。
「何もなければ2、3日…ってところだね。」
ミユウはそう言うと、海図を畳む。
広い海には大した障害物がないように感じられるが、海上プラントや障害物も多い。
それに対して、地球の地図は100年単位で更新されておらず、何度も書き込まれた海図を用いなければ満足な航海はできない。
「私は3両目にいる。なんかあったら言ってくれ。」
シオはそう告げるとブリッジを出ていく。
「そんじゃ、出航するか。」
ミユウが、ボタンを操作すると船がゆっくりと前進を始める。
「頼むぞー、ロング・シューズ。」
マハトマを離れ、ゆっくりと進み出すミユウたちの船『ロング・シューズ』は、地球唯一の公的機関、オーストラリア市長区へ向け出航した。
その姿は、その名の通り、縦に長く、3両からなり、先頭にブリッジと居住区、2両目は荷物の積み込み用コンテナスペース、3両目には非常に大きな箱が積まれている。
ミユウはこの船を、線路のいらない電車。と形容するが、イメージとしては確かにそれに近く、動力を有する先頭と3両目が大型のスクリューで中間車両を牽引する形だ。
特異な形式だが、これは大型のタンカーが宇宙からの攻撃で全て潰され、小型の漁船規模でしか船を建造できなくなったが故の苦肉の策だ。
加えて複数の船で船団を組めない人的要因も多い。
出航から数時間経ち、日が沈むと、ミユウは再び海図を開き、方位磁石を添える。
地球の文明は大きく退化したと言ってもよく、夜は星を頼りに進むしかないのだ。
ブリッジの窓から星を確認すると、舵輪を調整していく。
星と言っても、今目印にしているのは宇宙に浮かぶスポットだ。
スポットは常に一定の位置に存在し、地球を監視する目のように光を放っている。
そう言った意味では、同じように進む宇宙船団と変わらない。
ミユウは、改めて海図を確認すると、舵輪を固定し、大きく伸びをする。
「少し寝るか。」
あくびを噛み殺しながらブリッジを出ようとした時、ミサイルのロックオンを知らせるアラートが鳴り響いた。
「冗談じゃないぞ…シオッ!」
無線機に向かって吠えながら船を操作していく。
旧式のCIWSは装備しているが、1両目だけの話で、それだけで3両全てを守り切れるはずもない。
『赤い旗しか見えない。』
シオからの通信を受け、記憶を辿るが最悪なことに一つしか思い浮かばない。
「レッド・シャーク・ファミリーか…!荷物をタダで受け取るつもりだな…」
ミユウが素早く目的を察する頃、爆発音と共に船が大きく揺れる。
自動迎撃が追いつかないほどに攻撃をしてきているのだ。
レッド・シャーク・ファミリーが危険なのはそこにある。
ロックオン装置で脅しをかけるのではなく、警告なしで攻撃し、荷物を奪う。
ミユウたちのみならず、個人的な商船すら狙う彼らに目を向けられたのは最悪の遭遇と言ってもいい。
『3両目を切り離してくれ40番を出す。』
「今やってる!」
シオからの通信に吠え返しながら舵輪を回し、回避行動をとる。
「潰してやれッ!」
ミユウが力強くボタンを叩くと、爆発とは違う揺れが発生した。
「車両切り離し確認。コンテナハッチ解放。」
シオは人一人入るのがせいぜいといった小部屋で、小さなタッチパネルに照らされながら、機械を操作していく。
すると3両目を覆う天板が折り畳まれるように収納され、うずくまるようにして格納されているそれが僅かに覗く。
「システムをドライヴモードから戦闘モードへ移行、各モーター、関節への負荷設定を第三レイヤーへ。」
シオの白く小さい指がタッチモニターの上で踊ると、それに合わせて電子音が相槌を打つ。
「コンテナ外壁収納開始。システムオールグリーン…!」
シオの指が止まる。
そして、その手で左右に取り付けられたレバーを握る。
「起動。」
その声と共にライトグリーンのセンサーアイが点灯し、その目が捉える様がモニターへ映し出され、室内が明るくなる。
座席が一つ、左右にレバー。
足元にペダル、シオが一つ。
彼女が感触を確かめ直すようにレバーを握り直すと、それは立ち上がる。
曲線を多く使ったその白い外観はどことなく女性的な印象を与え、背中から伸びる太いケーブルが車両とつながっている。
人械戦術機。
人工的に生み出された少女を核とし、彼女たちの脳波に合わせて組み上げられた人型兵器だ。
戦術機よりも柔軟で多様な装備を使い分けることを得意とし、宇宙から送り込まれた0から39までの番号を与えられたそれはまだ戦力の整っていた地球を2か月で制圧した。
「船が…3つか。」
シオは呟くと、レバーを操作する。
レバーで操作こそしているが、その指示の大半は彼女の脳波から出ており、レバーはあくまでも補助的なものに近い。
機体がゆったりとした動作でハンガーの銃を掴む。
105口径の大型アサルトライフルだ。
「FCSコンタクト、リロードカウントを36で設定。反動制御C。」
シオはタッチパネルを操作しながら設定を終える。
そして、その頃には彼女の脳波から指示を受け、機体がライフルを構えていた。
「サイトモードアクティブ。射線上に障害物なし。」
シオが素早くレバーを操作すると、それに合わせてモニターの円が動く。
「潰させてもらう…!」
シオがレバーにあるトリガーを引くと、轟音と共に、海上に星が瞬いた。
弾丸が黒い海で白波を立てるが、レッド・シャークの頭上を超え、着弾している。
「ミユウのバカ。粗悪品だ…」
シオは舌打ちしながらタッチパッドを操作していく。
「射角修正13°。射撃プラグイン再設定。」
機体が再び銃を構えるも、船団はミユウを追って機動を変えている。
「射程外か…ハンドル起動。出力70%。」
脳波に感応してか、ウォーミングアップは済んだ。と言わんばかりに、機体は煙を吐く。
すると、フレームの各所から青い光が放たれる。
人械戦術機に搭載された半永久動力機関『ハイプラズマドライヴ』が一定以上の出力に到達すると放つ光は、巨人の輪郭を際立たせる。
機体はせり出たハンドルを掴むと、シオはペダルを踏み込む。
40番は3両目から動力を供給されているのではない。
その有り余る出力で3両目のシャフトを回していたのだ。
シオの操作で、その出力が上がり、ジェットボートのように船団を追跡すると、ロックオンを警告するアラートが響く。
「遅いな。」
船団から放たれるミサイルに対し、機体を前傾姿勢にすることで回避し、空気抵抗が減ったことでさらに加速する。
シオがレバーのボタンを押すと、再び、ターゲットサイトが表示される。
機体が船団を追い抜く。
その波に煽られ、レッド・シャークの船が速度を殺される。
アドレナリンが時間を支配していく数秒間、シオはこの世界で最も早い存在となる。
スローに動く船体をサイトに納め、トリガーを引く。
引く。
サイトを動かし、引く。
アドレナリンのもたらしたゆったりとした時間の流れが元に戻ると、爆発音が鳴り響く。
爆散した船を確認し、シオは機体の出力を落とす。
「しまった…」
シオは海図を開くが自分がどこか、ミユウの船がどこか完全に見失っていた。
「どうしたものか…」
彼女の動揺を写し取るように機体も首を回し右往左往する。
「あー…あの星か。」
シオは一際大きな光を放つ星を見つけると、そちらへ移動を始める。
大きく迂回することになったが、夜が明ける頃、シオはオーストラリア市長区へ帰還し、迷子になったことをミユウに説教された。
オーストラリア市長区は地球に残った最後の行政区画であり、事実上、地球の代表でもある。
ミユウは自宅のベッドから体を起こすと、脳天に釘を打ち込まれたような痛みを感じる。
相当深酒したようで、吐き気もする。
「起きた?」
ミユウの隣で寝ていた女性は優しく声をかける。
「最高に二日酔いさ。市長殿。」
市長殿と呼ばれた女性は裸のままミユウに絡みつく。
「シオが心配でずっと飲んでたわね。」
「君もそうだろ、エミー…」
「貴女に付き合っただけ…」
2人は唇を重ねながらシーツに体を預ける。
「物足りないの…?」
「いつでもそうさ。」
もう一度、唇を合わせようとした時、サイドテーブルの通信機が夢の終わりを告げるように振動する。
エミーと呼ばれていた女性は面倒くさそうにそれを手に取る。
「はいエマ。ええ、わかった、2時間後に着くと思うわ。」
エマは通信機を投げベッドから出る。
「仕事か?」
ミユウも自然と真剣なトーンになる。
「ええ。宇宙からお客さんよ。」
エマは素早く身支度を整え、部屋を出ていく。
その背中を見送った後、ミユウは自身の通信機を取り出す。
「ハイゼンか?こないだの得物は使えそうかな。そう、サルベージのジャンク品。ああ、すぐ向かう。」
通信を終えると、音叉が響くような頭痛に耐えながら、肌の見えないような服装に着替え、家を出る。
エマが出発して15分。
彼女が家督を継ぐ前から2人の間で決めたルールを守りながら車を走り出させた。
ミユウは市庁舎の近くにある港に車を停める。
「路上駐車か?いいご身分だな艦長。」
背後から嫌味ったらしい声が聞こえてくる。
「早起きだなノシュル保安官?」
ノシュルと呼ばれた老人は嘲るように笑う。
「言うじゃないか。じゃあ罰金を払ってもらおうか?」
杖を頼りに歩くノシュルに言い負かされ、ミユウは両手を上げる。
「悪かったよ、それより、シオは帰ってきたのか?」
「夜明けまえにな。おかげで船の再連結は済んどらん。」
あらら。とわざとらしくリアクションを取って車を降りる。
「それより聞いたか?降りてくる連中がいるらしいが…」
ノシュルの歩くペースに合わせ、ゆっくりとドックに停泊しているロングシューズへ歩いていく。
「妙なタイミングだな?また点数稼ぎか?」
「だろうな。地球の連中をつかうのかも?」
2人はまっすぐにフォーティへ近づいていく。
「んで?シオはあの中か?」
「落ち着くらしい。防衛本能かもな?」
シオ本人は普通の少女と変わらない。
つまり、フォーティを封じたければ彼女が乗り込む前に殺せばいい。
地球に降りた30数機の同類のうち、何人かが、『戦闘前に』死んでいることからも恐らく正しい対処なのだろう。
ミユウは座っているフォーティの足元に行くと、声を張り上げる。
「起きろ!仕事だよ!」
『起きている。スケジュールにはなかったはずだ。』
フォーティに接続されたコンテナのスピーカーから気だるげな声が返ってくる。
「寝てたろ?別に怒りゃしないよ。」
『寝起きだ。』
即答かい…!
素直な反応に笑みがこぼれる。
どうしても娘のようにシオを見ている自分がいる。
平和なら…
そう考えるのも仕方がないと思っているが、どうすれば平和になるかまでは考えられない。
それほどまでに地球は切迫している。
乱雑に宇宙から落とされる物資の9割が海に沈み、回収して運用できるのはそのうちの何割かだ。
エマが何度も改善を訴えても技術的な問題を理由に無視されているのだ。
そんなことを考えていると、シオが降りてくる。
「宇宙から連中が降りてくる。万が一に備えてお前は待機だ。」
「ここでか?」
小さな眼で見つめられると、気負いしてしまう。
「そうだ。戦術機は出てこないだろうけど、一応な。」
シオはこくんと頷くと、コクピットへ戻ろうとするので呼び止める。
「朝飯は?」
「冷蔵庫のプリンを食べた。」
そういってドックの控室を指さす。
「ありゃアタシのだ!名前書いといただろ!」
怒鳴りつける頃にはシオは逃げるようにコクピットへ入り込んでいた。
「どんまい。」
ノシュルに慰められ、肩を落す。
今度、あいつの分食べてやる…
小さな復讐心が一晩で消えるのは、やはり、シオを普通の子供として見ているからだろう。
エマは市庁舎の応接室で宇宙からの使者を出迎えていた。
「宇宙新党の議員先生がわざわざこんな辺境まで来られるとは、驚きました。」
嫌味にならないよう世辞を述べると、手を差し出す。
「地球は我々人類の故郷、出来れば尊重したい。」
若い男はその手を無視してソファに座る。
「しかし、この重力は慣れませんな。」
宇宙と地球の力関係を示すようなファーストコンタクトはエマにとっては日常だ。
文字通り、下に見ている。
「我々、宇宙新党はあくまでも宇宙人類の平和と安定を求めています。」
「故郷である地球の事情は無視すると?」
敢えてストレートに返すと、議員は面倒くさそうに首を振る。
「宇宙が安定すれば地球への支援はより大きくできる。わかりませんか?」
「わかりませんね。宇宙はすでに自立した生活圏を確立している。地球からは酸素以外必要ないはず。」
宇宙と地球が唯一対等に扱う物品が酸素だ。
スポットにも植物が自生し、酸素を生み出してはいるが、火事や外壁の損傷で大量に消費されるリスクが常に存在する。
また、火星や月への探査に持ち出せるほどの余裕はない。
故に地球は酸素をボンベにパッケージし、宇宙へ打ち上げている。
ただ、その見返りが海に沈む物資の数々ではやりきれない部分もある。
「酸素…そうですね。今日ここに来たのはただ一つ。貴女の退任です。」
またか…
「貴女が私に席を譲っていただければそれで結構。後のことはお任せを。」
言葉は丁寧だが、その態度は人に何かを頼む態度ではない。
「私の後釜に座り、酸素の供給をより安価に。仕組みだけ確立し、若手議員に席を譲って自分は党の上位へ。いかにもな点数稼ぎでらっしゃる。」
エマは敢えて煽る。
というより、飲めるはずのない話だ。
地球で唯一残ったまともな都市であり、その中心であるオーストラリア市長区。
そこが宇宙の人間に支配されるということは、地球に住むすべての人間への死刑宣告に等しい。
「それより、新しいスポットを作られた方がいいのでは?」
地球に残った人類はスポットが2つほどあれば余裕をもって移住できる程度しかいない。
それをしないのは酸素の供給源である地球から人を放したくないし、誰も地球へ派遣されたくないのだ。
「スポットの建造には15年程必要と言われています。重力的な安定領域であるラグランジュ・ポイントの探索…デブリの除去、その他もろもろ、金もかかる。」
「ですが、それだけ人類に貢献できるはず。」
議員は話し合いが面倒になったのか窓の外へ視線を移す。
「私の提案は受けていただけませんか?」
もはや、エマを見てすらいない。
拳銃をもっているようには見えないが、何かを企んでいる。
「地球人類全員へ死ねというようなことはできません。」
議員は横目で彼女を見ると、懐に手を入れる。
殺す気…!?
エマは思わず身構えたが、どうやら通信端末のようだ。
「私だ。5分後に始めろ。」
ノイズ混じりに、了解。という返答がはっきりと聞こえた。
「何を!」
机を叩き、声を荒げると議員は冷たい視線で彼女を睨む。
「エマ市長はテロで死亡したが、直前までの会談で私の提案を飲んだ。それだけのことだ。」
議員はそのまま部屋を出る。
5分か…
エマはその姿が見えなくなると、旧式の通信機を取り出す。
「ごめん、やっぱりダメだった…助けて、ミユウ。」
情けないとさえ思った。
政治的な話し合いは自分の担当で、自分がこういう事態を回避しなくてはいけない。
そう思っていた。
だが、彼女はそれを責めることなく、いつもの頼もしい声で応えてくれる。
『任せろ。後はアタシらの仕事だ。』
その声が、何よりも心強かった。
エマからのSOSはコクピットで待機していたシオにも届いていた。
そして、ミユウがそれを受け取ったことも、彼女は聞き届けていた。
「ミユウ、フォーティを出す。いいな?」
『まだ待て、何がどこからくるのかはわかってないんだぞ。』
ミユウに諭され、小さく息を吐く。
泣きそうな彼女の声を聞いた手前、居ても立っても居られなかった。
『来たぞ。戦術機が三機、全てスウェールズタイプ!正門側だ、早いぞ!』
スウェールズタイプの戦術機はかなり旧式化しているが、ホバーによる高い機動力と旧式故に過剰に纏った装甲を持つタイプだ。
「問題ない。ライフルを使う。」
シオは先日、レッド・シャーク・ファミリーとの戦闘で使用したアサルトライフルを手に取ると、ドックを出る。
『アタシらはエミーの確保と避難誘導をやる。お前は…』
「わかっている。前に出て足止めする。」
ミユウの言葉を遮り、ペダルを踏み込む。
ハイプラズマドライヴから生成された粒子状のエネルギーに点火し、推力を得てジャンプする。
そのままブースターのノズルが水平に向くと、それまで頭上から押さえつけてきたGが今度は胸を押す。
操縦用のスーツが多少はGを軽減するとはいえ、シートに体を押さえつけられる力は慣れていなければ耐えられないだろう。
「見つけたぞ。」
上空から敵機を視認したシオはレバーを操り、ライフルを構えさせる。
「調整は済んでいる…止まれ!」
彼らの進路上に弾をばら撒き牽制しながら着地する。
「止まれ。止まらなければ撃墜する。」
ライフルを構え、警告するが、笑い声が返ってくる。
『ガキじゃねえか!お前なんぞ、相手になるかよ!』
地面を滑るように一機が近づいてくる。
装備している大型の斧で斬りかかるつもりだろう。
だが、その速度は旧式化しているだけでは説明がつかないほど遅く、拙い。
シオは相手の足元に1発打って注意を逸らすと、頭上を飛び越えながら後頭部を蹴り飛ばし、転倒させる。
『て…テメ…おおおお!』
そのまま無防備な背中に着地、地面に埋め込む。
スウェールズタイプは下半身の可動域に乏しいため、立ち上がるのに非常に時間がかかる。
機体の前面が地面に埋まっているのなら尚更だろう。
『ガキでも容赦しねえぞ!』
ロックオンを知らせるアラートがシオのコクピットで響く。
なんだ…?
地球に残った兵器のうち、ロックオン機能を持つものは少ない。
特に十数メートルの人型兵器である戦術機が扱う兵器では非常に珍しく、シオのライフルも、あくまで無誘導でシステム的なロックオンや追従には対応していない。
疑問を持ちながらもジャンプし、的を散らす。
これは…
放たれた閃光はフォーティの足元を通過し、地面に触れると爆発する。
「レーザー…?!バカ、電池駆動であれだけの出力は…」
疑問は言葉になり、彼女の意識と連動して、フォーティのカメラが発射点となる戦術機を写す。
これ…は…
シオの疑問に反応してフォーティのデータベースが検索した結果が控えめに表示される。
人械戦術機トゥーワン。
21の番号を与えられ、取り回しのいいプラズマライフルとランドセルから肩越しに伸びるプラズマキャノンが目を引く戦術機であり、シールドによる防御を行う侵攻用装備の機体。
そして、それに対応する戦術姫ニィ。
シオは表示された簡単な情報と現実を照らし合わせる。
ニィに会ったことはないが、こんなおっさんではないはず…
そして、目に映るティーワンの姿は無残としか言いようがない。
胴体やランドセルにその面影を感じられるが、四肢はスウェールズタイプに置き換えられ、シオとて、一目でそれだとわからなかったのだ。
フォーティ同様、ニィの脳波に感応するティーワンは他人に扱えないため、胴体と装備のみを転用しているのだろう。
「この…!」
シオの中に込み上げてくるものがあった。
「この野郎っ!」
俗っぽいセリフが、咄嗟に出ていた。
シオは落下を加速させながらそれの前に立つ。
『なんだ!?』
急な動きの変化に戸惑いながらも、ライフルを構えようとするが、フォーティの腕がそれを抑える。
姿勢を低くしているため、肩のキャノンでは狙えず、組みつかれたまま動けなくなる。
『なんだってんだ!』
「答えろ!」
遮るような言葉に、男は混乱する。
『なんの話だよ!』
「ニィだ!これに乗ってたやつをどぉしたァ!」
低い姿勢から放たれる頭突きはコクピットを覆う装甲を揺らす。
『し、知るわけねえだろ!海から引き上げた時には…』
接近警報…!
シオの感情に水を刺すような音が響く。
背後から残りの一機が近づいているらしい。
『ボロボロだったぜぃ!』
勝利を確信したような言葉。
だが、シオは組みついた相手の頭に手を置き、片手で倒立する。
『わー!バカ!止まれぇ!』
『止まらねよぉ!』
コクピットへ斧が撃ち込まれるが、装甲の厚さ故か死んではいないらしい。
シオはそのままキャノンを掴むと重量をかけて強引に引き剥がす。
『きゃ…キャノンが…』
「邪魔をするなぁ!」
咆哮と共にトリガーを引くと、銃弾が襲ってきた方の頭部カメラをズタズタに破壊する。
『見えねえ!壊れたぞ!』
ふらふらと動くそれを体当たりで弾き飛ばすと、突き刺さった斧も外れ、奥にいる男が目に入る。
「貴様か…」
『お、おい!助けろ!援護だ!』
シオはその傷口へ銃口を押し込むと、トリガーを引く。
『ま、まっ』
情けない断末魔はシオの中にあるものを鎮めるには足りなかった。
シオは雄叫びを上げながらトリガーを引き続け、手応えがなくなって初めて我に返った。
しかし、傷口から飛び散った赤い飛沫が男の結末を物語る。
「なんだ…なんなんだよ…」
自身の思うより荒々しく彼を殺したことに驚く。
怒っていた…?これがそうなのか…?
なんとなくそれに該当しそうな言葉を思い起こすが、彼女の意識を戦いへ引き戻すようにアラートが響く。
「もう動けるのか…!」
近づいてくるのは最初に倒した方だ。
ブーストを吹かし、距離をとりながら、アサルトライフルを打とうとするが、弾が出ない。
「残弾なし…?!なら…」
フォーティはライフルのバレルを掴むと、そのまま棍棒のように敵機へ叩きつける。
だが、乱射で熱されたバレルは飴細工のように曲がり、大したダメージを与えられない。
『武器はねえぞ!』
勘のいいやつ…!
だが、地面を高速で滑るスウェールズタイプに有効だがないのも事実だ。
どうする…
市長区へ戻る余裕はないし、武器を運んでもらうようなこともできない。
シオが思考を巡らせていると、地響きがした。
ティーワンだ。
制御を失ったティーワンが倒れたのだ。
試してみるか…
シオはサブカメラを起動したらしい敵機へ突っ込むようにして前進すると、激突の直前で回避。
前転しながらティーワンのライフルを拾う。
「力を貸してもらうぞ…ニィ!」
手にしたライフルの感触が伝わるはずもないが、なんとなく感じ取れた。
ひどく手に馴染む。
「内部機構正常、プラズマ貯蔵量ゼロ?直接供給しろというのか…内部タンクは生きている…アクセスは…ニィだけ…鹵獲された時のリスクヘッジか。仕方ない…ドライヴの稼働率を90%へ引き上げ、火器への転送開始…」
早口で言葉にし、それに合わせて指を動かす。
打てる…
その確信と同時に顔を上げると、眼前に2機が迫っていた。
シオは、ペダルを踏み込みブーストを吹かすと、2機を一直線上に捉える。
「終わりだ。」
トリガーともに放たれた光は装甲など物ともせず貫通し、さらに奥の地面に当たって爆発した。
ゆっくりと姿勢を正し、排熱する。
「シオ、状況終了。4機だ、回収を頼む。」
報告を済ませ、シートに体を預ける。
なぜ知りもしないニィのために怒ったのか。
不思議な感覚だが、ミユウは何か知っているだろうか。
そんなことを考えながら回収を待った。
戦闘の様子をボートで見ていた議員は船頭にチップを渡す。
「シャトルまで頼むよ。」
船頭は渋々それを受け取ると船を動かす。
ただの漁船に乗り込んできたかと思えば金を出すからと命令してきた男だけに、いい感情はない。
それに、糊の効いたスーツは一目で宇宙の人間だとわかる。
船が港に戻ると、男は礼も言わず降りる。
「あんさん、宇宙から来ただろ?」
議員はため息を吐く。
「君に関係あるかな?」
「あるさ、ワシらは地球で生きてる。だからあんたらは宇宙で生きればいい。違うか?」
「違うな。」
議員は会話を打ち切って歩き出す。
地球からはまだ搾り取れるな…
彼の頭の中では既に別の案が書き上げ始められていた。
地球侵攻作戦…か…面白くなりそうだ…
地球という星は今日も静かに回る。
誰に頼まれたわけでもなく、ただただ回る。
そこに生きる者たちにとって地球という存在がどれほど大きいか。
それは皮肉にも、宇宙への進出という進化の中で自覚できた。
そしてまた、この星は戦場になる。
宇宙さえ巻き込んで、両者は銃を取るのだった。
流れ星が好きだった。
空から落ちてくる光は、アタシにとって不思議で、幻想的だった。
流れ星が好きだった。
シオが落ちてきたあの光は、多分希望の光だと思うから。