封筒の中身
「失礼を承知で話しますがよろしいですか?」
私はブルー様を見て聞いた。
「勝手にしろ」
手を振ってブルー様が答えた。
「では」
私は広場の全員に声が届くように前に出て皇子達に背を向けた。失礼しますね。
でも広場に集まった人たちにはこの方が声が届くから。
「ブルー様は幼い頃、うつけと呼ばれていました」
「うえ」
ブルー様が小さく呻いた。
失礼を承知で話すと言ったでしょう。我慢してください。
「熱病を患い、一度はお隠れになるかと思われながらも、無事に息を吹き返しました。その後、性格が変わるかと思われたものの、実際は傍若無人ぶりが目に余るほどになりました」
カンジャインも大きく頷いている。ウィスキンもホンラインもだ。って言うか会場のほとんどが頷いているのではなかろうか。
「ここにいる方の多くはいろいろな話を聞いたと思います」
「悪皇子」の話をね。
「小さな咳をしただけで長年貢献した執事を首にした、料理がいつも同じだと文句を言って腕のいい料理人を左遷した」
これにも多くの者が頷くばかり。
「宮廷お抱えの鍛冶師も左遷。軽犯罪を犯した者を鉱山の仕事に従事させることもしました」
これは詳しく知らない者もいたようね。
「領地の麦畑を焼いた話もあります」
「本当だったのか」みたいな声が聞こえて来るわね。
「こうした悪行の数々からブルー様は「悪皇子」の名を欲しいままにしました」
一呼吸。
「本人が望む通りに」
「は?」
カンジャインが声を発し、ウィスキンとホンラインは顔を見合わせた。
「ブルー様は「悪皇子」の名が欲しかったのです」
「いやいや、先ほどアノが言ったことは事実だぞ。それこそ悪行ではないか」
「そうですね。一見悪行に見えます。見事に私も騙されました」
「騙された?どういうことだ?」
私は一度振り返ってブルー様を見た。
この先、話していいですねという確認。
ブルー様はやはり飄々としていた。それを私は了承と受け取った。今がその時なのだと。
「一つずつお話しましょう。私は疑問を抱いて、独自のルートでいろいろと調べました。最後の確認が先ほど知らされたところです」
私は封筒を見せて言った。
「何だそれは?」
「これは南の地方へと飛ばされた料理人についての報告です」
私は手紙を開いて中身をもう一度確認した。
「料理人の名はジヘイ。ブルー様の邸宅に訪問したことがある人は、その料理の腕前が一流であるとその味から分かっていたでしょう」
私もパーティーで食べた料理を思い出しながら話している。
「ジヘイは向上心のある料理人でした。しかしこの王都で手に入る食材、特にスパイスには限りがありました。南の港町には異国のスパイスも多様に輸入されています。しかし数に限りがあるので王都まで到達することはめったにないのです」
「自分からその港町に行ったのではないぞ。ブルー様がそうしたのだ」
カンジャインが馬鹿にするように言った。
「ブルー様は時折料理の感想をジヘイを呼んで伝えていたそうです。ある時ジヘイは自分の中に沸々と滾る料理人としていろいろな料理を作りたいと言う情熱をブルー様に語ったそうです」
一体どんな様子だったのだろうか。
「王族抱えの料理人は勝手にその任を離れることを許されていません。何しろ王族の食事はその安全に細心の注意が必要です。ジヘイがもし自分から暇をいただきたいと申し出て、それをブルー様が了承しても、すぐに別の王族の調理場に配属されたはずです」
「だから首にしたのか」
「そうです。首にして遠くの地方に飛ばすとブルー様が決定すれば、それを覆そうとする者はいません」
現にそうなった。
「ジヘイは今、南の港町で一流の料理人として大きなレストランを経営しています。大人気で盛況だそうです」
しんとした会場。いい感じね。
「ちなみに彼の一番弟子が今、ブルー様の邸宅で料理人として修業をしているそうですよ。ブルー様に料理の感想を頂いて腕を磨いて来いとジヘイに言われて」
喉が渇いたわ。
誰か紅茶を持って来てくれないかしら。