戦技披露の儀
喪に服す期間が終わり、王位指名の儀の前に行われるのが戦技披露の儀である。
王となれば戦場に出ることもなくなるが、それでも己の武を示すことは大事とされていた。
ボルケーン皇子がご健在ならば独壇場になったことだろう。
私達公爵家や有力な貴族だけでなく、騎士団長や兵団長も末席ながら見学をする。
あまり王位指定の儀に影響があるわけではないが、あまり無様なところを見せれば、それぞれの覚えは悪くなる。
それが戦技披露の儀の位置づけであった。
「では、ツゥレヒ皇子の戦技披露を行う」
近衛騎士団長が合図を行う。もしもの時には彼が割って入ることになっている。責任重大だから顔に緊張感が滲んでいるわ。
「相手は護衛騎士キンバリー」
日頃の皇子の剣技などの手ほどきは護衛騎士が行うことが多い。ボルケーン皇子は師範を別に雇っていたらしいけれど。
「ツゥレヒ皇子」
紹介されてツゥレヒ皇子が入場して来る。
「おお」とその鎧の見事さに声が上がった。
王家の紋章を胸に刻んだ鎧は確かに見応えがある。それぞれのパーツには様々な模様の装飾が施されている。
「では、戦技披露、始めっ」
近衛騎士団長の声で戦技披露が始まった。
護衛騎士のキンバリーが斬り込む動きを見せると、ツゥレヒ皇子が一歩引いてそれを躱してから斬り込む動きを見せる。
キンバリーの近くでその剣は止まる。
パラパラと気のない拍手が聞こえる。
それもそのはずだ。
ツゥレヒ皇子、下手過ぎます。
私が見ても下手だと感じるのだから、相当下手なんじゃなかろうか。
自分の振る剣の重さに負けて、よろめくシーンもあった。まあ、あの鎧は重いらしいし、仕方ないけれど。
その後もキンバリーの攻撃を躱してはいろいろな攻撃をする戦技披露が続く。
最初こそあった拍手もすっかりまばらである。
ツゥレヒ皇子は汗びっしょりで一生懸命やっているところだけは好評価だけれど、ちょっとこの戦技披露はいただけないわね。
二人が礼をしてツゥレヒ皇子の戦技披露が終わった。退場の時にもよろめいていたのは、もう見なかったことにしよう。
「続いてデルフィン皇子の戦技披露を行う」
デルフィン皇子の技量も全く分からない。どのくらいなのだろうか。真面目な方なので、ツゥレヒ皇子よりは上手だと思うけれど。
「相手は護衛騎士ゴッテン」
私も数回見かけたことがあるゴッテンが入って来る。騎士団の一員として活躍したけれど、モンスター相手に怪我をして療養していたところを引き抜かれたという珍しいパターンで護衛騎士になった人だ。
「デルフィン皇子」
ツゥレヒ皇子の鎧に比べると装飾が少ない鎧をまとってデルフィン皇子が現れた。
デザインに関しては皇子の意向が大いに影響する。派手さは無いが落ち着いた質実剛健な鎧に見えて、好感が持てた。
「では、戦技披露、始めっ」
近衛騎士団長の合図で、ゴッテンが攻撃を仕掛けた。ツゥレヒ皇子と同じようにその攻撃を躱してデルフィン皇子が斬り込んだ。
ああ、やっぱり。
これくらい練習して来てくれないと。
今度は大いに拍手が沸いた。
キレとでも言うのだろうか。その所作がキビキビとして見えるのだ。
きっとたくさん練習したに違いない。そういう努力が出来るのがデルフィン皇子なのだ。
連続技を披露するとこの日一番の大きな拍手となった。もちろん私も手を叩いていた。
戦技披露が終わり礼をして、大きな拍手に送られてデルフィン皇子が退場した。参観者に向かって手を振る余裕もあった。
ちらっとツゥレヒ皇子推しであるカンジャインを見るととっても苦い顔をしていた。
まあ、そうよね。
ずいぶんと明確な差が出てしまっていたもの。あくまでこの儀は参考程度の扱いだけれど、今回はちょっと差が大き過ぎた気がする。
さあ、最後はブルー皇子だわ。
「最後にブルー皇子の戦技披露を行う」
先ほどまでの熱気が急速に冷めて行く。
「悪皇子が」という声まで聞こえてきてしまった。
彼の相手をする護衛騎士が入って来る。
え?
見覚えのある顔に私は戸惑った。
人違い?
いえ、あれは。
「護衛騎士キーファス」
近衛騎士団長の言葉に会場がざわついた。
皆も知っているのだろう。彼はブルー様が町娘と結婚させて左遷させた護衛騎士なのだ。
どうなっているの?
ざわつく会場を意に介さず、キーファスは凛とした顔で前をまっすぐ向いている。
「ブルー皇子」
混乱する中、呼びこまれたブルー皇子の姿を見て、また驚いた。
「金の鎧だと?なんと悪趣味な」
カンジャインが吐き捨てるように言った。
そう。
確かにブルー様の鎧は金色であった。
でも、あれは金かしら?
何だか光の反射の仕方が違う気がするけれど。
それに鎧なのに胸や腹、肩や腕の部分にしかそれを纏っていないのだ。
印象で言うと軽装。
剣はと思ってよく見れば、これまでの戦技披露で皇子達が持っていた立派な剣ではない。
木刀?いわゆる模擬剣に見える。
「では、戦技披露、始めっ」
近衛騎士団長が合図しても、キーファスは斬り込まなかった。
見れば彼も手にしているのは模擬剣のようだ。
「どういうつもりだ?」
「何をするつもりなんだ?」
ビイデル家のホンラインが遠征から戻って今日はビイデル家の代表として座っている。その彼とシーノック家の代表ウィスキンがブルー様の行動の真意が分からずに話していた。
まさかキーファスが恨みを晴らすためにこの場に?
いえ、ありえない。
戦技披露の儀には皇子が指定した者が相手として出て来るのだ。ということはブルー様がキーファスを指名したと言うことだ。
「しっ」
突然キーファスが斬りかかった。突然の斬り込みに驚いたけれど、ブルー様はその剣を受け止めると反撃した。そのブルー様の剣をキーファスが切り返した剣で弾いた。
え?
会場がどよめいた。
寸止めじゃない?
当てに行っている本気の攻撃?
ミッチオがいたら確認しているのに。
「しっ」
今度はブルー様から仕掛けた。
その攻撃を弾き、キーファスが剣を振った。ばっと屈んでその攻撃を躱すブルー様だけれど、黒髪が掠っているように見えた。
しかし屈んだブルー様はその体勢から一気に伸びあがって突きを繰り出した。キーファスの喉に突き刺さったと見えたそれは、身体を傾けたキーファスの首すれすれを抜けていた。
模擬剣とは言え、あの突きを食らったら大怪我をするんじゃないかろう。
固唾を飲んで見守っていた者達から歓声に似た声が上がった。
再び距離を取ったと思ったら、今度はキーファスから攻撃が仕掛けられた。
その後も二人の攻防は続き、気付けば私も熱中してその戦いの様子を見つめていた。
やっていることは滅茶苦茶だ。
これまでの戦技披露の儀の伝統をぶち壊す行為は、またきっと「悪皇子」の異名を上塗りすることになるだろう。
それでも。
明らかにブルー様の動きは日頃から剣技を磨いている者の動きであった。
鎧が軽装なのも納得だ。
ツゥレヒ皇子やデルフィン皇子の様な鎧ではこんな動きは出来ない。
「それまでっ」
近衛騎士団長も見惚れていたようで、予定の時間を過ぎていることにやっと気づいて声を掛けた。
ブルー皇子もキーファスも汗を光らせている。そしてうっすらと笑顔なのである。
拍手で送っていいのか迷っている者が多いのか、ブルー皇子が退場する時に贈られた拍手は多くなかった。
もちろん私は拍手をしていた。
彼がどんなに「悪皇子」だとしても、私は今の戦技披露を夢中で見たのだ。それは間違いない。それはきちんと評価しなければと思ったから。
振り返ったブルー様と一瞬目が合った気がした。