ブルー皇子はコーヒーを嗜む
「宮廷お抱えの鍛冶師を異動?」
私はまたブルー様からの稟議書を前に固まっていた。
貴族の息子は18歳になる時に、武具防具を贈られる。それを装備してモンスターの討伐を経験するのだ。
皇子はそれが20歳で行われる。
モンスター討伐と言っても騎士団を連れての討伐で、弱いモンスターを騎士団が手負いにして、最後はもうとどめを刺すだけ。儀式的な意味合いが大きいのだ。
皇子の武具防具はたいていの場合宮廷お抱えの鍛冶師が作ったものになる。
今回もブルー様に贈られる武具防具が作られていたのだが、サイズの確認のために試着した際に、鍛冶師に「こんな鎧を俺に着せるのか」と文句を言ったらしい。
この話はすぐに広がって、きっと左遷されるか首になるかだと予想されていた。
そして今、彼を左遷させる稟議書が回って来ていた。
移動先はガストロ鉱山都市。
昔は胴がよく産出されたが、最近は採掘量が減っている。
言い方は悪いかもしれないけれど、廃れ行く都市と噂されているところだ。
まさに左遷だ。
それでも私はデルフィン様の言葉を思い出して、嘆息しながら判を押した。
そして次。
またもやブルー様の稟議書だった。
「ちょっとこれは」
さすがにこれは判が押せない。
私は席を立って休憩所に向かった。
見渡してもデルフィン様の姿は無かった。仕方なく私は紅茶をカップに入れてテーブルに座った。
落ち着いて。
ゆっくりと紅茶を飲んだ。
あまり味がしない。
ブルー様の稟議書には「軽犯罪を犯して収監されている一部の犯罪者をガストロ鉱山に送り込む」というものだった。
採掘する労働をさせると言うのだ。
これではまるで北の監獄「アルコトロズ鉱山」である。重犯罪者が逃げ出そうにも逃げ出せない極寒の地にある監獄である。一度入れば出られるのは死体になったときと言われるところだ。
「どうした、深刻な顔をして」
「え?」
私の前に突然座った男性、それはブルー様だった。
「ふん」
私が飲んでいる紅茶をちらっと見て、ブルー様が鼻で笑った。
失礼な。
そのブルー様の持つカップからはコーヒーの香りが漂って来ていた。
「そんな辛気臭い顔で休憩所にいられると皆の迷惑だぞ」
ブルー様がからかうように言った。
誰のせいで。
「お言葉ですが、ブルー様の稟議書のせいです」
「俺の?」
ああ、言っちゃった。思い切り後悔したが、もう止められない。私は覚悟を決めた。
「犯罪者を鉱山に送り込むという稟議書です。あれじゃまるで「アルコトロズ鉱山監獄」です」
「全然違うだろう?」
「犯罪者に鉱物を掘らせるところは同じです」
「大事なのはそこか?ふん、生娘未亡人は浅慮だな」
「な」
なんて失礼な。
「あ」
「あ?」
「悪皇子に言われたくありません」
「それは侮辱罪で死罪だが、分かって言っているのか?」
「私が個人的に言ったことなので、エイデン家にはお咎めなく願います」
ああ、またやらかした。
しかも今回は死罪かもしれない。
私は泣きそうになりながら席を立った。
家に帰ってリットルを相手にさすがに泣いた。
泣いたけれど、その後、お咎めは無かった。
その代わり「過ぎたる苦言は身を滅ぼす」と書かれた手紙とともに紅茶の茶葉がブルー様から届けられた。
毒でも入っているのかと思ったが、とっても美味しい紅茶だった。
悔しいけれど。