種明かし
「領地の麦畑を焼いた話はどうなのだ?これは紛れもない事実だぞ」
「そうですね。確かにブルー様は任された領地に収穫の様子を視察に行った際に、まだ半分ほどしか収穫できていない麦畑を焼き払わせました」
「そうだ。それこそ悪行だ」
「違います」
私はカンジャインに向かって、それから会場の皆に届くようにしっかりと言った。
「ブルー様の領地、その麦畑で「厄災のオガニ」が発生しようとしていたのです」
「なんだって」
会場がざわついた。それもそうだろう。
「厄災のオガニ」と呼ばれるのは畑を食い荒らす虫の大発生を指す。
数年に一度、オガニは畑を荒らしまわり、数十年に一度、さらに大規模な発生をして、それは「厄災のオガニ」と呼ばれるのだ。
この国も「厄災のオガニ」によって歴史上何度か飢饉を迎えている。
「ブルー様は自らの領地でオガニが大発生する予兆を発見しました。もしそれが「厄災のオガニ」規模になれば、国家の危機です。農民に寄れば口伝で伝わる「厄災のオガニ」が発生する状況にそっくりだったそうです」
「それで麦畑を焼いたのか」
「そうです。オガニごと麦畑を焼き払ったのです。幸いオガニはほぼ全滅し、他の領地にオガニ発生が飛び火することはありませんでした」
この決断のことを知った時には、私も身震いした。
いくらオガニの発生を防ぐためとは言え、まだ半分しか収穫していない麦畑を焼き払えるだろうか。自らの責任において。
「その後補助金の申請こそありましたが、ブルー様の領地で飢餓が発生しているという話を聞きませんよね?」
「そう言えば」なんて声が聞こえて来る。
噂話は盛り上げるけれど、その後のことなんて誰も調べようとしないのだ。私も含めて。
「そのからくりはバーレ芋です」
リットルが作ってくれたふかしバーレ芋を思い出す。美味しいのよねえ、あれ。
「近年バーレ芋がとてもたくさん流通しています。みなさんも口にしたことがあるでしょう。でも、その産地の多くがブルー様の領地であることはご存じないでしょう?」
「何?」
「実は焼かれた麦畑にすぐにブルー様はバーレ芋を植えました。ちょうど焼き畑のような状況になって、バーレ芋はよく育ち、麦の収穫が半分になってしまった領地の食を支えました。いえ、余剰分はしっかりと流通に乗り、この国の食卓にバーレ芋がよく乗るようになったのです」
私はちらりと時計を見た。もうずいぶんと一人で話している。まだまだ種明かしはある。
すると私の後ろに椅子が差し入れられた。
誰が?
と思って見回すと、デルフィン皇子が指でブルー様を指していた。
そのブルー様は視線を伏せていて私を見ようとしていなかった。
「話が長くなりました。座らせていただきます。可能なら紅茶をもらいたいです。会場のみなさんにも飲み物を」
「手配しよう」
一安心ね。
「では、次の話をしましょう」
何にしようかしら。
私は早速運ばれてきた紅茶を見ながら考えた。
「執事のオードリーの話をしましょう。彼はブルー様が食事中に小さな咳をひとつしただけで首になった。そんな話です」
カンジャインも紅茶を飲んで大人しく聞いてくれている。
「実は執事のオードリーは肺病を患っていました」
小さなざわめき。
「たった一つの小さな咳でそれを見抜いたブルー様がすごいと思うのですが、解説をお願いできますか、ブルー様」
「うえ」
私はにっこりとブルー様に微笑んだ。
ずっと話しっぱなしなんだもの。少し喉を休めたいわ。
「オードリーは優秀な、本当に優秀な執事だったからだ」
「それでは言葉が足りませんわ」
私に言葉を出させないように話してくれないかなあ、ブルー様。
私の抗議の視線をブルー様は受け止めた。
「オードリーはとても優秀な執事だ。主人の食事中に小さかろうが一つだろうが咳をするような男ではない。そのオードリーが咳をしたのだ。異常事態だよ」
私は視線で先を促した。
この話だけでもご自分で話して欲しい。
「医師にすぐに診せると肺病の初期段階だと分かった。完治は可能だが、そのためには空気と水の綺麗な場所で療養する必要がある。そしてさっきアノが話したように、料理人と同じく執事もそう簡単に所属を変えられない。特に皇子の執事となればなおさらだ。だから失礼なことをする無能な執事ということになってもらったんだ」
ブルー様が話を終えてしまった。
執事のオードリーの話はこれでお終いにするつもりなのかしら。
仕方なく私はまた話を再開した。
「それだけで話は終わりません。執事のオードリーの体調が回復した今、彼の療養していた屋敷は若い執事や侍女の研修所になっています。講師はオードリーその人。今、給仕をしてくれた執事や侍女のほとんどが今年や去年に研修に参加したはずです」
そんなオードリーに鍛えられた者達はそんな私の言葉にうかつに頷かない。しかし口元に小さく笑みを浮かべている者がいる。それで十分だった。
「次に孤児院の話をしましょう」
私は話を続けた。
「ブルー様は戦災孤児の入っている孤児院を潰す指示をしました」
「院長が自殺したんだぞ」
またカンジャインが口を挟んで来た。
話には順序があるんだから待っててほしいわ。
私はカンジャインを無視して話を進めた。
「孤児院には補助金が出ていました。それのついての収支報告にはおかしなところはありませんでした。しかし孤児院には多額の寄付が寄せられます。その金の行方に怪しい部分がありました」
会場がざわつく。知らなかった情報だものね。
「さらに、孤児が時々家出をして行方不明になっていました。孤児院からの家出は珍しいことではないそうですが、そのまま行方不明となるのは珍しいそうです」
「どういうことだ?」
なかなか重い話なのよねえ。出来ればブルー様が話してくれるといいのだけれど。
後ろを振り返ってみるが、ブルー様は素知らぬ顔だった。その代わりデルフィン皇子と目が合った。
「人身売買だよ。院長は人身売買組織に孤児を売っていたんだ」
デルフィン皇子に言葉にさらに会場がざわついた。
「ブルーはその可能性に気付いた。そこで孤児院を閉鎖して子供達を牧場で働かせることにした。あの牧場主の奥さんは元教師だしね。院長の片棒を担いでいたと思われる職員を除いて、残りの職員も牧場で再雇用した」
デルフィン皇子が言った。
「ただブルーもその人身売買組織の尻尾を掴むために忙しくて、子供達の生活環境のことまで気が回っていなかったようだから、そこは私が補助金を申請しておいたんだ」
私の想像だけれど、この時あたりからデルフィン皇子とブルー皇子は結託していたように思う。
後で聞いてみたいわね。
「人身売買組織は尻尾切りをしたくて院長を自殺に見せかけて殺した。しかしそれが逆にブルーが人身売買組織の尻尾を掴むことに繋がった。院長の死後、しばらくして人身売買組織が摘発されたニュースがあったが、まあ、大きなニュースにはならなかったから覚えていない者も多いだろうね」
デルフィン皇子の言う通りだ。私はニュースを聞いた覚えはあるけれど、その裏に何があったのかなんて考えもしなかった。
「ところでみなさん。戦技披露の儀の時のブルー様の鎧を覚えていますか?」
「あの悪趣味な金ぴかの鎧だろう?」
「確かに輝いていましたが、あれは金ではありません」
「何だと?まさかメッキか?」
「それも違いますね」
これって国家の機密になるかもしれないけれど、話しちゃっていいのかしら?
「まさか、ミスリルか?ミスリルが出たのか?」
あら、私が言わなくてもツゥレヒ皇子が言ってしまったわ。
「ミスリル?ミスリル製の鎧だったと?まさかそんなただの言い伝えじゃなかったのか」
「そのようですね。ガストロ鉱山ではミスリルが出ると言われていましたが、ずっと出ませんでした。でも出たのです」
「本格的な鉱脈を見つけたのは犯罪者です。ブルー様の裁定で、元々貧しさから犯罪を犯してしまった者を、採掘者として雇いました。仕事の欲しかった者が多く、よく働いてくれたそうですよ」
「鍛冶師もか」
「ああ、そうですね。彼もガストロ鉱山都市に派遣されました。ミスリルを使って鎧づくりが出来るかもしれないと聞いて、彼もほとんど自らガストロ鉱山都市に行ったようなものですね」
そして彼が戦技披露の儀の時にブルー様が着用していたミスリル製の胸当てなどを作ったわけ。その話もさらりと付け加えた。
「そうそう。戦技披露の儀でブルー様の相手をしていた護衛騎士、キーファスの話もしましょうか」
これは自分がその場にいただけに騙された感がすごいのよね。
「彼は町娘と無理やり結婚させられたとされていましたが、実は全然違います。実は彼は喜んで彼女と結婚しました」
この話が広まれば、これを題材にした小説が何本か作られてヒットするのでしょうね。
「ブルー様は時折変装して街中を散策するらしいですね?」
私は振り返ってブルー様に聞いた。
「さてね」
まあ、とぼけるしかないわね。
「王となったらさすがに自重してくださると思いますが、その時にやはり変装して護衛としてつき従ったのがキーファスでした。そのキーファスは花屋の手伝いをする娘に一目ぼれしたのです」
庶民が貴族に惚れられる。こんな話は女性は大好きだ。
「その後、キーファスは何度も花屋を訪れて、その娘と懇意になっていたようですね」
誰か詳しく聞き取りをして小説化して欲しいわ。
「キースとドレイファス。このコンビ騎士の武勇伝は皆さんもご存じでしょう?」
最近王都でも話題になった話だ。
「キーファスはあのキースですよ、彼は。モンスターの被害を受けていた地方に赴任してそこでドレイファスと言う相方を見つけて、次々とモンスターを討伐しました。慣れぬ地方での彼の暮らしを支えたのはもちろん花屋の手伝いをしていたあの町娘です」
街のみんなにも愛されて幸せに暮らしているらしいわね。
「そのキーファスはブルー様が戦技披露の儀に出ると知り、こうして王都に舞い戻ったわけです」
それだけじゃないのよね。
「しかもその思いに応えるために、ブルー様は演武ではなく、模擬戦闘を申し出たのです。結果はご存じでしょう。キースとドレイファスの一人、キーファスとブルー様は堂々と渡り合ったのです。この強さの秘密は私の知るところではありません。ブルー様がお話してくださるとよいのですが」
まあ、どうせここでは話しはしないでしょうね。
ちらりとブルー様を見るが完全無視だった。
「さあ、これでほとんどの話が終わりました。いかがですか?」
「一つ解せないことがある。なぜブルー様はこのような回りくどいことを?普通にしていれば全て彼の手柄になるような話ばかりじゃないか?なぜわざわざ自分が悪行をしているように見せる必要があるのだ?」
ウィスキンが尋ねた。
私は椅子から立ち上がって元の席に戻って座った。
ここからの話は私がすることではない。
「おい、ブルー」
デルフィン皇子がブルー皇子を促した。だるそうにブルー皇子が立ち上げるとさっきまで私が座っていた椅子に腰かけた。
そのままぐるりと会場を見渡した。
悔しいけれど様になる。まるでもう王の風格だ。
「しっかしいくら何でも「悪皇子」ってひどくないか?」
場がしんとなった。
いや、やってたことはそう言われても仕方のないことだもの。
空気を読んだのかブルー様の耳が少しだけ赤くなったように見える。
まさかね。
あの厚顔無恥の彼がこれくらいのことで赤くなるはずはない。
「理由だよな。結論から簡潔言おう」
彼は上着を脱いですっと立ち上がった。
「暗殺されちゃうからだよ」
会場の静けさがまるで刺さるように感じた。
私はやはり私の予想通りだったと小さく頷いたのだった。




