1-10 宿命の姫 1
レイリアは祖母ユリアナと向かい合わせに馬車に乗っていた。
「レイリア、よくお聞きなさい。貴女はこれからサバトスを倒す準備を始めなければなりません。まずは魔力をもっと高めて自在に操れる訓練、そしてそれと並行し、剣の腕を磨くのです。サバトスは多くの魔物を召喚する呪術を使います。中には魔力が通用しない相手も現れるかもしれないからです。貴女ははいずれサバトスを倒す為に旅立つ事になります。時には野宿をしなければならない場面もあるでしょう。外にはどのような危険が待ち構えているか分かりませんが貴女はこの先、全て一人で解決しなければならないのです。その為には心身共に鍛えなければなりません」
レイリアはユリアナの話を黙って聞いている。何故なら口を開けば自分の考えとは真逆の言葉が口をついて出てしまうからだ。
(でも、大丈夫。お婆さまならきっと私の本当の気持ちを分かって下さっている)
レイリアはそう信じていた――
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馬車はどこまでも深い森の中を進む。
「レイリア、そろそろ私の屋敷に到着しますよ」
その言葉にレイリアは窓から外を覗いたが、どこにも屋敷は見えない。
ただ、多くの木々が生い茂っているだけである。
「何よ、屋敷なんかどこにも見えないじゃない」
レイリアはユリアナを睨み付けた。
「フフ……。レイリアにはそう見えるのね」
その時、眼前に1本の大木が現れた。馬車はそのまま真っすぐ突き進んでいく。
「ちょっ、ちょっと! 何やってるのよ! ぶつかるじゃないの!」
レイリアは慌てた。
それでも馬車は速度を落とさない。
(ぶつかる!!)
レイリアが目をギュっと瞑ったその時――
空間がグニャリと歪んだ気配を感じた。
恐る恐る目を開けると、いつの間にか馬車は門を潜り抜け、走り続けている。
やがて大きな館が見えてきた。
「あれが今私が住んでいる屋敷よ」
ユリアナは目を細めた。
「何でいきなり屋敷が現れたのよ!? 教えなさい!」
「ふう……いくら呪いのせいとは言え、随分乱暴な口調で話すようになってしまったこと。こんな調子では使用人達とうまくやっていくのは難しそうねえ。私はレイリアの心の声がちゃんと分かっているけど、他の人々には伝わらないし……」
ユリアナは困ったようにレイリアを見つめる。
「何よ、そんな事分かり切った上で私をここに連れて来たんでしょう? 今更無責任な事言われても困るわ」
口では憎々し気に話すが、レイリアは心の中で「ごめんなさい、おばあさま」と謝罪していた。
「レイリア、馬車から降りる前にこれを着なさい」
ユリアナはフード付きのロングコートを渡した。
「貴女もよく知っているでしょうけど、この国では黒髪は恐れられていますからね。これを着て髪の毛を隠すのです」
レイリアは大人しく従う事にした。ロングゴートを身に付け、フードを被るとレイリアの黒髪はすっかり隠された。
実はこの屋敷を目指す前にユリアナはレイリアの髪の色を元に戻そうと試みていたのである。けれどもやはり呪いの力の方が強いのか、いくらユリアナが魔力を注いでみても髪の毛の色を変化させることは出来なかったのだった――