1st chapter. 「召喚」
「君の予言はいつもあたるね。何か、隠してるんじゃないだろうね。」
「いえいえ、滅相もございませぬ。ただ、ただならぬ気配は感じたのでございますので、少し気にはしておりましたが。」
「いや、良い。もう下がれ。」
「はい。」
私が再び目を開いたのがいつだったかは分からない。ただ、ここには時間なんて言う概念が存在していないようにさえ思えた。今の私に『自分は死んだ』という記憶が確かに刻まれていたからだ。
今目覚めた自分はきっと天国か地獄の中に居るのだろう。そんな事を考えていた。だって死んだんだもの。ふつうはそう考えるんじゃないかな。
周りの様子はっていうと、全体的なイメージは白。白っていう事は天国かしら。地獄に白っていうイメージは間違っても出てこないし。でも、天国だって言う事も分からない。そもそも天国や地獄なんてのは人間が考え出した空想なんだって、分かっててもついつい信じてしまう自分がいる。
立ちあがって切り取られた空間のような部屋を少し歩きまわってみた。私がいる部屋。白い壁に塗られたふわふわっとした空間。私の周りには何人かの人が私と同じように倒れていて、まだ気が付いていない。顔を近づけて見ると、息をしていないのがわかる。周りの人たちは死んでいる。そういう表現が適切なんだろう。でも、私がその状況に動じる事は不思議となかった。
壁に手を当てて見る。ちゃんとっていう表現は悪いかもしれないけれど、生きているとき同様ちゃんとその間隔は手を伝わって神経を伝わって脳へと伝達されていった。感覚はある。生きているときと何ら変わりはない。『自分は死んだ』という記憶がある以外は。
「お目覚めかな?」
白い空間の中に人の気配がした。私は振り向くと、その男はにこっとほほ笑んだ後に私の方へと近づいてきた。男は年齢は私と同い年か少し上。人間でいえば悪くない顔立ち。むしろいい。だけどこの世界でそうなのかは分からない。数人が倒れていた白い空間にはいつの間にか人の姿はなく、私とその男だけが存在していた。
「驚かなくていい、君は合格者なのだから。」
「合格者?」
私はとっさに聞き返していた。でも、男はそれ以上何も話さなかった。私に向けた手で手招きをして、私が近付くと男は振り返った。ついてこい、男がそう言っているような気がした。
どれくらい歩いただろうか。普通ならとっくに運動不足の体が悲鳴をあげている頃だろう。しかし、どれだけ足を前に進めても疲労がなかった。それどころか、空腹も、渇きさえもなかった。やはり私は死んだのだな、とこの時実感した。心は驚くほど静かだった。この空間のように、真っ白だった。
「君は死んでないよ。」
それまでずっと無言で私の前を歩いていた男が、ふいに立ち止り言った。まるで私の思考を読み、それに応えたかのようなセリフ。
「・・・へ?」
私は間抜けな声で聞き返した。自分の声のあまりの間抜けさに、恥ずかしさで顔が火照るのがわかった。
「正確には、まだ死んでない、と言うべきかな。ここはあの世とこの世の狭間なんだ。ここに来た人間は本当に久しぶりだよ。『合格者』だけがここに来る事が出来るんだ。」
男は、嬉しそうにいった。あどけないその笑顔が、純粋に、素敵だと思った。こんな風に私に笑いかけてくれた人、最近いたっけ。
「・・・合格者ってどういう意味ですか?」
いつもより早く動く心臓を抑えながら質問した。少なくとも、私はそのつもりだった。しかし、胸にあてた掌にはある筈の命の鼓動が伝わってこなかった。・・・心臓が動いていなかった。
「言葉通りの意味だよ。君は選ばれたんだ。これから君に・・・生き返ってもらう。」
生き返ってもらう。確かに彼はそう言った。合格者って、そういうことか。生き返る権利が貰えるってことなんだろうか。
「あの・・・」私が、男に声をかけると同時に男はその場に立ち止まった。
「質問タイムはこれで終わり。目的地についた。」
私はこの男に何が聞きたかったんだっけ。そんな事を思いながら男が立ち止ったその先を見つめた。大きな建物。やはり、この世界への白というイメージは崩れない。その建物は白く、どこか地上のタージマハルを思い出させた。白の空間の中の、白。景色に溶け込んでしまいそうなそのたたずまいが余計神聖さを醸し出していた。
「ここの主が君に挨拶したいってさ。」
私は何を言葉にしていいか分からなくなり、その男が建物に入っていくのにそのままついて行っていた。
建物は本当に大きな建物だった。見た目よりももっと大きく感じた。その建物を支える柱は一本一本が太く、デザインの面からも美しいと感じる事が出来た。ただ、これを芸術だという判断をするほど私は美術に精通してはいないけれど。
「この建物は、タージマハルっていう建物なんだってさ。昔、一人の神様が作ったらしいんだけど、何をこのんでこんなデザインにしたんだろうね。僕は芸術とか分かんないから、美しいとかきれいっていうのは分かるんだけど、さすがにこの建物はその域を超えている気がする。」
男はいきなりしゃべりだす。なんだかその分、沈黙が続いていた2人の間にほっこりとした空気が流れた。でも、私が気になったのはそれだけではない。
「タージマハル・・・」
私はそうつぶやいた。男は私の方を振り向いて、にっこりしながら建物の説明を続ける。
「確か、地球にもこんな建物があったね。あれは勿論、模造品だよ。こっちがオリジナル。少し前の事だったかな、あれが地球に現れたのは。確か、なんとか王っていう王様が奥さんのために建てたんだっけ。その王様も君と同じ合格者だったんじゃないかな。僕がここの担当になる少し前の話だから直接は関係してないけれど、こっちがオリジナルっていうのは本当の話さ。」
「あ、はあ・・・」私は返す言葉がなかった。男はよくしゃべるようになっていったもんだ、なんて印象とても本人の前でなんて言えない。
「ほら、しゃべっているうちについたよ。ここが『管理者の部屋』だ。」
男がそう言って立ち止った男は両手で扉の取っ手を握ると、ふん、と声をあげて扉を思いっきり押した。重い扉は音を立てて開き、扉の向こうを私と男の前に見せた。
扉の向こうには結婚式なんかで使われる赤い絨毯があって、男と私、2人でバージンロードを歩いているような、そんな変な気分になっていた私は『管理者』と呼ばれる人の前に立つと一気に現実に引き戻された。
「君が、『合格者』かね?」
「はい、そのように聞いています。」
『管理者』は王座にどっしりと腰かけ、バージンロードの終着点に座っていた。他の部屋も凄く豪華な装飾で彩られていたが、『管理者の部屋』の装飾はもっとすごかった。辺り一面がキラキラ輝いていて、まぶしかった。金や銀はもちろんのこと、地球ではお目にかかれないような宝石なんかもちりばめられている、そんな空間だった。
「私はここの世界の『管理者』だよ。エイジェからきいているだろう。」
エイジェなんていう名前は聞いた事がなかったので、私は首をかしげた。でも、大体察しはつく。ここまで案内してくれた男、きっとこの人がエイジェなんだと思う。
「なんだ、自己紹介もしていないのか。まあ、そんな名前なんてどうでもいいか。この世界じゃ何の役にも立たない。今のは忘れてくれたまえ。エイジェは、『案内人』だ。」
『案内人』と呼ばれた男は、少し戸惑った後、顔を赤らめた。
「その様子だと、まだ説明していないみたいだね。まあ、いい。私から直接説明をしよう。」
『管理者』はそういうと、ゆっくりとした口調で口を開く。
「この世界は、天国でも地獄でもない。かといって死んでいるというのに一番近い場所であるのには変わりはない。一種の霊界とか閻魔さまのところとかそういった類のもののひとつ。そして、ここは宇宙に存在する。」
私は静かにその話を聞いていた。信じられない事が現実に起きているのだから、何もかもを受け入れるしかない。自分にそう言い聞かせた。
「ここに居るのは、『管理者』である私と『案内人』である彼。それから『合格者』である君の3人。『合格者』は正確にはこの後の試験によってその名称を改める事になるのが、それはまた次の話のときにでもするとしよう。『管理者』『案内人』『合格者』は3人で一つのまとまりとして考えてくれたらそれでいい。そして、『管理者』は『案内人』を通じて『合格者』を召喚するという関係に当たる。つまり、君は私によってここに召喚されたのだよ。」
ここにきてようやく信じがたい話にも表面が見えてきた。私は『管理者』によって呼ばれた事、そして、まだ、私は死んでなんかいないという事。




