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幹事長 川端朝日くんの性春コンプレックス  作者: 七篠 康晴
Chapter 1.2 純粋不純性愛同盟
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第ニ話 凸


 マッチングアプリとは何かを説明した後、サクラとは何を示す言葉なのかを、丹波ちゃんに説明する。その時点で目がぐるぐるしていた丹波ちゃんだったが、更にそのマッチングアプリのサクラというのもこの仕事においては適切な説明でないと続けると、ぷしゅー、と煙が頭から出そうになってしまった。


 どうやら彼女は、本当に擦れていない、純粋そのものの女の子らしい。


「その、さ。ちゃんとしたマッチングアプリは、今説明したとおり、本当に出会いを目的として行うんだけど」


「は、はい……」


「これってそもそもマッチングアプリを装った詐欺サイト、アプリなんだよね。ポイント課金をさせることによって、業績を上げるっていう。この会社もグレーなことやってる自覚はあるんだろうなあ、ってところでさ。その、三ヶ月に一回くらい給与明細に書いてある会社の名前が変わってんだよね」


 ビックリ仰天、周りをキョロキョロと見渡したあと、両手で口元を押さえながら、囁くように彼女は言う。


「犯罪じゃないですかぁー!」


「いや、正確に言うとそうではないんだよね。こういうアプリとかサイトを規制する法案ってのが全く整備されてないからさ、犯罪になる方が難しいっていうか……あ、丹波ちゃん法学部なんだよね。これから勉強するよ。たぶん」


 語尾に(笑)を付ける感じで言うと、彼女はどひゃーこれが社会かと言わんばかりに、驚愕と興奮が入り交じる表情をしている。


 先輩にこんな人が居ればあり得ないくらいイラつくだろうけれど、後輩になった途端に可愛くて仕方がなかった。おもろすぎる。


「で、でもグレーゾーンじゃないですか!」


「まあそれはそうだね。でも、ポイント買えって直接言ってるわけじゃないし。ただ、その人が所有してるポイントを管理者権限でゼロに下げて、その人が自主的に課金をしているだけで。未成年ぽかったら、BANするし」


「みゃ……」


 一応、業務説明という体なので、彼女に基本的な情報を説明していく。まず、こちら側の会話画面には、ユーザーのプロフィール情報のようなものが掲載されており、彼の最終アクセス時間、最終入金時間、累計課金額、保有ポイント数が見える。

 

 それとは別に、従業員によってタグ付けされた情報──例えば、何万円以上、など具体的な累計課金額を示すタグであったり、『アポ入れるな』などの雑なものもある。それらをチェックした上で、俺たちサクラは彼らの相手をするわけだ──女の子として。


 今の俺は、吉村薫(よしむらかおる)ちゃん。大学を卒業し務め始めたばかりの女の子。


 周りにろくな男がいないからおじさまに出会うためにマッチングアプリを始めた──という設定の女の子である。


 女の子のプロフィールシートというものがあり、キャラ設定マニュアルみたいなものが用意されている。


 口調、性格、職業、悩みなど。果ては車の車種やナンバーなども決まっていて、余念がない。


 長期間務めた高レベルのバイトになると、女の子の錬成を社員から依頼される場合もあるらしく、隣に座っていた歴戦の主婦が、インスタグラムからいいね数のあまり少ない女の子を持ってきて、画像を反転させた後、利用していたときは絶句した。他にも、画質を下げたり顔を隠したりさせて、サクラの女の子を生み出している。


 基本、賢い若者はすぐに詐欺サイトだと気づいていなくなるが、中年ともなると話が変わる。


 特に、独身男性が百万円以上課金をしているケースがあって、恐ろしく思う。しかし、それとは別に『化け物』たちも課金をしていた。


「いやまあ、こういう恐ろしい話なのよ。俺は一年のときの友達に紹介してもらったんだけどさー。紹介された人が四十日勤続すると、紹介した人と紹介された人の二人ともが、三万円貰える仕組みとかあるのよ。もう、人集めるのも一苦労みたいでさ。その友達は俺が四十日働いた後辞めたっぽいけどね」


「な、なんで川端さんはこのバイトしてるんですか……?」


「いや、それがさ……労働環境がいいのよ。このバイト。涼しいし、イヤホンで音楽聴いててもいいし、飲食OKだし。シフトも基本全部通るし、スカイプから指示来るから基本周りとの関わりとかもないしさ。まあ、遅刻したら罰金だけど」


「労働基準法違反……」


「まあ、仕事出てれば問題ないし、いいっしょ」


 マッチングアプリのサクラと聞いて、男塗れなのかと思っていたけれど、全くそうでもない。主婦とかも多いし、案外夢のある話のような気もする。


「で、そういう仕事なんだけど……どうする?」


「……しゃ、社会勉強なので! 一回はやってみます!」


「じゃあ、俺の使って一緒にやってみよっか。重課金の人なんだけど、キーボードタイプして送ってみて」


 パソコンもあまり使い慣れていないのか、人差し指だけでタイピングをしていて、遅い。ただそれをバカにする気には全くならなくて、大学の環境の中で、ノートとペンというアナログ環境を続行し勉強をしている履修生は、とても真面目だと尊敬していた。


「あ、必ず終わりは質問形式にしてね。うんうん。そうそう。いや、上手いな文」


「あ、ありがとうございま……す?」


 丹波ちゃんが満を持して、エンターキーを押す。


「うん。全然大丈夫そう。こういう流れになるかな」


「は、はい……」


 俯きがちな彼女の表情は、どんどん暗くなっていく。


「その、私、ハッキリ言って世間を知らないんです」


「……マッチングアプリのサクラの存在は、知らなくてもいいと思うけど」


「いや、私それ以外にも本当に知らないことばかりで、子どもなんです。守られてきてばかりで、皆みたいにしっかりしてないんですよ。大学入ってみて、ビックリしました。みんな自分たちの力で動いて、私みたいに立ち止まらないで……。川端さんも、スマートに私のこと助けてくれましたし。私が川端さんの立場になったとき、新入生に同じ事をしてあげられる自信がありません」


 それとなく、高校はどこだったかを聞いてみる。

 地方のちょっぴり有名な、ド級のお嬢様学校の名前が飛んで出てきた。


 わ、わお……。


「……いやまあ、みんな同じだよ。丹波ちゃん。その丹波ちゃんが負い目を感じちゃう人たちも、それこそ俺も。大学生って、多分、曖昧なんだ。世間的には大人になれるはずの年齢なのに、大学生っていうレッテルが先行してバカにされる人たち。大丈夫だよ。四年間もあるんだから、沢山勉強できるさ」


「……ほんとうですか? 大学って良い場所ですか?」


「うん。一年通った俺が言うから、間違いない。本当に良い場所だよ。それに、さ。丹波ちゃんは外と自分を比べて苦しんでるけれど、必ずしも外の方が正しくて、丹波ちゃんの方が世間知らずだからダメだー、なんてことはないと思うんだよね」


 よっぽど、綺麗な道を歩けていると思うし、そういう人が、裏表のない優しさを向けられる人だと思う。俺は、周囲の言葉を受けて、そんな純粋に、自責の念に苛まれることはできない気がする。


「川端さん……私、頑張りますね!」


 俺にはできない、純真無垢な笑顔で、彼女は笑った。


 新たなテキストが送信されてくる。


 ほっと一息吐いたのも束の間、『見て』としか言わない文面が来て、嫌な予感がした。ユーザー名を確認し、遅れて気づいて驚愕する。何故、前任者はこいつのタグ付けをやっておかなかったのか。



「み゛ゃっ……?」



 いきなり、男性の局部の写真が送られてきた。


 続けて、全裸で公衆トイレに顔を突っ込んでいる写真。全裸でチャリを漕いでいる写真。最後に、全裸で局部に紐を付けて、やかんをぶら下げている写真が送られてくる。


 丹波茉美耶は、泣き出した。


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