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幹事長 川端朝日くんの性春コンプレックス  作者: 七篠 康晴
Chapter 1.6 黄金になる方法

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第二話 玉石混淆



 大学から、近くで最も発展している駅の方まで、二十分と少し、歩いて掛かる。地下鉄を使って行くこともできるが、やっぱり、歩いて行くことが多かった。

 夜風の気持ちいい季節があと少しで終わる。


「ここ辺りは、結構歩く?」


「うん。近くに住んでいるのもあるけれど、こっちの方に古本屋とかが多くあるから。何か良い本がないかは、探しにいったりする」


「最近の収穫は?」


「モチベーションの心理学。新書」


「その本を読むモチベーションの心理学がまず必要そう」


 鹿崎は、いったい自分に何を見せようというのだろう。

 そういえばこうやって、月葉も自分を連れ出すことが多かった。それはかつて通った小学校への不法侵入であったり、狙いのカプセルが取れそうになっているガチャガチャだったり、様々だった。


 こういうことをするのも悪くはないと、そう思っている自分は、過去から来ている。ここまで来たなら、全て乗っかっていってやろうと、覚悟を決めた。




 最初に彼女に連れられてきたのは、俺たちと同じくらいの若さの店員がいきいきと動く、居酒屋だった。店舗入り口の階段には、壁一面に木札が掛けられており、そこにはさまざまなサークルの名前が書かれている。


「……鹿崎、これなんだ?」


「あー、これ? なんか、サークルのホーム認定すると、この札掛けてもらえて、安くなったりすんのかな? 覚えてないや」


「とにかく、近場の大学生とかに人気なんだな」


「うん。飲み放題二時間千五百円。安い」


 入り口に掛けられたタブレット端末に、年齢確認の画面が表示されている。二十歳以上であることを問うそれにはいを押した後、席に案内される。


「ま、とにかく、アホみたいに飲めるわけ。ここは」


 壁一面に、漫画の単行本の表紙とそれぞれの名シーンが貼られていた。版権もクソもない。なんだったら、読んだことのない漫画の名シーンをミーム的に消費されて、ネタバレを大量に踏んだ。


「ま、安いだけあって薄いし、ここでなるたけ飲もうや」


 どうしよう、もう帰りたい。




 何故か知らないが、髪を染めた店員がコールとともに一気飲みをしている。まばらな拍手が響く間、空気の読めない──五月蠅い隣のテーブルの男の叫び声が、反響した。


「鹿崎、お前飲み過ぎじゃね……?」

「いや、トイレ行けばいいから。大丈夫」


 俺が一杯を飲み終わる間、彼女は三杯飲んでいる。バーベキューのときは後輩である丹波ちゃんや堀江を始めとする同期がいたし、いきなり腕立て伏せを始める程度には酔っていたとはいえ、意識を保っていた。しかし、今俺と一緒にいるのはただの浪人女なので、理性が働かない。


「ちょ、俺も一回トイレしてくるわ……」

「あ、吐くの?」

「いや、吐きたいわけじゃない」


 トイレに駆け込み、ズボンを下ろして、便座に腰掛ける。

 小さな個室の壁面、天井の全てに、今度はグラビアアイドルのポスターが貼られていた。中にはAV女優も混ざっている。


「なんだ? ここ……」


 据わった目で一枚一枚を凝視していると、俺のお気に入りのAVのパッケージがロゴ抜きで貼られていた。


 トイレがしにくくなるので、やめてほしかった。この閉ざされた空間の中で、女性の双眼が全方位から向けられていて、居心地が悪い。

 鹿崎は一体、何を待っている?





 ラストオーダーでもう一杯酒を飲んだ後、少しふらつきながら会計を済ませ、顔を赤らめているだけで済ませている鹿崎と外に出た。繁華街の光がチカチカして、頭が痛い。吐き気はないけれど、確実に気分は悪かった。


「何奴、煙草吸った方がいいんじゃない?」


「だからその名前で呼ぶなって……俺、大学周りにいることが多いから、こっち側意外と来ないんだよ。まあ、駅前に喫煙所があるのは知ってるけどさ」


「君は夜、あそこにいったことある?」


「ない」


「じゃあ、そこで軽く二次会しよ」


 駅前に出た後、横断歩道を渡っていく。

 屋外であるのにもかかわらず、煙の匂いが酷くした。コンクリートに投げ捨てられた吸い殻、空き缶のゴミが無数に転がり、仕事帰りのサラリーマンが、口に煙草を咥えながらその広場へ駆け込んでいく。


「ここ。二十二時くらいが一番出来上がってるからさー。ここに来たかった」


「……はあ、ロータリー?」


 そこは、駅前ロータリー広場と呼ばれる場所だった。ロータリーと言われてはいるものの、その実、広場の方が本体である。普通駅前のロータリーというのは、交通渋滞を緩和し、人々が乗り降りをする場所であるが、楕円形のその空間は、柵で道路と仕切られていて孤島のようになっており、そういった活用ができない。


 まるで社交パーティーの会場かのように、立ち話をする人々で群島が出来上がっていた。柵に沿って作られたいくつかのパイプ柵は湾曲していて、誰かが腰掛けるために生まれたとしか思えない。そこでサラリーマンと学生が入り交じって、煙草を吸っていた。


「なんだ、ここ」


 あっけに取られて突っ立っていると、どこかへ消えていた鹿崎が俺の背をキックした。


「ほい、お酒」


「あ、ありがと……」


 彼女から手渡された缶は冷たかった。近くのコンビニまで買いに行っていたようで、よく見ればロータリーから出てった人たちが、酒を買いに向こうまで渡って行っている。


「えー! ちょっとぉ! レイカじゃん久しぶり! 秋学期以来!?」

「うっそぉ! 久しぶり!」


 顔を赤らめた女の子二人が、いきなり同窓会を始めている。


「今シーズンのー! 福岡ソフトバンクホークスの健闘を祈ってー!」


「いざゆけ! 無敵の若鷹軍団! 我ら~ 我らの~」


 安いコンビニのワインを一気飲みしながら、野球チームの応援をしている。


 ゲラゲラと笑う鹿崎とともにそれを観察していると、緑色のタンクトップを着た長髪の男が、いきなりこちらに突っ込んできた。


「うぇええええええええええええええええええええええあああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」


 イナバウアーのようなポーズを取りながら、いきなりこちらに叫んでくる。


「うぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」


 ノータイムで叫び返した。ビックリした顔の彼は、そのまま自分のいたグループまで戻っていく。


「あいつ、鹿崎の友達か?」

「え……いや、知らない人。普通に川端の友達だと思ったんだけど」

「や、全然知らないやつなんだけど……」


 さっきのやつはなんだったんだ、というなんとも言いがたい空気が、俺と鹿崎の間に流れる。


「よく叫び返せるなあ……」


 ぐび、と一口缶の中身を飲む。鹿崎のチョイスしたコークハイの炭酸が鼻を抜けていった。



 酔っ払って、缶の中身が空になったことに気づいた女の子が缶を下手投げし、それがボウリングの球のように滑っていった。

 ポイ捨て厳禁の垂れ幕の前で、吸い殻を投げ捨てた奴がいる。

 いきなりゲロを柵際で吐いている男がいた。

 手のひらよりも大きいネズミが巣穴から這い出てきて、そのゲロを家族みんなで頬張っている。

 汚い、無秩序な空間である。

 かと思えば、ゴミ袋を持って、トングを使いそれを拾っている大学生がいた。



「あの人たちは誰か知ってるか?」


「あー、なんか、ここの広場を綺麗にしようっていうボランティアサークルの人たち。や、綺麗にしようっていうか、皆で使えるようにしようみたいな? なんかマスコットキャラクターの鳩がストゼロ握ってて、足が煙草でできてたはず」


「……なる、ほど?」


 酒を呷った。場の雰囲気に飲まれて、煙草の火を点ける。一応、目の前でゴミ拾いしている人がいる手前、少しの申し訳なさがあって、携帯灰皿を見せつけるようにぶら下げた。

「なんか、思ったこととかある?」


 いざゆけ若鷹軍団のうちの一人が、力尽きて、床で寝始めている。


「……」


 広場には多くの人が出入りしていて、広場で酒を飲む人、煙草を吸う人、仕切りのある喫煙スペースの中できちんと吸う人、様々だった。

 新たに、ギターケースを背負った女性が、今また、広場に足を踏み入れる。


「……あれ、宵原じゃん」

「あ、ほんとだ。せっかくだし呼ぼうよ」


 宵原の方に駆け寄った鹿崎が挨拶をして、右手の親指を立て、鹿崎の後ろにいる俺を指差す。イヤホンを外した彼女は、こちらに手を振った後、やってきた。


「わ、朝日くんじゃん。何してんの」


「俺にもわからん。そっちは?」


「駅近のスタジオで練習した後、煙草吸いにきた。あ、りんちゃん。一本貰ってもいい? 後で返すから、お金」


「奢りでいいよん」


 プシュ、と缶を開けた彼女が、ゴク、と酒を喉に流し込んでいく。


「なあ。宵原は、ここの空間について知ってるか?」


「ん、知ってるよ。軽音サークルの飲み会の後とかで、行く人多かったし。ここさ、金のない大学生が二次会をちょっとやるのに、うってつけの場所なんだよね。あそこにさ、地下鉄に行くためのエレベーターがあるじゃん。そこから、トイレにも行けるし、喫煙もできるし、酒飲んでても怒られないから」

「それでいいのか? なんか、罰金とか」


「……柵の向こう側見える? あそこあそこ」


 宵原が指差した方を見ると、そこには警官が二人、立っていた。


「駅前交番所があるんだけど、誰もお咎めなしなんだよね。この空間でやってる分にはさ、何故か見逃されている」


「へー……」


 別のグループのうちの一人が、宵原に手を振っていた。それに笑顔で手を振り返した彼女は、もう一度、鹿崎から貰った酒を呷る。


「……知り合いか?」


「うん。知ってる人多いよ。例えば、今あそこで野球の応援歌歌ってる人たちとか。新歓で顔出したんだけど、あそこ、洋楽中心の軽音サークルなんだよね。めっちゃおしゃれな曲とか弾くし、部室ではドストエフスキーが流行ってるらしいよ」


「えぇ……それであの騒ぎようなのか」


 盛り上がりが極地に達した彼らは、何故か白いスニーカーを掲げ、ライターでそれを炙っている。黒い焦げが付いたのを見て、大喜びしていた。


「うん。洋楽サークルなんだけど、サークルで継がれている飲み会のコールは嵐と三代目Jソウルブラザーズだけなんだってさ」


「なる……ほど」


「あと、なんか一回話したことあるから知ってるけど、あそこにいる集団は起業家養成コースの人たち、かな」


「あ、そうそう! ちょっと宵原ちゃんとさ、川端、ここ立ってよ!」


 鹿崎に誘導され、広場のある地点に立つ。四車線ほどの広さがある道路が通り、両脇にビルが建ち並んでいるパチンコ屋の看板を、彼女は指差した。


「見て、チンコ。ビルの影のせいで消えてんの」


 ……彼女は小学生レベルの大発見を嬉しげに報告した。しかし、こんなくだらないことをしている彼女は、俺と同じく浪人をした果てに、確かな努力をして、大学にやってきた人間であるということである。


「……ふふふ、あははははははは! いきなり何言うのかと思えば……確かに知らなかったわ。これ」

「そーそ」


 宵原と鹿崎が笑い合っていた。

 サラリーマンの群れが学生と同じように混ざり、飲酒している。

 すぐ近くのパイプ柵に座るイヤホンをつけた外国人の男性が、なにやら嬉しそうな顔をしてスマホに語りかけていた。母国語のそれで、昼である向こうに叫び、家族と繋がろうとしている。

 彼の零れた笑みが、くだらない泥酔者の叫び声が、夜の東京に揺蕩う紫煙が、空き缶を拾い上げるトングが、ひしめき合っている。



 なんて愚かな、駆け抜けるような夜と春。



 大学には、この場所には、いろんな奴がいる。


 経済的に困窮しているけれど、奨学金を借りてなんとかやってきた人や、毎月親から数万円お小遣いを貰っている裕福な家庭の人がいる。生まれも育ちも東京の人がいれば、地方や海外からやってきている人もいる。自分のやりたい勉強を最初から決めて、将来する研究のことを考えながらやってきた人もいるし、とりあえず大学に入りたいからとやってきた人もいる。学力によって入学の可否が決まる中で、卓越したスポーツ技能によってやってくる人もいた。


「え……朝日くん、泣いてるの?」

「へ? 川端?」


 初めて選ぶことを覚えたのは、二時間目と三時間目の間の業間休みに、ドッチボールか鬼ごっこをすることを決めたときだろうか。図書室に行って本を借りるときにしたときか、定規戦争をしたときだろうか。

 自由時間(モラトリアム)には、その人の趣向が出る。

 

 ここはきっと、玉石混淆の宝石箱なのだ。宝石も小石も全て誰かにとっての黄金になる、全てが入り乱れた宝石箱。俺たちはその宝石箱に時に目を凝らし、時に目を閉じて手を突っ込み、何かを取りだそうとする。


 俺たちはくだらない生き物だから、やらなきゃいけないことに対するねむねむぺこぺこばかりに目がいってしまうけれど、黄金を見つけ出せるよう、すくい取れるよう、願い続けている。その時間を誰がバカにできるのだろうか。


 過去という鉱脈から、俺たちは黄金を取り出していく。それは向き合うことによって採掘され、精錬され、腐らず、残り続けていく。時にクズ同然の扱いをされ、時に宝物となり、幾度も形を変えて、俺たちの近くに立ち続けている。それをどう取り扱うかで、どんな眼差しを投げかけるかで、その黄金の意味は簡単に変わるし、変えられる。しかしそれそのものが、その性質が変わることはない。でも、それが黄金だと信じることができれば、それは黄金になり得る。そうすれば、紙切れ一枚に揺らぐこともないし、恐れることもなくなるだろう。



 (『だって、誰かにバカにされるようなことでも、くだらないと思われるようなことでも、私はその意味を肯定できるから』)



 なあ、月葉。

 君が大学に入ったらきっと、全力でくだらないことをしただろう。


 スポーツをしたいと言って、チャンバラサークルなんかに入ったかもしれない。アウトドアなサークルに入りたいといって、たわし散歩サークルに入ったかもしれない。言語を勉強したいと言って、エスペラント語みたいな人工言語を勉強したかもしれない。


 君はきっと、そんなことをした気がする。黄金になる君は、誰の軸にも囚われないで、その輝きを秘め続けるのだ。



 過去だけが、俺たちを待っている。

 この時間を、取り返しの付かない過去にしよう。

 その上に立つ俺たちは、きっと綺麗だ。



「……大丈夫?」


 宵原が俺の顔を覗き込んでいた。総選挙で泣くアイドルのように、人差し指で涙をすくう。アンブレラカラーの彼女の頭髪の白が、白金に見えた。


「……あ?」


 近くにいた緑のタンクトップ野郎、焦げたスニーカーを履く眼鏡、空き缶でボウリングを開催していた女、全員が何故か俺の元に駆け寄って、背中を叩き始めた。

 耳元に顔を近づけたタンクトップが、俺に囁く。


「や、振られる気持ちの辛さは知ってるからさ。おつかれ」


 この空間なら、俺たちは自由だ。

 


「別に振られたわけじゃねえよ! バカヤロー!」



 天地がひっくり返るくらいの声で、叫んでみる。

 驚いたタンクトップ野郎から、酒をぶっかけられてワイシャツが濡れた。



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