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幹事長 川端朝日くんの性春コンプレックス  作者: 七篠 康晴
Chapter 1.6 黄金になる方法

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第一話 黄金になる方法


 自分だけの意味に納得する方法を、黄金になる方法を、ずっと、探し求めている。雀野がくれた本に触発され、記したノート。その、学生研究会が抱いた不安、そこから見出したもの──意味については、空欄になっている。


 月葉はここに、いったい何を期待して、追いかけたんだろう。


 仮初めの意味に縋って、この時間を生きることはできる。

 例えば、社会に出て大人になる前に、目一杯遊んだということであるだろうし。勉学に努め名目貨幣としての自分を高めることによって、未来を買ったと捉えることもできる。


 今、自分が賢そうなふりをして、生きることはしたくなかった。

 月葉さえいれば、俺のことを簡単に論破してみせただろう。今、彼女にいてほしいという思いが、どんどん強くなっていく。彼女を恋しく思う心が、記憶の引き出しを目一杯に開けて、自分に過去(かのじょ)と向き合うように言う。




 燦々と太陽が輝き、無秩序に草木が生い茂った辺りを、チャリで突っ切る。いつもの堤防のところまでやってきて、うだるような暑い夏に、俺と月葉は話していた。


「なあ、月葉。俺、今が楽しいよ。だから、この時間がなくなってほしくないって思うんだ」


「何言ってるのよ、朝日。私たちまだまだ若いのよ? これからの人生、楽しいことだって沢山ある」


 普通のカップルだったら、適当な惚気で終わるところを、俺の女神は逃がしてくれない。


「でも……世の中、嫌なことばかりじゃないか」


「SNSのことを世の中というのはやめなさい。そういうネガティブな情報の方が氾濫しやすいし、あんなところで話している連中のただの一人もまともな奴はいないわよ」


 強烈な偏見を彼女は語った。でも、ある種正しいと思う。俺も、あんな場所に時間を費やしている人にはなりたくなかったし、ページビュウを稼ぐためだけに紡がれる攻撃的な言葉に、毒されたくなかった。


「まあ、周りの大人たちはみーんな言うものね。高校が最後の青春だ、とか、大学が人生で一番楽しかった、とか、あの頃に戻りたい、とか」


「そう。だから、俺たちも今を──」


 いきなり彼女が平手打ちをする。パチン、という音が鳴って、やべ、思い切り叩きすぎたと彼女が口を開けていた。


「いきなりなんだよ」


「まず、一つ。そんなことを言っている連中は、青春に囚われた亡者よ。青春以外に何かを楽しくすることもできない連中だから、そう燻って、年齢という権威に笠を着て私たちに講釈をする子ども」


「……でも、大人じゃないか。社会も世間も知ってる」


「違うよ。じゃあ、私が答えを教えてあげる。朝日。今に意味を与えることなんてできないでしょう。私たちには、過去しかない。未来は期待でしかなくて、存在しない」


「……」


 かがんでいた彼女が、スカートを押さえながら立ち上がった。


「でも、分かるのよ。未来ばかり見ていたいもの。私たちは。でも、私たちは過去を見なきゃいけない。今の私を作っているのは、未来でも今でもなく、過去だから。もちろん、過去にあったことを思い出したり、それに向き合うってのは辛いこと。でも、私たちは考えて考えて、過去から続く自分の現在地を見つけなきゃいけない。私たちが見るべきは、明日でも今日でもなく、昨日なの」


 月葉。俺は、(かこ)に向き合うことにする。でもそれは君の言うとおり、とても辛くて、苦しくて、目を背けたいと思ってしまうことだった。


 こんなことを俺に教えてくれた貴女は、何故、消え去ってしまったのだろう?





 金曜日の夕刻、翌日の休みに浮かれて遊ぶ気満々の、大学生たちの喧噪が家まで聞こえてきていた。


「……俺が今見ているのは過去だ。大学生というものに意味があるのかという問いは、過去からの言葉なんだ……いなくなってしまった月葉が、あのとき思っていたこと。それを知ることが、俺に必要なことで……」


 思い出を引きずり出した。呪いに体を蝕まれてでも、知りたい今があると願った。布団の上に大の字で寝転がりながら、天井を見上げている。自炊、洗濯、掃除、ゴミ捨て──やらなければいけない家事の数々が頭に過って、家族を恋しく思った。父さんと母さんは元気だろうか。きっと、妹がそろそろ受験だから、ピリピリした雰囲気が家庭を包んでいることだろう。


 過去を思えば思うほどに、郷愁の念が湧き上がってくる。岐阜にいた当時と今では、向ける眼差しの質が違っていた。


「部室、行くか」


 昨日の雀野とのやり取りを思い出す。きっと他人というのは、反射なんだ。自分の姿を確かめるために必要な存在。湖畔の揺れる水面のように朧気なときもあれば、ショッピングウィンドウにふと映った全身姿でもあるだろう。鏡と全力で向き合いながら、自分の姿を凝視し、皺のひとつひとつを確かめることさえもできる。



 洗面所で顔と頭を濡らした後、髪型を整えて、家を出る。スマホと財布だけ持って、俺は学生会館S棟へと向かった。404号室の窓から、光は漏れ出ていない。誰もいないのかと思って、学生証をカードキーとして翳してみると、ロックがかかった。電気が消えているだけで、開いていたらしい。


「うん……?」


 ドアを開けて、中を覗き込んでみると、そこには椅子を三つ繋げて、即席のベッドを作っている女がいた。鞄を枕代わりにし、途中まで漫画を読んでいたのか、それを開いたまま、顔の上に載せている。


「鹿崎……こいつ、マジで」


 彼女のことは、同じ苦しみを知っている同士として受け入れていた。しかし、部室に来てすることといえば、酔っ払いの仮眠ばかりで、苦々しくも思う。


 この前、ある別のサークルが、本来禁止されているのにもかかわらず部室で飲酒し、泥酔して、廊下にあるカラーコーンを逆さまにして嘔吐したという話を聞いた。その階のトイレに流し処分すれば良いものの、正常な思考力を失っていたのか、外に出ようとエレベーターに乗り、職員に見つかって活動停止処分を受けたらしい。


 しかし、何故大学が俺たちがキャンパスで飲酒することを禁じる権利があるのだろう。彼女は部室では飲まないし、仮眠を取るくらいだったらいいかとも思っていた。


「おーい、鹿崎、起きてるのか?」


「…………うん? ああ、川端くんおはよお」


「お前……今日の必修出たのか?」


「出てない。寝てた」


「おいおい、流石にやばいだろ。確か同じ講義取ってたよな? レジュメとかなら揃えてるから、今度やるよ。頑張れってお前」


「ふええ、やさし……沁みるわ。ありがと」


 むくりと起き上がった鹿崎が、崩れた髪型も気にせず、ぽりぽりと後頭部を書いている。胡座をかき、胸が強調される前屈みの姿勢をあえて見ないようにした。


「まあ、金曜日だからさあ。飲んでたのよ。花金っていうし」


「それは仕事終わりとか大学終わりに行くから花金なんだよ。昼から飲んでどうする」


「う……頭痛っ……や、そんな今日は飲んでない。昨日、バ先でアホみたいに飲んだだけで」


「どこで働いてんのよ」


「駅前のバー。気に入られちゃって、めっさ飲んだ」


「おいおい……」


 あー、と言いながら体を伸ばした鹿崎は、すっきりしたー、と目をぱちくりと動かす。


「他の連中はどうした?」


「堀江くんと丹波ちゃんは勉強。雀野はバイトで、瑞規ちゃんは勉強とギター。動いてないのは可処分時間の多い君と、ほぼ何もしてない私」


「今中間期間だもんな。なんか、もう受けたのあるか?」


「うん。一つ。でも、酔っ払ってるのバレて教授に追い出された。最速落単で横転」


「嘘だろ……」


 いるとは聞いていたが、実際にこういう生き物を目の前にしてみると、驚愕する。恐ろしいったらありゃしない。


「……悩んでるみたいね、若人」


「そりゃあんたからしたらそうだけど」


「詰まってるみたいじゃん? 寝ながら話聞いてたりしても、やっぱりなかなか進んでないらしいし」

「そうなんだ。色々考えてはいるんだけれど……」


「何に悩んでるの?」


「……この前した話があるじゃないか。自分にとっての、黄金を探しているっていう話。いや、もう自分だけの黄金じゃないんだろう。俺たちが過ごす空虚な時間を黄金たらしめる方法。それを探している」

「それは、若さではなくて?」


「違う。若さっていうのも、学歴と同じ名目貨幣だよ。それは、スタート地点で渡されたお金みたいなものなんだ。俺たちは、若さを失っていく代わりに、何かを得なければいけない道を歩かされている」


「……なるほどねえ。言わんとすることは、すごく分かるかな。私は、それを余分に多く使って、学歴を得たから」


「そうだ。でも、学歴なんていうのは、入学と卒業に紐付けられた存在でしかなくて、その内実を極めて誠実に保証するような、ものじゃない。信用で成り立ったものでしかなくて、黄金じゃないんだ」


「私みたいな生活してるやつ、学歴とか以前にダメだからねー」


「そういうことだろう」


「ちっ……少しは慰めなさいよツイ廃野郎が」


「あんたのこと慰めてる奴は全員ヤリモクですよ。酒臭すぎるってお前」


「だる。ガクチカとヤリモクって何が違うかも説明できないくせに……」


 なかなかのパワーワードを放った鹿崎は、ため息を吐きながら、俺の方をじっと見ている。


「別に、若いうちに暴れられたから、それでスッキリして大人になったってのでも、いいんじゃない? 君、もっと暴れればいいのに」


「十分暴れてるよ」


「秩序の中で騒ぐことを、暴れるというんだね。もっと、動物に、野蛮になりなさいよ」


「それを切り捨てる方法も、俺は探しているよ」


「…………」


 彼女は顎に手を当てながら、天を見上げて、何かを考え込んでいる。


「君は、理性の生き物なんだね。それに、暇と言葉が有り余ってるから、追求することしかできない。ただ、君さ。もっと、私たちみたいな人種に目を向けてみた?」


「……というと?」


「なんやかんや言っても、君も瑞規ちゃんも、堀江くんも丹波ちゃんも雀野ちゃんも、皆頭が良いし、意味のある時間を過ごせているのよ。自分の過ごした時間に、その場で判断を下すことができてる。だからこそ君は時間に悩むし、時間が分からなくなる。考えない世界っていうのも、あることを知ってほしいな」


 鹿崎がちらっと時計を見上げる。時刻は、十九時くらいになっていた。


「まだ出来上がるまで三時間くらいかかるかなー。よし。そしたら行こう」


「どこへ?」


「黙って、ついてきて」


 有無を言わさぬ態度を鹿崎から感じた。

 たまには、流されてみるのもいいかもしれない。そう考えて、彼女に連れられた俺は部室を出た。




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