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幹事長 川端朝日くんの性春コンプレックス  作者: 七篠 康晴
Chapter 1.5 透けて視せて

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第四話 透けて視せて



「なんでこんな風になるかなあ。さっきの別れ方、完璧だったでしょ」

「欲が出たからだろ、あんたの」


 わざわざ表に出てきてやったというのに、雀野は開口一番そう言った。きっと彼女も、俺と同じように何かを考えていて、その話で悶々とし、俺のストーカーのような真似に出たのだろう。


「そこらでも散歩しようや。意外と大学近くってのも、いつも使ってる場所を除いて知らないところだらけなんだぜ」


「貴方、きっと年食ったら明け方に動き出す謎の徘徊老人になるわよ」


「いいじゃないか、体に良さそうで」


「喜ばれるとは思わなかったわ」


 大股にゆっくりと、行く先もなく歩いていく。


「えー、こんなところに酒屋とかあったのね。さっきは見たことないカフェあったし……」


「そ、大学とコラボした酒売ってる」


「なんでもあるのねえ」


 こういう、意味のない時間が好きだった。


「……ありがとうな、さっき。早速、読んだわあれ」


「……そ」


 目を細めて、彼女が舌を出す。そのわざとらしい仕草に、心臓が跳ねた。俺はきっと、こういうのに弱い。


 そういえば月葉も、こんな仕草をしていただろうか。


「どうだった? 参考になった?」


「ああ。だいぶ。ただ、比較対象としての本が出てきたことによって、自分のやりたいことがこの本がやっているようなこととは全く違うことだということに気づくことができた」


「……それは、どういうこと?」


「分からないを分かった、みたいな、そういうところ。深めるべきというか、自分が本当にどう思っているのかを探る道が見えた、みたいな」


「……ちょくちょく、貴方のことが分からなくなるわ。似ている、なんて言っちゃったけど、今の貴方みたいなこと、私には言えないもの」


「んー、まあ、やっぱ似て非なる人物だよなあ。君と俺は」


「……その、さ。そこなのよ。私が、気にしてるのって」


 少し俯いて、雀野は立ち止まった。


「私が貴方と似ているところが一つあるとするならね? きっと、自分が大好きなところだと思うの。貴方が堀江くんや丹波ちゃん、瑞規ちゃんを惹きつけるのって、貴方に揺るぎない軸があるから。瑞規ちゃんもそれがあるとは思うんだど、不安定だし、堀江くんは自分のそれを探している。丹波ちゃんは……まあ割愛するけどね。貴方、いろいろ思い悩んで疲れてるだろうけれど、ブレなさすぎなのよ」


「……まあ、確かにそうかもしれない。正直、分からんけど」


「そういう曖昧にするためだけの但し書き、やめなさい。貴方、分かってるでしょうに。私もそうだから分かるんだけどさー。貴方の悩みっていうのは結局、自分のことを知りたいっていう欲求から来ているのよ。で、私にもその欲求がある。だから、貴方は私を測ることによって自分を知るし、私は貴方を測ることによって、自分を知ろうとしている」


 真摯な声色で、彼女は語った。透き通るようなその声が、酷く美しくて、その声で俺を鋭く否定してほしいと思った。君が君の姿を知るためだけに、どうか俺を踏みにじって、ナイフで胸を刺してほしい。



「……その、さ。だから、私と貴方で、お互い自分が好きすぎて傷つかないであろう私たちで、殺し合おう? 貴方は変人だから、きっとしてくれると思って」



「是非やろう。それはとても楽しそうだ」



 知らぬ間に、口角が吊り上がる。

 こういう時間が、俺は一番大好きだった。



「じゃ、私のこと、どう思ってる?」


「バイトをするのも良いと思うが、主体性がないと思う。バイトをしたということに囚われすぎて、君の物語がない」


「うわっ、グサッときた……」


 彼女がわざとらしく胸を手で押さえた。彼女は笑みを浮かべていて、くらくらしている。


「じゃ、お返し。私は貴方のこと、典型的な逆張り野郎(コントラリアン)だと思っているわ。認識を語るだけで行動に移さず、結果を保留することによって評価を下されないようにしている」



「うっわエッグ! ぞわっとした! ヤバい! マジで言うとおりなんだよね。それ本当に分かる」


 恍惚とした表情を浮かべて、悶えてしまう。


「やっぱり、自分好きだから耐えられるよね。私も貴方も」


「え、うん。というかなんか、嬉しくなっちゃうな、それ分かった上で雀野が俺とこうやって時間を過ごしてくれるのかと思うと、友達っていいなって、感動する」


「まあね♪ 貴方は私が可愛いから付き合ってるだけのクズでしょうけど♪」


 恋愛(セックス)脳の奴らと同じように扱われたことによって、苛立つ。


「なわけないだろ。なんていうか、君と居ると空気が美味いんだよな。さっきは主体性がないとか言っちゃったけれど、君ほどいろんな他者に関わっている人間も少ないと思う。周囲のことを窺う能力が、極めて高い。どこでも、相手に合わせてコミュニケーションの最適解が分かっているから、ツボを押すのが上手いというか……」


「へ?」


 固まった雀野が、ぎぎぎ、と油の差していないロボットのように動いている。


「例えば、この前のバーベキューのときとかあったじゃないか。あのとき、俺がいきなり腕立て伏せし始めたことに関して、皆で笑う空気を作ってくれたのは君だろ」


「い、いや、それは堀江君のおかげじゃない?」


「いや全然違う。や、もちろん堀江のおかげでもあるんだが、俺と堀江だけだったら、『こいつこういうところあるんだよねw』的なハイパー(ホモソ)ムーブになってしまうじゃないか。ただ、君が真っ先に笑ってくれたおかげで、そういう笑っていい空気になった。君は、対立を避けるのが上手いどころか、空気を美味しくする方法を知ってるんだよね」


「え、そんなこと考えてないって、だから、笑ったのは単純に貴方が面白かったからで……」


「他にもあるぞ? 例えば、初めて部室に来たときだって、先に宵原と二人組を作ってから入ってきてたじゃないか。あれって、ウチのサークルがやばサークルだったときに機転を効かして逃げることができるようにしているわけだし、細かいところでテクニックが光ってるんだよ。で、上手くいったときも新歓のアウェー感を減らしながら楽しんでるわけだし。つかなんだったらお前桃鉄で途中盛り上げ目的のエンタメしてたよな? だからなんだろうな、さっきは普通に酷いこと言っちゃったけど、正直大前提として凄いなと思うところがあるから言えるというか……」


「や、やめなさいって」


「なんかさあ。君の自己否定を補強するためにさっきの話されたみたいで気分悪いんだが。俺、部室にいる皆のこと普通に大好きだし、君のその、精神自傷に付き合うのもまあいいんだけどさ。その、自分のこと大好きだから大丈夫理論あったじゃん、さっきの。今君のおかげで気づかされたんだけどさ、俺、みんなのこと大好きな自分も大好きなんだよね。だから、なんか雀野に目の前で卑下ムーブされるとガチで気分悪い。否定を否定させていただく」


「え……」


「また分かってないじゃないか」


 きょとんとした顔をしている雀野の瞳を覗き込みながら言う。



「やっぱり、君と俺は違う」

「ちょっと、本当に、恥ずかしいからやめて……」

「分かった」



 振り返って、歩みを進める。俺は家が近いから構わないが、雀野のことを考えれば、適当なところで切り上げるべきだろう。

 横断歩道を渡る手前、袖を引かれる。



「……その、さ。どうせ貴方も過去に色々あったんでしょうけど、私も同じように、いろいろあったわけ。私、貴方のことが分かってきた。きっと、私が私の過去を話したら、私は貴方に見透かされてしまうから、話せない。けれど、その、さっきのは、ごめんなさい。それだけ」

「……いいよ。これからも、楽しくやろうな」







 全てを見透かして、私のことを迎えにきてほしいという願望がある。


 ハッキリ言おう。私は努力家だ。でも、自分ではそう言わない。

 率直に述べよう。私は空気が読める。でも、それすらも悟らせない。

 傲慢に語ろう。私は自分の欠点や矛盾だって分かっている。

 本音を話そう。私は天邪鬼だから、その仕事ぶりを周囲に見せない。


 私が意図的にやっていることの全てを、周囲に悟らせないことが、私の美学なのだ。でも、私の頑張りに気づいてほしいし、天邪鬼なところも含めて私を愛してほしいし、私の上に立って、私の全てを理解してよって。


 だから、私のことを、栄楽ちゃんは大人びているねとだけ言って、褒めてくれない大人たちのことは嫌いだった。それでも頑張ろうって思って、褒めてほしいと思って、なんとか頑張ってみるけれど。


「いやー、雀野さん飲み込み早いね!」

「雀野さん、経験者だけあって動けるね」

「雀野さん、こんな珍しい仕事なのに……よく見つけてきたねえ」


 私が気持ちよくなれる毒薬(ことば)を、私にくれない。今の時代、もう誰も、一個人に踏み込むようなことはしてくれない。何か重大なミスを私が犯したとしても、誰も私を叱ってくれないし、誰も私のことを見てくれない。


 食器が割れる音がした。ママは、後で片付けなければいけない面倒が増えたなと一瞥するだけで、何も私に言葉を向けない。


 そんなのじゃ足りない。もっと私を見てほしい。私の一挙手一投足に目を向けて。もっと私の頑張りをみてよ、パパ。ママ。


 もっと私を知ってよ。私って、賢いんだよ? 私は私の全部を言葉にすることができて、私の行動の全てを語ることができるんだよ?


 ねえどうして、それを分かってくれないの。



 川端朝日に、公園の砂場で遊ぶ子を見守るような、それを観察して面白がるような、大人の、愛の匂いがした。


 晒された右腕の肘には、私の卑しい、悪戯の傷跡がある。キスマークがある。かさぶたになったそれを気にする素振りを見せた彼は、寝不足で隈ができた目をじろっと向けた。


 ああ。バカにされている。身体がゾクゾクした。

 自分の底の浅さを見抜いてしまう、鋭い目付きの青年が立っている。


「ま、雀野は褒められて当たり前の人間だろ。周りの様子を窺って、皆が楽しめるように立ち回る、エンターテイナーだからなぁ。自分ができるせいで、そうしちゃうから、どっちかっていうと、運営側の役回りに自分からなっちゃうんだろうな。疲れるよなあ、それ。今度、飯奢るよ」


「いや、そんなに気を遣わなくていいって。分かっててやってるわけじゃないから」


「いや、分かっててやってるだろ、君は。いちいち否定すんな」


「えー?」


「……それと、なんかバイトの話ディスっちゃったけど、俺にとやかく言われる前に全部自分で分かってるんだろうな、君は頭が良いから。すまんね、野暮なこと言って」


「……ね、適当な妄想で私のこと持ち上げるのやめてくれる?」


「あ? 調子乗ってんじゃねえぞこの根性焼き野郎、俺を舐めやがって……俺に物語るなんざ百年早いんだよ、クソが。大体読み取れたわ、君のこと」


「きゃー! 川端くんの傲慢ー! 女の子の気持ちなんて、分からないでしょう? 自己愛の強い貴方は。自分だけの世界を貴方は飼ってるんだから!」


 様子を窺うことに人生を捧げた私だって、彼の過去を少し、読み取るくらいはできる。ラインが読めない子どものやんちゃないたずらに、彼は目を見開いた。私の言葉に触発されて、彼の情動が今、氾濫する。



 パパ、もっと私を見透かして、叱って褒めてよ!





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