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幹事長 川端朝日くんの性春コンプレックス  作者: 七篠 康晴
Chapter 1.5 透けて視せて

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第一話 マイアミブルー



「ねえ、月葉。俺も君のように、大学に行こうと思う」


「え? ちょっと前まで、そのまま就職するか名古屋の専門に行くって言ってたじゃん」


「なんだろうな。君がいつも、楽しそうに語るその場所に行こうと思って……」


「何よ貴方、じゃあ私が嬉々として地獄に行くのなら、貴方も付いてくるっていうわけ?」


 蝉の声が聞こえる。蒸し暑い自室の中、俺と彼女は服を着ながら、語り合っていた。下着が透けないようにキャミソールを頭から被った少女は、皺の付いたシャツを羽織って、こちらを見ている。


「そういうわけじゃない。ただ俺も────」


 そういえば自分は、何を思って、月葉と同じように大学を目指したのだろうか。彼女に鍛えられた俺が、自分の意思で事を決定しないということはありえない。ただ彼女を失ってからの間、本当に彼女が消えてしまえるほどの価値がそこにあったのか、それだけを確かめるために、我武者羅に浪人の一年間を駆け抜けた。それは俺にとっての復讐だった。俺は納得が欲しかった。こんなに良い場所なのであれば、彼女が苦しんで、いなくなってしまったのにも納得ができるって。


 未だ、その納得は得られてないし、生きているのか死んでいるかも分からない少女の空似を探して、彷徨っている。




 とても素敵な四月だった。


 部室にいる俺は堀江と机越しに向き合い、今後の方針を練る。

 行動に移さず、方針を練り続けるのは、大学生の特技だ。


「じゃあ、朝日。僕たち、サークル研究会の最終目標は、サークルを取り上げたサークル誌の刊行だね。実際に刷ってコミケとか文フリで売るとか、ブログ形式にしてアップロードするとか、いろんな方法はあるけれど、どういう構成にしよう」


「まあ、前そのまま話したことを採用するのがいいんじゃないか。それに、それが俺とお前のわがままだし」


「そうだね。サークル研究会が取り上げる最初のサークルはやっぱり、学生研究会でなくちゃ」


 そういう話だった。まずは対外的な活動に移る前に、自分たちの話をして、それを取り扱おう──それが俺たちのアイディアだった。このプロジェクトのようなものに、積極的に参加してくれそうなメンバーは皆サークル研究会に入ってからのメンバーだったため、これは俺たちの仕事だと、考えているわけである。


「てなると、まずは僕たちの覚えていることを全部書くことと……冊子にして纏められた部室ノートの確認とかかな」


「や、古い話はとりあげなくてもいいんじゃないか? 沿革とかは必要だと思うけれど。俺たちのやっていること、その悩み、今後の方針、あったトラブル、そのときの心情、そういったものが織り成したものだと、リアリティがあって面白いんじゃないか。まあ、ぼかすところはぼかしつつ、だな」


 そうやって話し合い、二人でまずどこから手を付けるか考えていると、ガチャリ、と部室の扉が開いた。


「おー。お疲れ。川端。堀江」


「あ、雀野さん。お疲れ様」


「お、雀野お疲れ。調子はどう?」


「良い感じよ」


 初めて部室に来たときのような、ラフな格好をして、彼女はやってきた。背負っていたデカいスリングバッグを投げ捨てて、空いている椅子に座る。


「で、そっちの調子はどうよ」


「動き出した感じ。いろいろ書き上げたりしたら、サーバーに投げるつもりだから。見てくれると助かる」


「いやー、楽しくなってきたね。丹波ちゃんも宵原もやる気だったし、鹿崎も言われればやるでしょ。多分。で、もちろん私も♪」


「本当に助かる」


「数多のバイトで培ったスキルを見せつけてあげる。デザインロゴ装丁とかもある程度ならできると思うから、任せてね」


「そんなこともできるのか?」


「え、うん」


 彼女はポケットからスマホを取り出し、暫く弄った後、こちらに画面を見せつけた。そこには、彼女が作ったであろうポスターやコピーデザインが色々とある。


「お前……器用すぎないか?」


「ちょっとくらいだったら絵も描けるよ。ほら」


 ピンク髪の可愛いデフォルメキャラクターがピースをしている絵を、じゃーん、と雀野から見せられる。

 堀江がびっくり仰天して、雀野の方を見た。


「えーっ! めちゃくちゃかわいい、この女の子のキャラクター。雀野さん絵も上手いんだ」


「普通のだったら流石に時間も掛かるし下手だけど、デフォルメイラストとかだったら技術があるから。私がこのサークルに入った以上、百人力よ」


 彼女は誇らしげに笑っている。

 彼女も交えながら、堀江と話を詰めた。結果、インターネットに強い堀江は既存のSNSアカウントの運営とこれから新しく作るブログの設定をすることになり、俺がまず実際の文面を書くことになった。


「まあ、でも中間も近いから、無理しないでねー」


 そう雀野が横から口を出す。

 中間試験、という言葉を聞いて、試験勉強をしなくちゃならないなあとか、堀江と決めたサークルのこともやらなきゃいけないなあとか、考えていると、むずむずと対戦ゲーム欲が湧いてきた。


「うーん、なんか、またゲームしたくなってきたな。最近やってなかったし、堀江、スマブラするか?」

「え、やるやる」


 ……俺たち大学生には、何かに本気を出さないための言い訳と、受動的に時間を過ごせる逃げ道が多い。




 空きコマは課題を終わらせることに費やし、新しく入った接客バイトを黙々とこなした後、部室に行き遊んで、ツイッターを巡回し就寝する。そんな毎日を過ごしていると、二週間ほどの時が経っていた。中間試験や中間レポートの提出期限は近く、その勉強に手を付けはじめている。


 俺がだらだらと時間を過ごす間、堀江の方とはというと、SNSのアカウントをガシガシと動かし、今後のサークルの方針と公約のようなものを挙げていた。新歓で良いサークルに入れなかった新入生はまだ多くいるのか、その広報活動の結果何件か問い合わせがあり、丹波ちゃんが部室がなくならずに済むと喜んでいる。


 現実逃避の罪悪感に駆られて部室に行き、パソコンを開く。しかしながら普段手ぶらで講義を受け、ノートを取らないように、話し合って決めたことの議事録も残していないのだから、自分が具体的に何を書くことになったのかを忘れてしまった。


 法学入門の教科書とにらめっこしていた丹波ちゃんが、顔を上げてこちらを見ている。


「どうですか先輩。上手くいっていますか?」


「いや……正直なんとも」


「大丈夫です。先輩ならきっとできますよ。辛くなったりしたら休んでくださいね」


 ニコッと屈託のない笑みを浮かべた彼女は一段落ついたのか、手にしたスマホを鏡代わりに前髪の位置を確認している。


「……結構暗くなってきましたね。私もあとちょっとしたら一段落付くので、一緒にご飯でも食べに行きませんか? この前、あそこのお店が美味しいって言われたの気になっててー……」


 人懐こい後輩だと思う。先輩と後輩というのは、日本が誇る素晴らしい文化の一つだ。


「あー。そういや冷蔵庫の中今何あったっけな……多分大丈夫か。じゃあ、行こー」


「あ、先輩自炊するんですか? すごいです」


「いや、簡単なものだけだよ」


「いつか食べてみたいですね」


「丹波ちゃんに食べさせられるようなものじゃないよ」


「えー。ほんとですか?」


 また、作業に集中しよう──と思ったタイミングで、部室のドアが開く。


「お疲れー。川端と丹波ちゃん」


 ひょっこりと顔を出したのは、雀野と宵原だった。宵原がギターケースを背負っていて、部室に入りにくそうにしている。


「あ、先輩方お疲れ様です」


「二人ともお疲れー。何してんの」


「私は中間の勉強してます。先輩は、サークルのやつですよね?」


「うん。そう」


「……川端。あれからまあまあ経つけど、進みはどうなのよ」


 雀野は俺を見下すようにしている。


「…………まあまあ」


「ふーん。堀江くんが張り切ってアカウント動かしてくれてるおかげで、ちょくちょく見学希望とかあるのは知ってるけどね」


「おう。あいつはめちゃくちゃ頑張っててくれてる。そういえば、この後ご飯食べに行くつもりなんだけど、どう?」


 宵原がギターケースをジーと開けながら、こちらを見る。


「私はスタジオ行く前に時間潰しに来ただけだからいいかな」


「雀野は?」


「私はー……」


 視線と視線が、狭い部室の中で交錯する。

 テーン、という一弦の高い音が、小さく響いた。宵原のギターの方が気になって仕方がない。


「…………」


「行こっかな♪ 堀江くんも誘う?」


「あ、先輩やっぱり課題あったの忘れてました。こっちから誘ったのに、申し訳ないです」


「え、あー、おう。確かに、中間終わったらお疲れ様会みたいな感じにするか~」


 宵原のギターをガン見している。

 マイアミブルーのジャズマスター。


「ちょ、宵原弾いてみてよ」


「ん、アンプとか何も持ってないけど。ていうか、あったとしても部室だしー……」


「え、頼むよマジで」


「めちゃくちゃ目輝かせるじゃん……じゃあ、いいよ。しょうがないな」


 宵原は、すごい勢いで知らない曲を弾きだした。

 全員の視線が彼女の細い指先に集まる。


 ニヤリと笑った宵原が速弾きを始め、右手でフレットを叩いた。

 彼女の機敏な動きに合わせて、横髪が揺れる。彼女は心の底から楽しそうに、ギターを抱いて、掻き鳴らしていた。


 綺麗だった。


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