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幹事長 川端朝日くんの性春コンプレックス  作者: 七篠 康晴
Chapter 1.4 叫んでしまいたいだけ

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第四話 叫んでしまいたいだけ


 彼は照れくさそうにしながら、話をする。彼は今、大学生として時間を過ごしているが、それが空虚なもののように思えて、意味のないことなのではないかと悩んでいるようだった。ずっと、大学生であることの意味を考えている、と彼は言う。最初は面白おかしく聞こうとしていた雀野さんは、表情を真剣なものに変えて、じっと朝日のことを見ている。宵原さんは、顎に手を突き、目を瞑って静かに話を聞いていた。


「正直、分からなくなってきてるんだ。どう、俺たちは在るべきなのだろうか、って。そしてそんな俺たちを集める、このサークルという居場所の在り方についてもさ」


 彼はじっと、虚空を見つめていた。まるでそこに誰かがいるみたいな、その人に見せつけるような、眼差しをしている。


「だから……同じ大学生のみんなにまず聞いてみたいことがあるんだ。どうやって皆は、大学での時間の過ごし方を決めていて……例えば、どうして勉強するのかとか、どうしてこのサークルに入ったのかとか、そういうことを聞きたい」


「私は前にも言いましたけど、勉強したいことと、両親の求めることが結びついて、入った感じです。先輩。それで、サークルに入ったのは先輩たちが良い人そうで、仲良くなれたらな、と思ったから」


 朝日の隣に座る丹波ちゃんが、そう言った。彼女は全体に向けて話をしているようで、朝日にしかしていない。それを薄々察している僕たちは、感嘆するような、面白がるような、不思議な面持ちでそれを見ていた。


 ガシガシと後頭部を掻いた雀野が、朝日の方を向く。


「私は、自分のやりたいことを見つけるため。やっぱり、大学生っていう時間は、世間的に見れば恵まれた、特別なものでさ。世界を知る作業に全てを捧げることができると思うんだよね。私が沢山バイトをするのも、それが理由。今から本当に傲慢な話してもいい?」


「おう。雀野のそういうところは、俺は好きだぞ」


「……私さ、割となんでもできんのよ。いや、前サークル見学来たときにいったみたいに、私よりもできる人はいるんだけど、私ほどオールラウンドな人は、いろんなコミュニティを回った上で、あまり居ないと思っている。ただ、それってさ。ある意味なんでもできるってことだから、本当にやりたい何かを見つけたいなって」


 雀野さんと二人で部室にいる時間もあったけれど、彼女のするバイトの話は本当に面白かったし、尽きないものだった。バイトがだるい、辛い、という話題が大学生から出るもののほとんどだったはずなのに、彼女からは一切そういう話を聞かなくて、どれはこういう楽しさがあって、こういう面白さがあったとか、そんな話ばかりだ。


「で、このサークルに入った理由だけど……それだけだと、息切れしちゃうからかな。正直さ、私は怖いんだよね。将来が。今までが幸せすぎた分、本当にまたそうやって暮らせるのかって。だから、なんとか知ろうと思って、頑張ってる。でも、バイトずーっとやるってのも辛くて。だから、大学で一息つきたいなと思ったら……ここの居心地が良かったからさ。別に、苦しんでまで行く場所に必ず答えがあるわけじゃないんだよね。正直、分かんないや。居心地が良いってのは、こういうことを話せるってところね」


 彼女は作ったような笑いを浮かべた。


「……」


 朝日は黙って、話を聞いている。一瞬、皆の視線が宵原さんに行ったタイミングで、彼は口を開いた。


「もちろん、話したくないことだったら話さないで大丈夫」


「いや、大丈夫だよ。朝日くん。やっぱり、貴方は面白いね」


 目を瞑っていた宵原さんは、ほのかに笑った。


「うーん、とね。私の理由は実はものすごくハッキリしてて、夢を追うためなの。夢と現実の境目で、それを両立しながら挑戦する時間を作ることができるのって、もう、大学だけじゃん。だからかな。まあ、思ったより勉強は大変だけどさ」


「夢……なんだ」


 その言葉には、紛れもない真剣さがある。獰猛な、絶対にそれを叶えるという意思を揉み出させた彼女は、この部屋の中で、最も存在感があった。


「その夢って何か、聞いてもいいものか?」


「……ちょっと恥ずかしいから。そこは朝日くんの言うとおり、話さないところで」


「わかった。もちろん」


「サークルに入った理由は……その刺激になりそうだったから。私は夢を叶えるために、最も刺激的な毎日を送らなきゃいけない。だから、刺激的すぎる人がいそうなここに入ったの。後は、単純に気が合いそうだから?」


「なるほど……」


 腕を組んで、朝日が首をかしげる。これが彼の、考えるポーズだった。


「一応聞いておくけれど、鹿崎は?」


「酒。現実逃避」


「あい」


 あまりにも適当なやり取りの後、沈黙が訪れる。皆を呼んだ手前、吐き出させるかと思って、僕は声を出す。


「その、じゃあ朝日はさ、どういう理由なの?」


「……前も話したけれど、絶対に意味がなくちゃいけない場所なんだよな。俺にとって、大学って。文字通り、死ぬ気で来たから」


「そっか……で、サークルは?」


「正直、理由らしい理由はないかもしれない。気が向いたし、お前が楽しそうだったからかも?」


「うーん、朝日らしいと言えばらしいけど」


「……絶対に意味がなくちゃいけない場所、ね。なんか、やっぱり私とあんたは似たもの同士なのかもしれないわ。なんかムカつくけど」


 雀野さんがそう言った。


「きっと貴方も私も、自分だけが納得できるものを探しているのよ」




 腑に落ちたような感覚がある。

 雀野の顔をじっと見つめながら、俺は黙り込んでいた。自分だけが納得できるもの、その発言の意図を考えている。


「言っちゃえばさ、私たちも瑞規ちゃんみたいに断言できる、時間を忘れて酔える何かを探しているんじゃないかなあ。だって、さっきの話してたときの瑞規ちゃんにさ、私とあんた、心底羨ましそうな、恋い焦がれるような表情をしてたもの。あー。マジでムカつく。生きるってさ、開いた方がいいのよ。いきる、に。生きることはできても、活きることができなきゃあ、ね。私は虫籠の中のカブトムシにはなりたくないのよ。もちろん、瑞規ちゃんも辛さとかはあるんだろうけどさあ」


「……まあ、ね」


「恋い焦がれ……てる? 先輩がですか?」


「あー、なんか皆考えて大変そうだねえ。お酒を飲めば酔えるよお……全部にさ、ぎゃはは」


 余計な一言二言が入ったが、スルーする。雀野という名前のくせして、鳥かごの中の鳥ではなく、虫籠の中のカブトムシなのが最高にアツかった。


「……きっと、自分にとっての黄金を探している」


「黄金?」


「その、さ。価値には二種類あると思うんだ。名目貨幣によって担保される紙幣のようなものと、実物貨幣によって担保される金地金や銀地金みたいなものが」


「ちょっと朝日? いきなり難しい例え方してない? 丹波さんが固まってるって」


 丹波ちゃんにも分かり易く説明するために、堀江が財布から渋沢栄一いちまんえんを取り出した。彼はそれをぴん、と引っ張って誇示している。


「この紙幣っていうのはさ、皆が一万円の価値があると認識しているから、一万円の価値があるわけだ。皆が日銀を信じて、その価値があると全員が信頼している状態だから、成立する。これって言ってしまえば、社会に共通して価値があると認識されているもの──俺たちがこの大学で学問を修めて、得ることができる学歴とかに近い」


 堀江がゆっくりと栄一を財布へ戻して、ポケットに財布を仕舞う。


「対して実物貨幣っていうのは、それそのものに実用的な価値が宿っている。例えば、宵原の夢というのは、紙幣のような効果を社会で発揮するわけではないが、彼女にとっての黄金であることに代わりはないんだよ。また、時としてそれは、誰かにとっての代えがたい黄金にもなり得る」


「え、黄金なら他の物と常に交換できない? てか今の動きコントみたいだったね。息ぴったり」


 雀野が俺に指摘してくる。


「や、それはなんだろう、名目貨幣に対応する物の例えとしての比喩であって、別に例え方としては、ずっと愛し続けたボロボロの人形とかでも構わない。なんだったら名目貨幣的である学歴が自分にとっての黄金になることも十分あり得る。ただ、大学に来た理由をそんな名目貨幣を得たいという────社会的に価値のあるものを手に入れたいという意思以外に、自分にとっての黄金を手に入れたいと思ってきた自分にとっては、今ここが、空虚なものに感じられる、そういう話なんだよ」


「自分だけが納得する、自分だけが酔える、ここに来た理由ってやつね」


「そういうことだ。わー、なんかスッキリしたわ。やっぱり、人に話すってのは、いいな……」


 誰かに向かって何かを諭されたり、話をし尽くして、相手からの答えが返ってくるという感覚が、久しぶりに蘇った。


 月葉だったら、今の自分の悩みになんて言ったのだろう。


「先輩……」


 唯一こちらの事情を知っている少女が、慮る。大丈夫だよ、と目配せをして、皆の顔を見た。

 全員、真剣に話をしている。


「その……朝日くんの話を借りていうのなら、大学生っていうのは、世間のイメージが最悪だけれど、その社会的価値を担保された存在なわけよねえ」


「そう。そうなんだよ宵原。もちろん、困窮している人もいるけれど、俺たちはさ、いつも、働きもしてないくせに眠いだのなんだの言うし、腹が減れば普通は食わないような飽食に明け暮れ、単位がどうだのくだらない話ばかりをし、性愛にばかり意思が向いている」


「アンチ大学生じゃん。川端」


「いや、そういうわけではないんだよな」


「え、どういうこと?」


「それってそんなに、悪いことじゃないと思うから……」


「え、今までの話とちょっと矛盾しない? どっちなのよ」


「いや、その、それはさ。ねむねむぺこぺこはさ。怠惰の象徴であると同時に、世界に対する抵抗手段なわけじゃん」


「何言ってんのよ」


 雀野が呆れたような声を出す。

 それを止めるようにした宵原が、目を輝かせてこちらを見ていた。


「ねえ、朝日くん。私、貴方がまだ言葉にできていないけれど、感じていることが分かる! で、それでさ。その、提案なんだけれど、私たちのその願いを、考えを、サークルの活動にしてしまえばいいじゃない」


「それは……どういうことだ?」


「言ってしまえばさ。貴方が今考えていることっていうのは、大学生の意味ってなんだろうって、私たちの意味はなんだろうってことだと思うの。そして、やっぱり当然と言えば当然だけど、大学生(じぶん)たちを見つめ直すことでしか、それを達成することはできない。だからさ、それを助けるサークル、他人のその話を聞きに行くサークル。そういうものがあれば良いと思うの!」


「────」


「私たちが此処に惹かれたのだって、きっと、それが無意識のうちに知りたかったからだと思うの。サークル研究会っていう、朝日くんと堀江くんが付けた名前、素敵だからさ」


 言葉でないものの領域を、軽視することはできないと、今思った。無意識のうちでも、きっと俺はそれをしたいと望んでいて、堀江と一緒にその名前を付けた。名は体を表すものだというけれど、学生研究会の中で、トラブルに遭い、一度意味を見失った俺たちだからこそ、付けられた名前だった。


「……やっぱり幹事長になる理由ってあるのねえ。朝日くんが大学でやりたいことって、それなんじゃない?」


「……間違い、ないな」


「ま、私たちも一応同じ目的で集ったわけだし、それ、やっちゃおうよ!」


 宵原が立ち上がって、俺の手を取った。


 真っ直ぐにこちらを見る少女の目は、グレーのカラーコンタクトが入っていて、鋭さを感じさせる。でも、彼女の本質は、きっとこの手から伝う温かさだった。


「……堀江は、どう思う?」


「具体的なその活動内容にもよるけど、良いと思うよ。僕はいつでもやれる。それにさ……活動しないと、人、増えないから。今のままだと、ここなくなっちゃうし」


「え……ほ、堀江先輩。部室、なくなっちゃうかもしれないんですか?」


「うん。実はそう。手続きの上で、所属者の人数が必要でさ」


「なら……私も頑張ります! できることなら、いくらでも!」


「あー~~なんか、盛り上がってきたね。私、こんなところで辞めるほど野暮じゃないし、いいよ。じゃあ、具体的な方策を決めよー、川端」


 そういった雀野が、物で溢れかえった机の上から、ノートとペンを取り出す。全員で、案を出し合いながら、話し合った。


 鹿崎の寝息だけが、時計の針が刻むように、規則的に聞こえていた。





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