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幹事長 川端朝日くんの性春コンプレックス  作者: 七篠 康晴
Chapter 1.4 叫んでしまいたいだけ

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第三話 モラトリアム≠意味


 ガチャリ、と部室の扉を開ける音がする。


「おはよう。朝日ー。珍しいね。わざわざ時間決めてまで呼ぶって」


「すまん堀江。ちょっと、相談したいことがあってさ」


「やー、全然いいよ。あ、もしかしてサークルの話? いやまあ、具体的に何をするかっていうのも難しいしねえ。積極性を持って、突っ込んでいくのが正解なんだろうけどさ」


「いや、その話じゃないんだ」


「うん、何?」


「抽象的な話をするっていう自覚はあるんだけれど……その、さ。堀江は、大学で過ごす時間の意味って、何だと思う? 俺、一年の間はずっと全部が新鮮でさ。そんなことを考える暇もなかったと思うんだけど、こうして二年になってから、そういうことを考える時間が増えた」


「……モラトリアムの意味みたいな?」


 彼は俺の親友なだけあって、話が早い。


「そうだ」


「うーん……人を呼び出して、する話がそれって。朝日らしいといえばらしい話だなあ。僕は、なんだろう、え、本当にしょうもない話してもいい?」


「構わない」


「僕、男子校時代の環境を割と肯定的に受け取ってるんだけど、いろんなものを僕から奪ってきたと思うんだよね。だから僕にとってモラトリアムは、それを取り返す時間かな。朝日は知ってるでしょ。僕が新歓で学生研究会に来た後、女の先輩と話して、そのあと二時間くらい女子と話すことができた自分に酔ってニヤニヤしてたの」


「うん。アレはマジでキモかった」


「いやでもさあ。僕の世界で言えば、それだけのことだったんだよ。でも、世間一般的にはそうでないらしいじゃん。だから、そういうのを慣らす時間っていうかさ。でも、本当に僕成長したと思わない? 新歓とかも完璧だったでしょ」


「……確かに、言われてみればそうだな」


「だから、まあ女の子とかも関係なしに、朝日や宵原さんとかを含めたいろんな人に僕は出会って、そこでいろんな世界を知るんだ」


「なるほど……ごめんな、こんなことに時間割かせてしまって」


「いいのいいの。問いかけ続けるってのも朝日の才能だからさ。きっと。で、そういう朝日はどう思うのさ。モラトリアムの意味って」


 月葉の笑みが浮かぶ。


「……そこには必ず意味がなければならない。そんなものかな」


「そっかあ……随分と、怖いものなんだね。朝日にとって。じゃあさ、また今度、他の人たちの話も聞いてみない? そしたらきっと、何か分かることがあるかもしれないよ」


 じっと考える。丹波ちゃんに会うのだけ気まずいが、それくらいどうだっていいだろう。




 僕こと、堀江光人と川端朝日が出会ったのは、ある企画系サークルの新歓イベントに行ったときのことだった。学生会館のスペースを借りて行われた交流会。無難なイベントで、気軽に参加するよう、広報が行われていたのを覚えている。


 付属の男子校に六年間通っていた僕は、大学入学の時点で、すでに高校時代の友達が多く居る状態だった。大学に入ったらこんなこと、あんなことをしようと楽しく話し合っていたけれど、僕は、出鼻をくじかれた。


 新歓の催し先で、僕たちを見る先輩たちの困った表情を、よく覚えている。


 男子校というのは、特異な空間だと思う。そこからいきなり共学で自由な空間に放り込まれたら最後、ぼくらは存在するだけで浮いた。


「いったん、静かにしてもらってもいいかな」


「あ、すいません……」


 友達がそう、小さな声で謝るのが聞こえる。


 僕は男子校出身者の中でも、正直大人しくしている方で、皆に囲まれながら過ごしていた。適応しようと積極的になれなかったのが、問題だったのだと思う。気になっているサークルの新歓に、纏まって入った僕たちのグループは、もろに浮いた。器用な二人はすぐに取り入って、その懐に潜り込んでいけたけど、僕はそこまで上手くできなかった。


 遠くで先輩が、これだから附属はなあ、と呟くのが見えた。

 女の先輩から、咄嗟に出て隠される、面倒臭そうな表情が見えた。

 僕を相手にする羽目になった一人が、近寄ってくる。

 彼は不機嫌さを隠しもしないで、こちらを見ている。


「えーっと……堀江、くんだっけ? 悪いんだけど、うちのサークルあまり合わないかも……」


 こちらを軽蔑する、作った声色が響いた。


「…………」


「おーい、もしもし?」


 振られた手が、目の前で行き来する。


 遠くでは先輩に取り入るのが上手い友人が、ペコペコ頭を下げていた。彼は僕らを出しに、面白おかしく話をして、立場を確保しようとしている。


 ただ、このサークルに本気で入りたいと思っていたのは彼だったのだから、彼にくっついて、そこに群れて乗り込んだ僕たちが悪いのだろう。


「はぁ……これだから男子校出身者は……」


 徹底的なその一言が紡がれたとき、僕の心は死にかけた。


 でも、横からものすごい勢いで割り込んできた人がいる。



「いや、先輩が威圧するだけじゃなくて、後ろでこそこそ悪口言ってる小心者も沢山いるから萎縮して黙ってるんでしょう。見るからに不機嫌なオーラ出して、感情で場をコントロールしようとするのやめません? あの、普通にサークルの内容気になってきたのに、なんでこんなの見せられなきゃいけないんですか?」



 川端朝日は、自分の正義を完全に信じることができたとき、どんなことでも貫いてしまえる無敵の人だと、僕はこのときから思っている。


 確かに感情で場をコントロールしようとするのは良くないことだと思うが、同時に論理の筋が通るからといって場を破壊しようとするのも良くない事だと思う。でも、彼は彼の正義を信じられるのなら、躊躇せず場を破壊し、それに何の罪悪感を抱くこともしないダークヒーローなのだ。


 朝日は彼の場を運営する能力の低さの数々を指摘した後「しょうもないサークルっすね笑 やめときます笑 あざした笑」と明らかに不必要な煽りを入れた後、僕を連れて外へ出た。



「いやー、災難だったね、堀江くん」


「あ、あの……君は……」


「あ、俺川端朝日。一年。マジでムカついてるからさ、喫煙所行って吸いながら話してもいい?」



 初めて入った煙い空間の中で、彼は面白おかしくサークルの受け入れ側の人間たちのしょうもなさ、心の狭さを批判した後、僕らの批判に入り、そして最後に自己批判を始めた。そこで彼と意気投合し、サークル探しの旅を彼と続け、そこで辿り着いたのが、学生研究会だった。


 彼とはそれからの付き合いで、僕は彼のことを、大切な親友だと思っている。そんな彼の様子が最近おかしい。できることなら、彼の助けになりたいと、僕は思う。彼は、僕に助けてもらおうなんて思わないけれど。


 ねえ、朝日。君は隠せているつもりかもしれないが。


 現役の一年生は、煙草を吸えない。





 彼と部室で話してからすぐに、朝日に悩み事があるみたいで、相談できる人を探しているみたい、と最近友達になったサークル員のみんなに、僕は声を掛けた。彼はええかっこしいだからきっと、部室で会ったタイミングで、ちょろっと話をするだけだと思う。でも、それじゃあきっと彼の望む答えは得られない。だから僕が、根回しをして、同時に皆が集まるように仕組んでやった。


 今部室には、僕、朝日、宵原さん、雀野さん、丹波さん、そして酔っ払って椅子で寝ている鹿崎さんがいる。


「お、おー……なんか今日は、皆揃うんだな。珍しいな。ちょ、人数多いし空調点けるか」


 少し居心地の悪そうな彼の姿が、滑稽だった。






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