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幹事長 川端朝日くんの性春コンプレックス  作者: 七篠 康晴
Chapter 1.3 大学生性活入門

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第六話 何奴



「……ねえ。なんか、飲み足りなくない?」


 ゴミを纏めて、店員さんに確認をしてもらった後、口火を切ったのは、宵原だった。駅に向かって、公園から皆で歩いている。集団の後方でたむろっていた俺、雀野、堀江、鹿崎にしか聞こえていないようだった。鹿崎さんは隣のサークルの男に逆ギレしていたように、余った酒をほぼ飲みきっていた。とんでもない酒豪だ。


 確かに、せっかくならもう少し楽しみたい気もする。宵原がそう提案するのも、納得だった。


 しかし今からこのメンツでどこか居酒屋に行くにしても、肉を食べたばかりなのであまり腹にも入らないし、もったいない気がする。


「良かったら、俺の家来るか? 宅飲みしよ」


 その提案に驚いた宵原が、目を丸くさせてこちらを見た。


「え、いいの? 迷惑じゃない? もしおーけーなら、飲み代とかつまみ代は私たちが出すけど。ショバ代ってことで」


「あいよ。まあ、先に買い出し行ってもらって、その間に片付けしようかな、とは思うけど」


「おーけー。じゃあ、このメンツだけでいいかな。丹波ちゃんとか、他の子たちはそんなお酒飲んでるわけじゃないし。ちょっと、迷惑かけちゃったからね」


 丹波ちゃんや他のサークル員を見送った後、大学方面の電車に乗り、全員で揺られる。夕方から酔っ払っている集団は自分たちだけなので、大学生というのはやはりご機嫌な生き物だと思った。


 近くのスーパーで買い出しをしてもらっている間、一人で家に帰り、片付けをする。まず真っ先にゴミ箱の中身をゴミ袋へ入れた後、床に落ちた洗濯物などをたたみ、散乱する本や講義のレジュメは一箇所に纏めておく。一人暮らしのこの部屋に、誰かを上げることなんて早々なかったけれど、我ながら、抵抗なく誘いをすることができた。


 やはり、気に入っているんだろう。それが、どうにも嬉しい。チャイムが鳴り、朝日ー、という堀江の声が聞こえたので、ドアを開けた。


「うい、買い出しありがと」

「ううん。じゃあ、お邪魔します」


 お邪魔しますー、と皆が続けて言う。


「わあ。ここが朝日くんの家かあ。意外と綺麗」


 宵原がキョロキョロと人様の部屋を見渡しながら、そう言った。


「さっき片付けたからな」


「わ、謎の新書とかかなりある。面白そー。今度借りていい?」


 すぐ物色を始めた雀野が、人の本棚をさらっていた。


「あ、朝日ー。後で一緒に映画見よ」


 自分のiPadを人のモニターに勝手に同期させて、サブスクサイトを堀江が開いた。


 鹿崎がハイボールを開け、プシュ、という音が鳴る。

 家に上げたの、間違いだったかもしれない。




 改めて、鹿崎にサークル研究会というサークルについて説明し、村田事件の話をした。しかし、やはり新メンバーということで、話題を切り出すのは鹿崎ばかりだった。


「いやそれでさあ。新歓はチャンスだなって思って、サークルに入りそうな顔してタダ酒飲んでたんだけど、なんか悪い噂が立っちゃって」


「そりゃそうなるだろ。なんか可哀想だったから宵原が助けに入ったけど、どう考えても正義はない」


「いいじゃん私みたいな可愛い女と一緒にお酒飲めるんだからさ」


 鹿崎りんは、酩酊した表情をしながら、そう語っている。巨乳にばかり意識が向いてしまうが、童顔で、顔つきは愛らしい。ボブカットの毛先が揺れていて、人懐こそうな印象を持たせていた。


「いやでもさあ。私は二年生だから慣れてると思われて、そんなガツガツこられることは少ないんだけど、新歓によっては、一年生の女の子とかにさ、所構わず行ってる男とか見てさ。キツいなあって思って。この空間、他のサークルと比べても良いと思う。変な尖り方した彼が幹事長で、堀江くんはなんか嫌な男らしさ感じないし。宵原さんとか雀野さんとかも、正直気に入ってるでしょ?」


 全員酒が入ってるのもあって、まあまあ突っ込んだ話に発展していく。普段だったらここでキレに突入するところだったが、俺もまあまあ酔っ払っていて、迸ることができなかった。ちなみに堀江はお酒が弱いのに、宅飲みという特殊な状況に興奮して、ごくごくお酒を飲んでしまったので、俺のベッドで爆睡している。


「うーん、まあでもなあ。別に、女子にも性欲はあるしね」


「……まあ、それはそうだね」


 鹿崎のコメントに、宵原が頷きを返す。こういう、女子がマジョリティの時間帯はどのような振る舞いをすべきか分からなくて、辛い。


「ホント、遊んでる女の子もいるしさあ。なんか、男ばっかり取り沙汰されるけど、別に全然女の子も遊びたいっていう。なんかさあ。私、年上の友達とかもいるんだけれど、大学生のときに遊び散らしてた人の方が上手くいってて、遊べなかった子の方が苦しんでるんだよねえ。どうしたらいいか、分からないよねえ」


 ごくごくごく、とストゼロを飲んだ鹿崎が、話を続ける。


「そういえば、皆に彼氏とか彼女はいるの? 私、最近別れたんだけど」


「俺はいない。堀江にもいない」


 自分の限界を理解しているのか、ほろ酔いに移行した雀野が答える。


「私もいないかなー。瑞規ちゃんはどうなの?」


「うーん、今、恋愛しようっていう気はしない。いかんせん、前の出来事があったから、怖くて。なんか、そういう話をしないサークルに居てみたいなっていう思いが強くてさ」


「なるほどねー。正直、私は瑞規ちゃんと違ってなんでもいいんだけど」


 恋愛はしたいときにすべきだと思うけれど、したくなったときに、できない場所に立っているとき俺たちはどうするべきなんだろうか。ちょうど、サークルという公共空間を運営しなければならない、公と仕事の側面を持つ俺と、サークルでの出会いでは。




 それからは、昔の恥ずかしい話とか、いきなり哲学の話とか、そんな脈絡のない話題選びを続けた。顔には出ないけれど、実はがっつり酔っていたぽい宵原が寝落ちし、瑞規ちゃんの肩を借りちゃおー、と楽しそうにしていた雀野も、眠気を移されたのか、寝息を立て始めた。


 鹿崎と俺だけが起きている。


 寝息に合わせて揺れる彼女たちの肉体に、目が行った。

 性というのは、度しがたい。


「……いやあ、滅茶苦茶な助け方だったけれど、今日はありがとうございます」


「いえいえ。大学生は一期一会の生き物なので」


「いやー。普通に入るんで、これからよろしくお願いします。大学で寝れる場所探しててさあ。部室あるなら、最高だよね」


 お互いの距離感を測るような会話が、続いている。


「その……さ。ちょっと、聞きたいことあるんだけど」

「はいはい。なんでしょう」


 ごく、と緑茶割りを彼女は飲んでいる。俺はつまみを出した皿を流しで水に浸けておこうと、立ち上がって片付けを始めた。




「君、浪人だよね?」




 予想だにしない一言に、ぴく、と体が止まる。自らが殺人鬼であることを世界最強の探偵に言い当てられたみたいな、そんな表情をきっと俺はしていた。


「何故、そう思って?」

「いや、君大人びすぎでしょ。なんか、考え方とか、達観してる節あるなあって思って。それに……何よりもなんだけどさ」


 緑茶割りを持ったまま、彼女は俺のことを指差す。


「君の話題、なんかどこかで聞いたことあるなあって思ってたら……ツイッターで、見たことがあるんだよね」

「はッ……」


 彼女が携帯の画面を点けて、ツイッターのアカウントを見せる。




 何奴

 B2政経/一浪


 何奴 @Naniyatsu

 バーベキュー楽しすぎて顔ない




「これ、君でしょ。川端朝日くん、何奴くんだよね?」

「うお、おお、お、お。お、お前誰だよ」


 大学に入って以来、最も速いペースで心臓が脈打っている。誰にも、自らが浪人であるということを話したことはなかった。同級生だと思っていた相手が、浪人で、年上であるということが頻発する大学に俺は通っている。けれど、完全に言うタイミングを逸してしまった。堀江はまだ俺のことを同い年だと思っていて、俺が年上だとは露ほどにも思っていない。


 俺を苦しめている大きな嘘。どう考えても話した方がいいって分かっているのに、自分に踏み込んでほしくないから、話すことができない。


 そういうものは、早くに言っておかないと、どんどん言えなくなっていく。そんなデッドロックに俺は身を置いていた。


「え、私? まあ、君ならいいか。仲間だし」

「……?」


 彼女が携帯を弄って、アカウント画面を見せる。




 天ちゃん

 B2/二浪


 天ちゃん @TeN_1031

 運命的なまでに居場所ができそうでワクワクする

 そろそろ新歓狩りやめるかあ




「我、二浪で早生まれぞ」

 その場で平服した。

 彼女は、本来の学年から三年離れた、怪物である。




「いやいやいや、まさかこんなところで同じツイッター界隈の猛者に会うとは……」


「マジで運命的だよねー。いや、流石に面白すぎる」


「まさか天ちゃんさんとは」


「や、世間の狭さ感じるよね」


 あまりにも楽しい。浪人は全員キモいが、その結束は男子校出身者に近いものがある。


「え、浪人時代どんな感じだったの? 幕末を生き抜いた剣客だったり……?」


「拙者、浪人でござる。人斬り抜刀斎、飛天御剣流やめてね」


「一浪ごときで楯突こうとは何事? ちょっと、身の程わきまえてもらっていいですか? 川端くん、どうせ予備校の前の方に座ってる陽キャ男女グループに混ざれず、授業が進む度にだんだん出口の方に近づいていくような人だったよね?」


「やめろ鹿崎。その術はもれに効く。俺、そういう男女グループ予備校のツルツルした床の反射で睨み付けてたわ」

 空き缶をカン、と音が鳴るように置き、彼女は笑った。

「私は、二浪したけど国立に行けなかったよ」


「国立コンプレックスやめてください」


「川端くんだって国立数点差落ちのスクショまだ固定ツイートにしてるじゃん」


「あれは浪人界隈を風刺するための積極的な取り組みですよ」


「や、キツいって」


 ずっと周りに現役生だと嘘をつき続けるのが辛かった。解放された爽快感のような何かが、俺を満たしている。

 なんか、謎の涙を流しそうになりながら、ネットミームが頭の中を駆け巡っていた。


「浪人の辛さって、あるよねえ。私、基礎演習とかにいる子たちと三歳差だったから、あそこまでキラキラできないし、全く仲良くできなくって。そっから酒に逃げてたら、こんなんなっちゃった」


GPA(せいせき)、いくつぐらいなんです?」


「ツイッター見てるなら知ってるでしょ。脅威のゼロ点代」


 四点満点中零点台ということは、ほぼまともに単位を取れていないということである。


「もう最強の先発ピッチャー越えて球界最強の抑えピッチャーじゃないですか。防御率が」


「大魔神って呼んでほしい。彼のフォークみたいに成績が落ちていくから……」


「ダルビッシュ、大魔神佐々木やめてね」


「まあ、普通におっぱいあるから大丈夫だし」


「対応に困るのでやめてください」


 ゆさっとセックスアピールをした鹿崎が、むう、と唸りながら、こちらを見ている。


「なんか、宵原ちゃんとかに聞いたけど川端くんってそこあたり異様に気にするよね。なんでなの? そりゃもちろん、男女平等だとかなんとかあるけど、単純に私たちは互いに消費し合っているわけじゃないか」


「……まあ、なんでしょう。きっと、理性の虜なんですよ。俺は」


 乱読し散乱した本を見渡しながら、皆が寝ていることを確認した。


 すっと出てきた『理性の虜』という自分が言い放った言葉に、妙に納得した。きっと自分は、取り憑かれているのだ。思い出したくもない、トラウマを原動力として、思想を先鋭化させ、自らの逃避を学術的に肯定し、場をコントロールしている。


 全員、寝静まっていた。堀江は何故か体を真っ直ぐに、うつ伏せの状態で寝ていて、雀野はよだれを垂らしながら、宵原の肩にギリ付かないくらいの距離を保っている。


「ティッシュ借りるね」


 雀野の口元を、鹿崎が拭っている。その優しい手つきに、大人としての余裕を俺は感じた。


「うーん、君は本当に、考えているねえ。浪人っぽいちゃぽいけど、その枠に当てはめる感じじゃないっていうかさ。君は何で浪人したの?」


 言葉が、喉をつっかえる。初対面の人だからこそ、話せることというのが確かにあった。一度仲良くなった人に自分の秘密を話そうとすれば、全てを話さなければならない。それが友情に対する責任だし、縛りだと思う。それに囚われたままの自分は、今、彼女に吐露した。


「……その、高校時代に、あることがあって。言ってしまえば、身内の不幸のようなものなんですけど、メンタル壊しちゃって。まあ、あんまりこの話はしたくないので、触れないでいただけると助かります」


「……そっかあ」


「それから、ですかね。大学生の生活の意味とか、自分たちは何をしなきゃいけないんだろうとか、そんなことばかり考えるようになったのは。大学入ってからの一年間は忙しなかったし新鮮だったので、そんなこと考える余裕はなかったんですけれど」


「君が老成しているのって、きっとその経験由来なんだろうねえ。浪人だけじゃなくてさ」


 ため息を吐きながら、彼女は新たに缶を開ける。それを俺の近くにあったコップに注いだ。


 チンチン、とフランス語で乾杯といい、酒を呷る。

 努めて明るい空気を作った鹿崎が、明るい声色を出す。


「そういや、ハンドルネームの由来聞いてもいい? 何、何奴って」


「我が校の卒業生の小説家の代表作をリスペクトしつつ、普段こいつ何奴? と思って生活してばかりなので……」


「なるほどお。あ、今机の上に置いてあるこの小説かあ。借りてもいい? 元ネタ知りたくなるタイプなんだよね」

「全然おけ。そっちの天ちゃんてのは?」


「……そのさあ。知ってると思うけど、予備校ってロッカー購入できるじゃん? そのパスワード由来」


「……肝心のパスワードは? どうせしょうもないんでしょ」


 彼女は空き缶を空き缶入れに捨てたあと、振り返ってニヤッと笑った。




「失礼だな、1031(てんさい)だよ」





 国立落ちの涙ぐましい自己暗示に、乾杯(サルーテ)

 鹿崎と受験トークで語り合っていると、だんだん皆が目を醒ましてきて、各々帰宅していった。


 俺はきっと、過去に囚われている。

 自分が精神性などというものを追求し始めたのは、そのためだろうし、取り返しの付かない物語で取り返しの付かないことが起きてしまった俺の物語は、メリーバッドエンドだった。





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