第四話 ショート
それは突然の出来事だった。
皆で肉を焼き、焦げかけのタマネギを食べ、楽しくやっていたころ。どんちゃん騒ぎをしていた隣のグループが、物騒な雰囲気に包まれている。
「いや、あのすみません。うちのサークルの新歓、一、二年生限定なんですよ」
「いやだから私は二年生で──」
「あのですね、サークルに入る気ないなら、新歓とか来るのやめてもらってもいいですか。本当に迷惑なんで。ただのフリーライダーでしょ」
大学生の男と、女の人が喧嘩をしているようだった。明らかに酔っているように見える女の方は、まあまあと彼を取りなしていて、その態度が返って男の方を激高させているように思える。
三人くらいでまとまり、その言い争いの様子を窺っていた女の子たちの一人が、一歩前に出た。
正直、こういう空気は好きではない。先ほどから聞こえる彼らの話題からして、同じ大学のサークルであると思われる。よってたかって一人をいじめるのはどうなものかと、もし仮に何か問題にすることがあるとすれば、スマートに解決してみせればいいのに、とうんざりする。
「あの……貴方インスタで見たんですけど、新歓に片っ端から顔出して、タダ酒飲んでる人ですよね?」
撤回。最悪なのはあの女の人である。
たった一年。年を食ってしまっただけで、徴収するお金に傾斜を付けて、一年生を接待し先輩としての威厳を見せつけなければならない生き物。それが大学生なのだ。その涙ぐましい努力を搾取しようとするやつなんかに、容赦はしない。
「い、いいいいいいや。そんなんじゃないって」
明らかにそうっぽい。
うちのサークルのメンバーも固唾を飲んで見守っているようだった。雀野や宵原はイラついているし、丹波ちゃんや堀江は怖そうにビクビクしている。村田の件でサークルが荒れた元学生研究会組は、慣れたものを見るようにスルーしていた。
「あの、お金払ってもらってもいいですか。新入生無料にしてたんですけど」
「い、いや、手持ちがなくてデスね……へへへ」
「なんだよこいつ……笑ってんじゃねえよ!」
向こうの酔っ払いの一人がいきなり怒鳴って、場がしんとなる。トラブルの匂いにワクワクする一方、だんだんイライラしてきた。こっちはお金を払い、場所を借りて楽しいバーベキューをしようとしているのに、何してくれているんだか。
見るからに怖がっていて、かつあの女性の様子を気にしている丹波ちゃんと、単純に怖がりな堀江の元まで行く。
「大丈夫大丈夫。スルーしてればいいから」
「でも……」
しゅん、とした顔をして丹波ちゃんがこちらを見上げている。あー。なんか目がうるってしてて、また、みゃ……とか言いそうこの子。せっかく、さっきまで本当に楽しそうだったのに。
スルーしてればいい、なんて言っている自分に、イライラした。嫌な大人すぎる。そんな奴になるくらいなら、鉄砲玉の子どもになりたい。
言葉の形にもならず、耳へ届いてくる五月蠅い声が、こちらまで響いてきている。明らかに他の客も引いていて、せっかく公園が朗らかな雰囲気で満たされていたというのに、ボールで遊んでいたガキも一度球を置いた。
雀野は営業スマイルのまま肉を囓っていて、宵原は髪の毛を弄っている。
「いいじゃんちょっとぐらい飲んだって! ねー! どうせ余るか弱いくせに強ぶって一気飲みして、ゲロ吐いて周りに迷惑掛けるだけでしょ!?」
「ああ!?」
多勢に無勢だというのに、中指を立て始めた。あいつ、ロックすぎる。
「てめ……」
酔っ払いの男が立ち上がって、オラつく素振りを見せた。
前髪を掻き上げた宵原が、それと同時にいきなり立ち上がる。
「……もう!」
ガッと走り去った彼女の後ろ姿を見て、驚愕する。
こっちには、ホンモノのロックがいるんだった!
これは、非常に良くない状況である。宵原はおそらく、単純にクレームを入れに行くつもりだろう。雀野に止めておけよと視線を送ると、両手をアメリカ人みたいに広げて、無理、と返事をした。ずんずんと歩いていく宵原は、その全頭染めの頭を陽光に煌めかせながら、突っ込んでいく。
「すいません、あのー。迷惑なんで、静かにしてもらってていいですかね、迷惑なんですよー」
「えっ……」
店員ではない、いきなり登場した第三者に、中指の人が驚きの声を出した。
「うるせえ。外野は黙ってろ」
「ちょっと、この人は関係ない人なんだから──」
「おかしいだろうが。あいつが悪いだろ」
「いやですから、知らないんですって。こっちはただ、静かにしててほしいって──」
「……おいっ!!」
怒鳴られてもなお、宵原は睨み返す。あいつ、強い女すぎる。最高。でも、収拾つけることを考えていない。下手すぎる。でも良いね。
ちょっと、楽しくなってきた。血流が速くなる感じがするし、なんかしてやりたい気分になってくる。
「ちょ、川端。私たちも行った方が──」
「雀野。行ってくる」
「あ! 雀野さんちょっと朝日を止めて!」
焦った堀江の声がする。
「え──?」
思い切り駆け出した。小学生徒競走ぶりの本気の走りを見せつけて、俺はいきなり争いの渦中へ飛び込んでいく。
「だから、あの人私の友達だって言ってるでしょう!?」
中指の人がロック過ぎて、もう宵原の中では友人らしい。足立区の血がおそらく騒いでいる宵原も、もう止まれない。向こう側も知らない第三者が出てきたことによって、パニックになっている。かくなる上は、更なる情報で彼らの思考を押しつぶさねばならないだろう。
「ちょ、今度お金返すしもう帰るからさあ! やめ──」
「周り見なさいって! 迷惑だって言ってんの! あんたたち、次は醤油の蓋でも舐めんじゃないの!? ええ!?」
高校時代尊敬していた友人。水泳部の中島の飛び込みを思い出して、ダイブする。
公園の芝生の上へ。
「はっはっはっはっ──ふ──」
宵原と中指さんの視線が、下を向いた。雀野と堀江が爆笑する声と、ドン引きする陽キャサークルの呻き声が聞こえる。
大胸筋は、上部中部下部に分けられます。
それぞれの部位にしっかりと効かせるためには、正しいフォームで行う必要があります。
そう、ショートで、半裸のムキムキの人が言っていた。
「はっはっはっはっ──ふ──」
「え……? 朝日……くん?」
熱気が立ちこめる。
信じられないものを見る目で、宵原がこちらを見ている。俺のことを知っている彼女でさえこの反応なのだから、知らない人たちがどう思うかは明白だった。
先ほどまでキレ散らかしていた彼も、何が起きているのかよく分からない顔をしている。
「はぁッ──ふぅ──ふぅ──ハァ」
全力腕立て伏せ。
それが、彼らの熱を冷ますただ一つの最適解である。
「…………じゃ、じゃあ、行くから。別に貴方たちも楽しむ分には構わないけれど、あまり、羽目外しすぎないで。何かあったら、大学に連絡行くのは同じだから」
「はぁ──は、ふぅ──はぁ、はぁはぁはぁ」
「お、おう…………」
無事、解決。




