1−4 暗闇の蝙蝠(2)
目が覚めると足がスースーしていた。部屋着として着ていた長いスカートが、薄い皮で出来た黒いスカートになっていた。しかも丈が膝上。子供ならともかく、この年頃でこの丈は無い…のだが、少し考える。鳥は普通、締まった体をしている。余計にバタつく部分が無いのだ。あの2匹の蝙蝠がこうした?
一匹目に噛まれて翼が生えた。2,3匹目に噛まれて服が変わった?よく見ると上着は薄い皮の上衣の上に長い外套を着ている。頭から鼻の下まで薄い革製と思われるマスクも被っている。まあ、目撃されて顔を覚えられたら困るからこれは良いだろう。
外套を脱いで丸めて左手に持つ。そうして、走りながら羽ばたいてみる。
足に当たる風が冷たいけれど、飛び上がった。高台から海の方へ風が流れているが、大きな鳥がよく風に向かってふわりと上に浮かんでいくのを真似てみる。
陸と糸で繋がっている凧ならともかく、翼の向きだけ変えて上昇するのは難しい。
上がったり、流されたり…流された先に大きな岩があるから、そこに降りてみる。
こんな岩があるとは、普段は壁に囲まれて見えなかった。高台の斜面の途中にある岩からは、港湾都市がよく見える。帆船らしきものが港のかがり火に照らされて見える。停泊中だから帆は張られておらず、マストが見える。そこから陸側に少し距離があるところに明かりが並んでいる。そこが繁華街なのだろう。港湾都市の繁華街はこの時間はまだ客で賑わっている様だ。工場の方を見ると、多分工場の宿直室と、寮の寮母室と思われる個所だけ明かりが点き、他は真っ暗だ。
この差が貧富の差を表している。
船乗りは分かる。今までの陸沿いの海路を通る場合は、日数はかかるが難破した時に陸まで泳げる可能性があるのだが、現在は海の真ん中を航海している。難破したらまず助からない。だから高給を取るのは分かるんだ。その次に、国内で高価に売れる輸入品を扱う商人が利益を上げている。高く買って、更に高く売るには、最初に購入する資金が必要だ。そうして大きな利益を上げるから、繁華街で使って利益を分配するんだ。
一方で、国としてはただ輸入品を購入するだけではお金、つまり金が出て行ってしまうので、代わりに繊維製品を売っている。繊維製品は南の大陸でも安くないと売れない。空船で戻るより良いとは言っても、輸送費用を加えたら売れない様な物を運んでも仕方がない。だから国同士が決めた価格でこの港湾都市では売買される。繊維としての質を落して価格を安くする事は出来ないから、当然削られるのは人件費だ。国と国の貿易を平衡させる為には、誰かが安月給で働かないといけない。だから他に仕事の無い女が集められるんだ。
貧富の差を、そして私達は安い賃金で働く宿命である事を見せつけられてしまった。見なければ良かった。こんな翼が無く、大人しく壁の中で暮らしていれば、自分達のみじめな現状を知る事などなかったのに。
滲んだ涙を腕で拭く。どうしようも無い事を嘆いても仕方がない。
せっかく翼を得たんだ。刹那的に飛んで楽しんでみよう。この岩から滑空して速度を得る。そして翼に流れる風を使って上昇してみる。翼の後端を下げれば上昇するから簡単だ。でも少し上昇すると速度が遅くなり飛び続ける事が出来なくなる。だからまた滑空して速度を上げる…そうして繰り返すと先ほどの岩から随分平地に近くなってしまった。まずい、あの岩の横あたりに寮があるんだ。だから一生懸命羽ばたいて何とか岩まで辿り着く。ちょっと休もう。
繁華街は相変わらず明るい。あの明かりの下で、男達は酒を飲み、美食を貪り、或いは女を買うのだろう。酒場か食堂か娼館なら勤め口があるという訳だが、娼館ならともかく他の店は毎年新人を雇う事はないだろう。娼館に雇われればもう他の勤め口も嫁の貰い手も無い。或いは商家に雇われる手もあるのだが、つまりそれは1組の連中の勤め口で3組の私達には縁のない事だ。
…結局、工場で雇い続けて貰える様に、手縫いを上手くなるしかないのか…
この工場がそもそも底辺なのだが、ここを出て上向きの人生を歩む未来が見えない…とりあえず今の班長を続けて、少しでも蓄えを貯めるしかないか。
岩からまた滑空して速度を得て、旋回して寮の方へ向かう。この速度の中で羽ばたいて同じ高度を飛び続ける。寮の壁らしき影が見えた。壁を越えて、林の中の空地に着地する。うん、ここは先ほど飛び上がった寮の近くの林の空地だ。なるべく音を立てないで自分の部屋の窓の下に近づく。窓枠はちょっと高いけれど跳びあがって掴もうとする。思ったより簡単に窓枠が掴めた。少し身が軽くなっているんだろうか?問題はこの翼をどうするか、という事なんだが…分からない以上、横になって寝るしかない。
朝起きると、翼は無くなっており、服も元に戻っていた。あれは、現実を思い知らされる為の夢だったのだろうか。
ご都合主義ですね。服装の話。キャサリンさんなら一応令嬢だからお金は平民よりはあったため、フード付きの外套ぐらい買えましたが、この娘の場合はお金が本当にない。そういう訳で変身になりました。それとも魔女様が出てきて、「惨めなお前にこの外套をくれてやろう」byデボラ、みたいな感じにしたほうが良かったか…そういう小説じゃないからね。明日はデボラさんはちょい役で出てくる第三王子調査隊を投稿します。