3−13 蒼天(3)
蝙蝠達の放った落雷は、聖堂の尖塔を打ち、神と人の契約を示すオブジェは根本から折れて発火しながら地面に落ちた。
(いやーっ、蝙蝠先輩様々だよ)
キアラとしては自分の上司が神だなどという確信は持っていなかったから、この勝負に神か悪魔が介入する事を恐れていた。雷が一番高い物体に落ちるとは思っていたが、なにせ雷はギザギザに斜めに落ちる。上空の蝙蝠達がいくら頑張っても運を天な勝負だとも思っていた。
それが勝ち目のある勝負になったのは、聖堂の雷撃使いからキアラを守った蝙蝠のやり方を見たからだ。蝙蝠は地面から先行雷を出して雷撃使いの雷撃を曲げたんだ。これを応用すれば確実に聖堂に雷を落とせる。だからキアラは腕を振り下ろしながら、逆に地面から聖堂の尖塔に沿って先行雷を流したんだ。こうして聖堂は神成りに打たれた。さあ、止めの言葉を告げよう。
「主は聖堂を見放した!背徳の街に毒され聖女を殺そうとした聖堂に、もう主の加護は無い!」
キアラは翼を斜めにして急降下を始めた。聖堂の前では司祭達が右往左往していた。
「神との契約の記しを燃やすな!すぐに火を消すんだ!」
「聖堂の火事を鎮火するんだ!」
落雷の進んだ経路では何か所も出火していたんだ。もう聖女の殉教どころではなかった。聖堂前広場の観衆と殉教の演台を隔てる木の壁の前では男達が叫んでいた。
「聖女を殺す教会を神は見捨てた!神に見捨てられたくなければ、聖女を助けるんだ!」
よしよし、男どもめ、美少女だけは助けたい様だ。一抹の悲しさは拭えないが、今は私と同じ目的で動く者だ。手伝ってやる。
「下がれ!」
右腕を帯電させながら降下する私を見てぎょっとした男達は、壁から離れた。
そして柱に雷撃を打ち下ろす。柱と木の板の間に温度差が出来て壁が柱からはがれる。翼ごと体を起こして地表近くで一瞬静止し、隣の柱にも雷撃を打ち下ろす。一部に火を付けながら板が弾け飛ぶ。ついでにサービスだ。その隣の板に膝蹴りを食らわす。もちろん風魔法で勢いを付けて。そうしてその板も割れながら弾け飛ぶ。
観衆が殉教の演台になだれ込んだ。修道騎士の一部は阻止しようとしたが、三分の一は片膝をついて神への祈りを始めてしまっていた。気持ちは分かる。聖堂の司教達が聖女を殺そうとし、蝙蝠の翼を持つ者が聖女を助けようとするんだ。神のご指示を伺わなければやっていられない。何が神のご意思か分からなくなった修道騎士達は、結局全員が祈りを捧げて警護の任務を放棄してしまった。殉教の演台になだれ込んだ男達は聖女に言葉をかけたが、聖女は喉を指さし首を振って、喉をつぶされている事を示した。観衆は怒りながら聖女を総領事館に連れて行った。聖女は歩きながら何度も指を組んで祈りを捧げていた。教会関係者にこんな目に合わされても神への感謝を忘れない、流石に聖女様だと男達は感心した。
総領事は聖女という外交カードを手に入れる事を喜んだが、総領事館に滞在している司教は蝙蝠の翼を持つ女が聖女を助けたという事が気になった。だから聖堂まで足を運んで現場を見る事にした。聖堂では総出で鎮火に務めていた。何せ尖塔の上部で火が付いているから、バケツリレーが大変だったのだ。そんな中、尖塔の上から地に堕ちた神と人の契約を示すオブジェが壁に立てかけられているのを見て、南の国の司教はこの聖堂の信心を疑ってしまった。大事な契約の証なのだから、真っ先に講堂に運び込むべきだと思ったのだ。実際には聖堂の連中は、いつ延焼するか分からない内部に運び込むのを躊躇ったのだが、南の国の司教でなくとも、こういう時には他人を糾弾するネタに簡単に飛びつくものだ。こうして司教は総領事館に戻って聖女を保護する事にした。
一方、キアラにも時間が必要だったから、総領事館へ聖女アグネスを連れて行く味方が必要だった。
(申し訳ないけど、イライザやアグネスの様な、自分を犠牲にしても誰かを助ける様な聖女の心は私には無いよ)
だから最後まで現場にいて、悪魔の使いの蝙蝠女として嬲り殺しになるつもりはなかった。男どもが聖女を助けて総領事館に連れて行く騒ぎに紛れて、自分も低空飛行をしながら逃げる必要があった。もちろん、蝙蝠達も仕事が終われば皆ねぐらに帰って行った。そうしてキアラも大岩を経由して寮へ戻った。
今日もマスクで顔半分を隠していたが、マスクから伸びる髪の毛が黒いのは見られてしまった。教会と代官の一味から黒髪の女への拷問が考えられる。寮の部屋の窓から腕を出し、黒蝙蝠、灰色蝙蝠、白蝙蝠を右手から外に出した。
「拷問されて正体を晒せば家族や場合によってはケイにも迷惑をかける事になるから…行って」
キアラの右腕に止まっている黒蝙蝠は首を捻り、灰色蝙蝠は口を開いてキアラを見つめ、白蝙蝠は口を尖らせた。やがて三匹は飛び上がり、窓の近くで数周飛んでから去って行った。
(どうなるか分からないけど…とりあえずこれで周囲に迷惑をかける事はない)
まだケイが教会の方を見ているなら、そろそそ体が冷えてしまうだろう。階段まで迎えに行く事にした。
ケイは階段の上の方に座っていた。
「ケイ、体が冷えるよ。帰ろう」
「キアラ、雷が落ちたんだよ」
ケイは言葉が少ない。キアラは空を見上げて、左右を見てみる。雷雲も雨雲もない真っ青な空だった。
「雲一つないけど?」
近くに学校の同じクラスの子がいて、説明してくれた。
「急に教会の方の空が黒くなって、いきなり雷が落ちたんだよ。一回だけ」
キアラは一息ついた。
「まあ、神様は聖女を見捨てなかったんだろうね」
周囲の女の子達は何を言っているのか分からなかった。
「どういう事?」
「だって、カミナリを落としたんでしょ?天が。だから、聖女をまだ天に迎えるのを拒否したんでしょうよ」
周囲はそう言われればそう言う気もするが、神様が聖女の為にカミナリを落としてくれるのか、まだ疑問だった。
「そういう事だから、もう良いでしょ?明日になれば工場の偉いさんが何か教えてくれるよ」
キアラはそう言ってケイの手を取った。
そうして二人は階段を上って行った。
「キアラも手が冷たい」
「今日は寒いよね。食堂で白湯を飲んでから帰ろう」
明日が後始末になりますが…




