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蝙蝠の翼  作者: 瀬上七菜
32/36

3−10 イブ

 12月24日の工場の操業も通常通りだった。明日の冬至祭には工場は休みだから、キリの良いところで作業を止め、工場の掃除が行われた。朝晩の食事はキアラとケイは別に取っている。だから夕食前に分かれる時、キアラはケイに告げた。

「明日、私は階段まで見に行かないから」

ケイはじっとキアラを見つめた。

「いいの?」

「見たいなら止めないけど、見ても仕方がないから、私は見ない。だから、明日は起こしに行かないから」

そうして二人は分かれた。


 夕食と水浴びを終え、寮母室で燭台につけてもらったロウソクを持ちながら寮の自分の部屋に入ったキアラは、今日も蝙蝠の鳴き声を聞いた。窓を開けたキアラを、外に浮かぶ蝙蝠が見つめる。

(分かったよ、私に聖堂の中の聖女アグネスの姿を見せなかった訳が。行きは一人だから空から入れば問題ない。でも、帰りは二人だから、私の翼では能力不足なんだ。そうでしょう?)

蝙蝠は口を開いた。ようやく分かったのか。

(早く言ってくれればよかったのに)

蝙蝠は口を閉じ、目を細めた。お前はまだ若い。もっと考える事だ。


 もちろん、一人と一匹の間に言葉のやりとりは無い。そんな言葉を聞いた気がするだけだ。


 そうして寮の近くの林の中から飛び立つキアラと蝙蝠一匹に、三匹の蝙蝠が付いて来た。この晩は学校へ降りる階段の東を通る。そして南下し、この間に代官館を見せられた林の南の方に降りる。蝙蝠は私を見つめ、視界の転送が始まる。もう、この夜が明ければ冬至祭、聖女殉教の儀式が始まる。だから今日は代官の館等は通り過ぎ、聖堂前の広場に蝙蝠は向かった。


 昨日は柱の間に縄を張ってあったが、今日は板が打ち付けられていた。6ftの高さの板は、男なら乗り越えられない事はないだろうが、当然聖女が焼かれる際には周囲に修道騎士が守っているだろう。そして、材木を積み上げた上に台と柱が据えてあった。ここに聖女アグネスを縛り付け、火あぶりにするんだ。それを反代官組織の人間達に見せつけるのだ。神が遣わした聖女すら自分達は思いのままに殺せるのだと。


 聖女殺害の裏事情はこのままなら王都には伝わらない。総領事館に連れていかれた女達にも人身売買台帳の事は言わずに拷問していたから、聖女殺害と人身売買台帳との関係は私と代官達以外は知らない。疑わしくとも聖堂や代官達に厳しい罰は与えられないだろう。聖女殺害については。


 …そういう事か。それを蝙蝠の翼を背負った私に公表せよ、というのが神とやらの指図なんだ。教会の悪事をまるで悪魔の使いの様な外観の私にやらせる。説得力がある筈が無い。


 そしてもう一つ課題がある。聖女アグネスを助け、南の国の総領事館に連れて行く味方が必要だ。総領事館の司教を頼らなくてはならないが、聖女の託した女を一も二もなく匿う様な堅物が蝙蝠の翼を持つ女と連れ立つ聖女を匿ってくれるとは思えない。

 …心配するまでもない様だ。蝙蝠は労働者街に飛んで行く。付いて行け、と私に付いている蝙蝠も飛んで行くので、付いて行く事にする。飛んでいった先は、古い平屋に明かりが付いている。町内会の集会場の様だ。

「あの聖女様が殉教などする筈が無いだろう!これからも沢山の人を救ってあげたい、そう言っていたお方なんだぞ!」

「とはいえ、教会がそうだと言えば教会以外は何も言えまい?」

「だから!今晩の内に聖女様をお助けして都市外に逃げて貰うんだ!」

「それも代官や港湾警察に通報されれば騎兵に捕らえられてしまうだろうよ」

「じゃあ、聖堂のくされ坊主どもが聖女様を殺すのを黙って見ているのかよ!」

「…荒事じゃなくて、火を点けられる前に皆で反対の声を上げるとかはどうなんだ?」

「そんなのくそ坊主どもが気にするかよ!」

(激高するのは良くないよね…一度冷静になって考えないと)

キアラには思い当たる事があったから、議論に参加してあげる事にした。ちなみに、内部で白熱した議論をしているから、扉の閂をぬいて中に入っても誰も気づかなかった。だんだん泥棒臭い事に手慣れてきているのが悲しい。

「そもそも、何で聖堂が聖女を殺すか分かってんのか?」

見慣れぬフードで顔を隠した小柄な奴がいきなり発言したので皆ぎょっとした。

「誰だ!」

「通りすがりの教会の敵だよ。悪魔の囁きと思ってもらっていいよ」

「何が目的だ!?」

「だから、聖堂が聖女を殺す目的を教えに来たんだよ」

信用できんのかよ、とか確かにそれを知らないと、等声が上がった。

「殺す理由があるのかよ!?」

「あるから殺すんだよ。王都からの使者が来る前に」

「王都からの使者ってなんだよ!?」

「いや、聖女がこの都市に滞在してたのは王都の大聖堂から迎えが来るのを待ってただけなんだ。だから、放っておくと大聖堂にこの都市の悪事が全部知れてしまうから、ここで口封じが必要な訳さ」

「この都市の悪事って何だよ!?」

「へー、知らないとでも言うんだ?」

「だから何だよ!?」

「一つは、工場労働者を奴隷として売買する人身売買という罪。一つは、工場労働者に金を貯めさせない様に工場内の物価を高く設定し、毎年百人以上解雇する。そうすると解雇された女は仕事がないから船乗り相手に体を売るしかないし、船が止まれば餓死か凍死するしかない、毎年百人以上の使者を放置している代官の罪。そして、そんな女達の運命を他人事として無関心でいるこの町の男達の罪さ」

一瞬集会場の男達は沈黙したが…

「そんなの代官が悪いんだし、野垂れ死にするのは女達が悪いんだろう!他人のせいにするなよ!」

その言葉に同意する声が続いたが…

「だから、同じように聖女も見捨てれば良いだろ?聖堂の坊主どもと上手くやれない聖女が悪いんだから」

「体を売るような女達とは違う!聖女様は俺達みたいな下層の者も治療してくれたんだ!」

「そうだな、自分より下層な女達は平気で見捨てる屑どもでも治してくれるんだから、大した聖女様だよな」

集会場に集まった男達は怒りを滲ませていたが、なるほど自分達がろくでなしである事は理解した様だ。

「聖女様は代官が拷問していた女達を南の国の総領事館に連れて行った。それで悪事を知られた事を知った聖堂の連中は口封じの為に殺す事にした。別にお前らに工場の女達を救えとは言わないが、彼女を助けて総領事館に連れて行く事が出来れば彼女の願いを叶えてあげる事はできるだろう」

「彼女の願いって何だよ!?」

「もう分かるだろう?この悪事を告発する事を望んでいるんだよ。女達の運命がどうなるかは王都の連中次第だが」

一同が沈黙した。


 聖堂に喧嘩を売るのは嫌だろうが、清らかな少女の願いを叶えるのは男の夢だろう。ところが体を売るような女達の為に動くのは嫌なんだ。まだ体なんて売っていないのに同類扱いされる工場労働者の一人としては心底悲しかった。

「どうしろって言うんだよ…」

「今晩は動くな。マフィアと代官の兵と修道騎士が厳重に警戒している」

全員がぎょっとした。表の権力と裏の暴力、そして宗教権威が結託しているのが分かっていなかったんだ。

「少なくとも明日の殉教儀式中にはマフィアは手を出さないだろう。聖堂側が拒否する。その状況で騒ぎを起こすから、木の壁を壊せる道具を持ち込んで、聖女様を助けろ。匿う必要は無い。総領事館の司教を頼れば良い」

「総領事館は信用出来るのかよ!?」

「だから、工場労働者を保護している。その根拠を知る聖女を消されると総領事館が外交問題を起こした事になる。だから聖女を守るさ」

「騒ぎを起こすって、何をする気だ?」

「見てろって。聖堂の便所虫どもにひと泡吹かせてやるよ。そうしたら、聖女を殺す教会を神は見捨てたって騒いで聖女様を救うんだ」

そう言って、その場から一瞬で消えてみせた。まあ風魔法で移動しただけなんだが、薄暗い集会場の端っこでは何をやったか見えなかっただろう。


 その場から去ろうとした私に、蝙蝠達は口を開けて出迎えた。よくやった、とでも言うんだろうか。これで奴らが動いてくれるかは分からないのに…

 ここで明日は第三王子調査隊です。あちらもインターミッションって感じですが。

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