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蝙蝠の翼  作者: 瀬上七菜
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3−9 騎士団の動き

 過日、港湾都市から逃走を始めた騎士団の調査官、ブライアン・コートネイは3時間以上のアドバンテージを得られる事は分かっていたが、伝書バトなどで代官から伯爵へ連絡が行き、そちらから兵を出される事を恐れた。だから馬車は町村で休憩するのではなく、馬を休ませるタイミングで川辺など馬に水をやれる場所を選んで、なるべく無駄な時間を省いて移動を続けた。


 港湾都市の代官のモーガン・ルースは、人身売買の台帳が盗まれ、騎士団に渡りつつある事を上司の伯爵が知れば、場合により自分の手で代官達を切り捨てに来るかもしれない。そうは思ったが、座して待てば破滅は確定だから、伯爵に対して伝書バトと伝令兵を出した。港湾都市から工場のある高台の横を通過しようとしたハトは、高台方面の森から現れた多数の黒い影に噛みつかれ、羽ばたく事が出来なくなり墜落した。飛べなくなった鳥の末路など決まっている。今回は狐が首筋を嚙み切った後、巣穴に持って帰った。だから哀れなハトの末路を知る者はいなかった。


 一方、伝令兵の方は崖の近くを通る際に、やはり多数の黒い影が馬と騎手の視界を覆い、いきり立った馬ごと崖下に落ちていった。落下しただけでは騎手は死ななかったが、馬が暴れて潰された。馬の方は1日程度生きていたらしい。それが発見されたのは雪が溶ける春になってからだった。


 そうして、調査官ブライアンは午後二時ころに早馬の中継点に辿り着いた。ここから王領の騎士団駐屯地まで早馬で四時間だったため、早馬が出るタイミングとしては少し遅かったが、ブライアンは強行して出発させた。手に入れた情報の一部を証拠に添えて。そうして王都と王領駐屯地の双方に早馬が走って行った。


 ブライアン自体は翌日の昼前に駐屯地に到着した。通常は港湾都市からここに着くまで二日かかるから、随分頑張って走り続けた事になる。早馬から既に情報を得ていた王領駐屯部隊の司令官、コリン・ポーレットはブライアンの手にした台帳を確認し、すぐに暗号表で解読した情報の写しを取らせた。これを翌日、第二弾として王都に早馬を走らせた。


 一方、この情報を外国勢力、或いは国内の有力貴族が入手した場合、戦争または内乱になる可能性がある。重要キーワードは『先王が黙認した』である。このキーワードがあれば王家を糾弾出来る。コリン司令官は港湾都市の領主であるポートランド伯爵と領地を接するスペンサー侯爵に中身をぼかして出兵を求めた。侯爵はあくまで騎士団の要請で後詰めとしての出兵なら、と承諾した。


 この日、12月23日の午前中、聖堂から聖女アグネスの殉教の発表があり、裏に感づいている港湾警察の隊長であるジョニー・ウォレスは早馬を出した。何より聖女を聖堂が殺すという情報を王都に報告しない訳には行かなかったからだ。


 この日の晩にこの報を受け取った王領のコリン司令官は、スペンサー侯爵に翌日の軽装騎兵の出発を要請した。その要請を受け取ったスペンサー侯爵は、家宰と相談した。

「如何に聖女救出の為とは言え、王命も無く港湾都市の聖堂と事を構えたら、後々処罰される事も考えられるな」

「速度優先とは言え、命令書が無ければ後々手のひら返しに会う可能性がありますな」

「どちらにせよ、あまりに急な出兵要請だ。準備に手間取り出発出来ない、と言い訳は出来る」

「騎兵の隊長に一時降格を受け入れてもらいましょう」

「そうだな」

早馬自体はまだ王都に届いていない為、その命令を待てばどうせ間に合わない状況だった。むしろ聖堂が聖女を許可なく殺した、という事実をもって聖堂を包囲した方が後々文句の付けられ様が無い、と侯爵は計算した。


 聖女殉教については港湾都市の代官であるモーガンも上司であるポートランド伯爵に伝令兵を出して報告した。この伝令兵の届けた手紙には背景としての人身売買台帳の紛失が書かれていなかったから、伯爵は訳が分からず、説明を聞く為に伝令兵を港湾都市に出した。ただし、行程的にこの伝令兵が伯爵の元に戻るのは聖女殉教の後だった。


 聖女殉教については南の国の総領事館に滞在する司教、パトリック・マレも当然、疑問に思った。代官による女性労働者虐待についての聞き取りを行う予定だった聖女がいきなり殉教などと言い出すとは、明らかに不審だった。とはいえ、この国に一時滞在として入国しているパトリック司教にはこの国の聖堂に正式に発言する権利が無いから、総領事からこの都市に滞在する外交官経由で聖女への面会を依頼する事にした。


 外交官こそ困ってしまった。裏事情を公式な外交文書として残す必要が生じてしまったからだ。仕方がないので港湾警察のウォレス隊長に外務大臣への早馬を依頼したが、ウォレス隊長の手元にも前に出した早馬の交代の馬が届いていなかった。つまりこの都市の外で早馬が頻繁に行き来しており、こちらに回す馬がいないと考えられた。そんな状況でいざと言う時に連絡用の早馬を確保しておかないと、責任問題になり兼ねない。ウォレス隊長はその旨を伝えて外交官の手紙だけ受け取る事にした。


 翌日、王領の駐屯部隊の指揮官、コリンの催促も柳に風と、スペンサー侯爵の騎兵は合流地点に現れなかった。度重なる督促に対して

「急な出兵に付き、準備が整わない、旅装も整えずの行軍では目的地での戦闘など覚束ない。明日への延期を要請する」

と連絡があった。聖女を勝手に殺したら、聖堂のみならずこの国自体が教会の総本山からどんな処分を受けるか分からない。だからコリン司令官は自らスペンサー侯爵に直談判に向かったが、既に日は傾き、本日中の出発は不可能となった。仕方が無く、翌早朝の出発を依頼し、侯爵は了承したが、この分では全てが終わった後に港湾都市に辿り着く事になりそうだった。


 勿論、聖堂側は言い訳を準備していた。

「港湾都市の女性の扱いに憤慨し、罪深き港湾都市の人々に代わって自らその罪を背負って神に贖罪すると言い張って止められなかった」

前提条件だけは合っているし、総領事館に女達を届けたのが聖女だったから、話は一応おかしくなかった。教皇・枢機卿の取り調べを受ける際に聖女本人が居なくなっていれば、の話だが。


 本件について、港湾都市の聖堂のトップであるリンジー司教は聖女に会う必要を感じなかった。この港湾都市に毒されている彼は、市井の女が聖女等と敬われるのが最初から気に食わなかった。だから脊髄反射で聖女アグネスを殉教と称して火あぶりにする事に決めた。


 一方で、王領のコリン司令官には救いの手が差し伸べられた。聖女殉教を伝える早馬が途中で王都の大聖堂からの聖女出迎え集団の先ぶれと遭遇し、聖女の殉教を伝えたのである。激怒した大聖堂の先ぶれの者は、王都の大司教の代理たる権限で、早馬を要請した。その早馬がこの日の夕方に王領に到着し、聖堂の制圧と殉教阻止を要請したのだ。それをスペンサー侯爵も無視出来なかったから、聖女殉教の当日早朝の軽装騎兵の出発は確定した。


 それでも、港湾都市に到着するのは夕方になる。大聖堂の先ぶれによる早馬も、朝十時と言われる殉教前に港湾都市に到着するのは不可能だったから、聖女の生命を救えるのは奇跡だけだと王領関係者には思えた。

 明日も続いて…冬至祭に関する投稿は月曜以降になりますね。

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― 新着の感想 ―
伝令と早馬が飛び交いまくって状況を考えるの大変そうですね…
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