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蝙蝠の翼  作者: 瀬上七菜
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3−8 殉教の発表

 翌朝、12月23日の午前中、聖堂から聖女アグネスの殉教の発表があった。

昼休み明けの勤務前に各職場でその連絡があった。同年代の少女が人々の贖罪の為に身を焼かれる、と聞いて労働者達は悲鳴を上げた。

「冬至祭は工場は休みだから、その日は学校に向かう階段を解放する。但し、学校側の門は閉じたままだから学校には行けない」

その日に修道女が工場の学校にやってくるとは思えない。だから学校に行く理由はないのだが。階段からは壁が邪魔して聖堂は見えない。聖堂前で身を焼く聖女の煙が壁の上に伸びるのが見えるぐらいだ。別に殉教を見せるのが目的じゃない。工場内に何らかの反代官組織があるから、それを動かす為の餌だ。


 ケイが私を見る。

「人が焼け死ぬところを見せるなんて…」

趣味が悪い、という言葉は発しなかった。ケイの顔は私の言葉に反感などは抱いていなさそうだった。キャシーがこちらをちらりと見ていた。別に変な発言じゃないだろうに。


 裁縫工場はもう通常の操業に戻った。それは紡績工場、機織工場も通常の操業に戻った事を意味する。紡績工場は五人が行方不明になった。それを労働者側の関係者に見せる事で、奪還に動く事を期待した事もあるし、餌として聖女殉教は決まっている。生産を抑えてまで労働者側を絞り上げるより、反乱分子が情報を取り合い、尻尾を見せる事を期待していたんだ。そんな訳で裁縫工場でキアラは知らんぷりをしてちくちく針を動かしていた。一方で、修道院からの修道女の派遣は止まっていた。その事から学校での授業が無くなっている。何かを感じた裁縫工場の、学校では1組の学生労働者達は大人しく仕事をしていた。やはり1年も修道女が学校で不平不満を聞き取っていたのだろう。


 昼休みにケイが私に質問してきた。

「聖女が殉教する為に火で焼かれるっていう話だけど、何で?」

「分かる訳ないよ。私達はあの一日以外に聖女に会ってないんだから。ただ、神の子が人間の罪を背負って殺され、復活した事例から、この世の罪を背負って火で焼かれる、という考え方があるみたい」

「それがよく分からない…」

「聖職者の中でも特に修道院では神の教えを理解する為に、神の子と同じ様に苦難の道を歩むという事があるの。だからじゃない?」

「でも、聖女は人を治療するのが仕事なんじゃない?」

「そう、だから何かあるんでしょうね。何かは分からないけど」

「……」

そう、素朴で従順なケイでもこの殉教がおかしいと思う。何より、一度見ただけでも聖女アグネスが死にたがっていた様には見えなかった。聖女を送り出した両親やその町の聖職者も、王都の大聖堂の人々も、教会総本山の教皇・枢機卿達も何故こんなに急に殉教などと言い出したのか疑問に思うだろう。


 一方で、代官の不正の情報が王都に近づいている。普通に考えれば聖女の口封じ狙いと思われるだろう。何故こんなに簡単に聖女の口封じをしようとしているのか。これはこの都市の男達がしょせんは女を見下しているからだろう。今までは好き放題やってきた。だから今回も好き放題やって当然だと思っている。


 …馴れとは恐ろしいものだ。一度不正が見逃されると、次も見逃されて当然と思う。一度口封じを公にやって文句が出ないと、次も口封じをすれば良いと思う。こうして女達を家畜の様に扱い、生殺与奪の権利もあると思っている。


 …ただ、それはこの都市だけでは無いだろう。私の住んでいた村でも女達の発言権は無かった。男達が決めた事に従うだけだった。王都に走った人身売買情報は何らかの処分を生むのではないかと思うが、その後にこの地の状況が変わるかどうかは分からない。人の心が変わらなければ一緒だ。


 その日の仕事を終え、寮母室で燭台につけてもらったロウソクを持ちながら寮の自分の部屋に入ったキアラは、今日も蝙蝠の鳴き声を聞いた。まさか急に聖女アグネスの救出をやれと言う訳ではないだろう。あまり慌てずに窓を降り、林に向かい、林の中の木がまばらなところで飛び立った。


 学校へ降りる階段の東を通る。南下してこの間に代官館を見せられた林の南の方に降りる。ここなら代官の館も聖堂も見せる事が出来るのだろう。蝙蝠が私を見つめ、視界の転送が始まった。蝙蝠は代官の館に上空から近づく。代官の館の敷地内にはかがり火が焚かれているが、警備の人数はそれほどでも無かった。現在、こちらに侵入者が入る理由は特に無いんだ。


 代官と工場長達が室内で話し合っているのが見える。

「閣下からは返事が無い。伝書バトと騎兵で連絡を出しているのに…警告なしで我々を捕らえる為に動いているかもしれない。動きがあったら連絡を忘れるな」

「我々は伯爵閣下の命に従い動いているのですが…」

「切る時は切るだろう。自分の身が皆一番大事だ」

一度場に沈黙が訪れる。

「調査官は今何処にいるのでしょうか。帳簿は王都に届いているのでしょうか?」

「分からん。三日に一度の食料の輸送が届いたが、閣下からの連絡は無かった」

伯爵領の村落から食料が輸送されているが、その集団が定期連絡の係になっているのだろう。

「一先ず、何らかの兆候があれば情報の横展開を忘れるな。聖女という餌にネズミがかかったら周辺を徹底的に調査するんだ」

「はい」

代官達は破滅が迫っている事を感じているのだろう。雰囲気が悪かった。


 そして蝙蝠は次に聖堂に向かった。相変わらずマフィアと代官の兵と思われる者達が影に隠れている。一方、聖堂の出入口に修道騎士が目立つ様になった。聖女殉教時の警備に呼ばれているのだろう。そして、聖堂の南側の広場に柱が何本も立てられ、それを起点に縄を張り、人の侵入を防いでいた。こんな状況で聖女の殉教を守れるのか?それとも、これも罠なのか?私には判断が付かなかったが、蝙蝠は聖堂の敷地に入る事無く戻って来た。


 どうしても私に聖堂内部を見せないつもりだ。万一その気になって、冬至祭以前に私が突入するのをどうしても止めたいのだ。信頼が無い。そして、冬至祭当日にどうしても私の姿を人前に晒させようというのだろう。…神意など人の身には分からないが、何故そこまで私を表に出させたいのか。とりあえずそういう事ならそういう対応をしなければいけないが…

 明日は騎士団の動きを紹介予定。

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