1−3 暗闇の蝙蝠(1)
学校に通う日は昼寝の時間が無い。普通の労働者が昼食を食べ終わる頃にようやく学校から食堂に着く状態だからだ。それでも午後4時間程度の労働になるから疲れは少ない。
キアラとケイは工場でも学校に行くのも一緒だが、朝晩の食事は別だった。少しせっかちなキアラは朝は寝坊し夜は動作がのんびりしているケイとは一緒に動けない。混まない内に終わらせたいキアラと、空くのを待ってから始めたいケイとではプライベートは合わないんだ。
そうして寮母室で燭台につけてもらったロウソクを持ちながら寮の自分の部屋に入ったキアラは、窓際の天井付近に気配を感じた。
(窓を閉め忘れた?そんな筈ないのに…)
窓にはガラスがない。扉で開け閉めするだけで解放してしまうから、朝開けても忘れずに閉めてから出かける筈だ。ベッドの近くに設置された金属製の燭台置き場に燭台を置き、気配を感じる窓際の天井に近づいた。何か小さな二つの物がロウソクの火を反射していた。背伸びをして目を近づけると、その二つの物は揺れた様な気がした。
「キイ」
と鳴き声がしたと思ったら、バサバサッと音がしてその二つのものが自分に向かってきた。驚いたキアラだが、彼女には悲鳴を上げるという習慣がなかったから、口を開けたまま後ずさっただけだった。その音はキアラの右手に向かっていた。チクッと右手に痛みを感じた後、キアラは眩暈がして倒れこんだ。
目覚めたキアラが目にした部屋の中は、早朝の様に白んでいた。床で寝てしまったのか、と思って立ち上がり窓を開けても、空は暗かった。どうやら自分の近くだけ白っぽく見えるが、遠くは真っ暗の様だ。何かあったっけ、と思い返すと、何かに噛まれた事を思い出した。幻覚でも見ているのだろうか、とぞっとして、ベッドに倒れこんだ。仰向けになろうとしたが、何か背中とベッドの間に物が挟まっている様に感じる。
立ち上がってベッドを見ても何も落ちていなかった。再び仰向けになろうとすると、やはり背中とベッドの間に何か挟まっている様に感じる。と言うか、背中から遠いところに神経が通っているかの様に感じる。立ち上がって、その神経が何を感じているのか確かめる為に背中に手を回してみると、指先に何か触れて、指先が触れると背中から伸びた神経も何か感じる。その背中の神経が痒みを感じるから、背中を動かす様に神経を動かそうとすると、ばさっと背中で音がした。
背中の神経の先が何かに触っているのを感じる…そして、体を回そうそると摩擦音がして背中の神経の先も擦れるのを感じる…痒みを感じる方に神経を動かそうとすると、またばさっという音がして背中から伸びた神経全体が何かに触れているのを感じる。背中に腕を回して指で触れようとすると、皮と畳んだような物が指に触れ、指が触れた瞬間に背中の神経の先に何かが触れる感触があった。つまり、背中から何かが伸びてそれが指に触れている、という事の様だ。
…ベッドの端に座り込んで、頭を抱えるしかなかった。
何かに噛まれた。その結果、何かが背中から生えて来た。もう一度その生えて来たものを動かしてみる。そうするとばさっと音がして背中から伸びた神経に何かに触れる感触がなくなり解放感を感じる。何度か動かしてみると、どうやら翼の様なものだった。動かすとばさばさ音が鳴るからそう思うだけだが。しかし、部屋着を着ているのに翼が生えるとはどういう事だろう。背中に手を回すと、服は破れていない様だった。おとぎ話の魔法の靴は体とは別の物なのに自在に飛べるというが、そういう風に体とは離れているけれど自在に動かせるのだろうか。何度か翼を畳む、伸ばすを繰り返すと、何となく翼を動かす事に慣れて来た。これで飛べるものなのか試してみたくなり、窓から外に出てみた。少し高さがあるので窓枠に掴まってぶら下がってから降りた。
夜の寮の周囲は静まっていた。窓に明かりの点いている部屋は少なかった。皆、将来の為に勉強を頑張るという気は無く、日々の仕事の疲れですぐに寝てしまっているのだろう。なるべく音を立てない様に寮から離れて林の中に入る。人目に付くのを避ける為だ。
奥に進んで、他の建物から見えにくい場所で木がまばらな場所を選んで羽ばたいてみた。音をなるべく立てない様に羽ばたく事も出来た。翼の先を反らして滑らかに羽ばたけば良い。結構な風が起きるから、頑張れば飛べそうな気がした。
勢いよく羽ばたくとふんわりと体が浮き上がったが、高く浮き上がるのは難しそうな気がする。
鳥はどうして飛び立っているか考えてみる。枝に止まっている鳥は斜めに滑空しながら羽ばたいていた気がする。前に走りながら羽ばたけばどうだろう。…そうか、翼で風を切りながら羽ばたけば容易に飛べるのだろう。少し練習してみたが、走りながらタイミングよく羽ばたけば浮き上がるので、滑空する事は出来そうだった。
何度か練習すると、最近あまり走る事が無かったから息が切れた。しゃがみこんで息を整えていると、ばさばさと二つの音が近づいてきた。今度は何だか見えた。何故か近くは暗くても見える様になっているからだ。二匹の蝙蝠は私の頭の上を二回まわった後、前から私に向かってきた。今度は見えているから両腕で自分の顔を守ったけれど、その手に嚙みついてきた。
また?
しゃがんでいたのに眩暈がして倒れこんでしまった。
明日に続きます。