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蝙蝠の翼  作者: 瀬上七菜
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3−7 激情の行方

 キアラは修道院から北上して労働者街上空で西に進路を変え、聖堂を目指した。すると労働者街から黒い点が多数上昇して来た。高台側からも多数の黒い点が集まって来た。キアラと聖堂の間でその群れは集結し、キアラを阻止するかの様に球形の密集隊形を作った。

(邪魔するなっ)

それは蝙蝠の群れだった。聖女アグネスの救出を邪魔すると言うなら、蝙蝠の群れは悪魔の使いである。躊躇する理由は無かった。


 キアラは自身の前方に円錐形の空気の固まりを作って衝突に備えた。一匹一匹は軽い蝙蝠など弾き飛ばせば良いと考えていた。しかしその大群と衝突すると、円錐形の空気が押され、キアラの速度を奪った。何より翼には風の流れを当てないと飛べないから、翼は無防備だった。翼は大量の障害物にぶつかり、横向きから後ろ向きに傾いてしまった。何より多数の物体に上下を囲まれ、羽ばたく事が出来なかった。そして失速し、落下状態になってしまった。

(この高度から落ちたら間違いなく死ぬ!)

何とか空気の斜面を作り、その上を滑り落ちていった。蝙蝠が何匹もその斜面を一緒に滑り落ちていった。両手で顔を守りながら着地したキアラの周囲に蝙蝠が落下したり着地したりした。キアラの周りは数百匹の蝙蝠に囲まれていた。


 キイキイ、ギャアギャア、蝙蝠達は口々に私を罵っている様だった。

「ちゃんと言ってくれないと分からないよ!」

と喚いたが、蝙蝠達も思いのままに鳴くだけだった。中には低い声で鳴く奴もいた。本気で怒っているんだ。


 まあ、あれだ、上司がやれって言うから私にぶつかっただけで、上司に文句が言えないから私に文句を言っているんだ。同じ下っ端だから気持ちは分かるよ。

「悪かったよ。悪気は無かったんだ」

いや、悪意どころか殺意すらあったけど。とりあえず口だけは謝っておこう。そうすると二匹の蝙蝠が私の前に飛んできて、一匹が私を見つめる。また視界を転送してくれると言うんだ。


 蝙蝠は南下して修道院を通り過ぎ、港に出た。何処に行くんだよ。そこから北上し、今まで見たことの無い中規模の館を見せた。看板が出ている。総領事館だ。窓枠に止まり、透明なガラス窓の中を見つめる。そこには昨日捕らえられていた女達が顔を付き合わせて話をしている様だ。窓が締まっているから声は聞こえない。でも、四人は助かったんだ。良かった。少なくともイライザの死は全くの無駄では無かった。


 …私にとっては見知らぬながら仲間の四人、その為に他人のイライザが殺される。たった二人しかいない、私達を心配してくれる人の一人が失われた。悪い事はしていないのに。この都市を支配している者達が悪であり、だからこの都市では正邪が逆転しているんだ。今は一縷の希望が王都に向かって進んでいる筈だが、廉価な衣服を輸出する事が国家としては優先課題だから、それを運営する者に利益を与える為に不正も継続して許されるかもしれない。王家も重臣達も、みんな他人事だから、一部の犠牲は許容しているんだ。犠牲になる者の気持ちなど考えもしないから。


 蝙蝠はここから高台方向へ飛んだ。目の前に尖塔があり、その上に神と人の契約を示す、円と楕円を繋ぐ棒の飾りが付いている。つまり、ここが聖堂だ。蝙蝠は聖堂の周囲を飛ぶ。中に入ろうとはしない。理由はすぐに分かった。聖堂に続く殆どの通りに、下品な男や代官の兵と思われる者達が待ち伏せていた。つまり、今夜聖堂に殴りこみをかける者を待っていたんだ。餌はさっき港に撒いた。つまり、イライザの無残な姿を見た仲間が頭に血を上らせて突っ込んでくるのを待っていたんだ。


 …確かに頭に血が上っていました。だからって下っ端同士ぶつけ合って止めんなよ悪魔のような上司!


 目の前の蝙蝠の一部はまだ怒ってキイキイ言っている。分かった。悪かったよ。一匹摘み上げて手のひらに載せる。昨日、手練れの隊長達の筋肉から何か感じたから、この距離ならこいつらの体の調子も感じるのではないか、と思ったんだ。思った通り、翼の根本の肉が熱を持っているのを感じた。痛めたんだろう。こうすれば良いんだろ?とその熱を奪うようなイメージを浮かべる。うん。平温になった。そいつをころん、と地面に転がす。キイキイ文句を言うが、治したんだからいいだろ。次の奴を手のひらに載せる。こいつは着地の時に足を痛めたらしい。じゃあ、とこいつをのっけている手の方からイメージを送る。治ったよ。そいつも地面に転がして、次の奴を摘まむ。続けていると、蝙蝠達が私の回りをぐるぐるとぐろを巻く様に並んでいる。次の奴を手に載せる。お客さん、肩凝ってますね…痛めてないじゃん!蝙蝠はキイキイ鳴く。良いからやれ、ですか。下っ端は辛いわ。


 そうして最後に画像を転送していた蝙蝠が戻って来て、自分も治せ、と目の前に飛んでくるまで治療は続いた。あんた元気に飛んでるじゃん!


 さて、上司さんよ、だから今晩、聖女を奪還するんじゃなくて、冬至祭の当日に助けろって言うんだな?だったら蝙蝠さん達にも協力して貰うぞ?蝙蝠の過半数は口を開けて同意したが、のこりは寝転がっていた。居眠りしていたんだ。…緊張感無いな、こいつら。


 翌日、出てこないネズミを炙り出す為に、聖堂の司教は聖女アグネスの冬至祭での殉教を発表した。

 同僚には弱いキアラさん。


 明日は第三王子調査隊の更新です。

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